第30話 美顔を隠す布の下
それが、伝令係が晴秋たちに伝えたことである。
彼から報告を聞いて、晴秋たちは
「なあ麗乱さん。それだけの妖討師が揃っていながら、一撃で全員が動けなくなる。そんな敵いるのか?」
「そ、そう……ですね。いない……と言いたいですが、お話にあったように、その、当主レベルの……術師の妖力を奪い、自らの力とすることが……できれば、不可能ではないかと。で、ですがそれよりも……。あなた、その逃亡した鬼たちの向かった先は?」
そう問われた伝令係は一瞬顔を曇らせ、やがて決心したように告げた。
「は、はいっ! この場所……摩耶の山です」
「「なっ――!」」「や、やはり……ですか」
晴秋と美久は目を見開き、麗乱は確信を得たように呟いた。
「……麗乱さん、どうしてその鬼たちがここに来ると?」
「……じ、実は、数日まえから……似たようなことはあったの。……何体もの鬼たちが、人を攫ってこの山の山頂に……そう、あの岩のお城に運んで来ることが。
あ、もちろん、その人たちは私たちが助けたから……捕まってる人はいないと思うわ」
彼女の言葉に晴秋がうなずいたとき、天から凄まじい衝撃が落ちてきた。その衝撃で、麗乱以外が吹き飛ばされる。
晴秋は受け身を取り、身を一転させてどうにか起き上がった。
「――っ! こ、こいつらか! でもなんで」
「は、晴秋さま……こ、この鬼たちは!」
主を守るように剣を抜く美久の声には、明らかな戦慄があった。だが無理もない、と晴秋は思う。彼自身も、その姿を見た瞬間に恐怖を覚えたのだから。
片方の鬼は全身が赤く、金色の眼を光らせる異形。そしてもう一方は、同じような異形の姿だが、身体は白く、青い眼には冷酷な光が宿っている。
晴秋たちが武器を構えると、赤い異形のものがおぞましい声色で人語を放った。
「我が名は
「我も同じく鬼の四天王にして、
「「なっ……!」」「なんて、こと……!」
晴秋たちも、麗乱でさえも驚きのあまりその場で凍てついた。
――
「……でも……かの鬼の肉体は、今も都の地下に封印されているはずよ」
「然り……。だが三十年前、我らは密かにあの方の魂の断片をお救いし、この山の頂でお守りしてきた」
そう応じた金鬼が狂気の笑みで右手を開くと、その手から真紅の妖力が現れた。それは晴秋にとって見慣れたものであり、その正体をすぐに理解する。
「――お、お前……ッ! それは我が父上の妖力であろう!」
「ほう……なるほど。貴様、安火倍のせがれめか」
赤い巨体を持つ鬼は、身をかがめて晴秋をのぞき込んだ。
「は、晴秋さま! ハアアッ! ――ッ⁉」
主の危機を全身で感じた美久が春雷のような速さで異形に斬り込み、その瞬間、彼女の持つ美しい刀は小枝のごとくへし折れている。
「――えっ――あぅ」
美久は、手元に三寸ほどしか残らなかった刀を取り落とし、その場で動けず、赤く巨大な腕が、恐怖にすくむ少女の肉体を容赦なく掴み上げる。
凶悪な拳によって握りしめられ、美久の身体がミシミシと悲鳴をあげた。
「――ぐうっ! あっ、くぁぁぁッ! あッ、かはっ!」
ほどなくして彼女は気を失い、鬼の手の中で小さな身体がぐったりと脱力する。
「ふん、他愛ない。わずかに力を込めただけでこの有様。なんと非力なことか」
「み、美久っ! や、やめろおおおおおっ! おごっ⁉」
「……は、晴秋さま!」
少年は怒りと焦燥に駆られて鬼に掴みかかり、強烈な返り討ちで吹き飛ばされる。どうにか受け身を取ったが、全身を貫く痛みは甚だしいものだ。
「ぐう……っ ただの拳撃だと言うのに、なんて衝撃だ……!」
「は、晴秋……さま! お怪我は⁉」
少年が引きずるように身を起こしたところで、四尊大師の女性が駆けよる。
「お、俺は大丈夫、だが……だが美久がっ!」
「……あ、安心……してください……美久は私が助けます……きゃああっ!」
「れ、麗乱さん!」
晴秋は戦慄した。四尊大師ともあろう彼女が、白い鬼に身体を打たれて吹き飛ばされる。隠形鬼と名乗る異形は、そのまま容赦することなく麗乱を追い詰めた。
彼女の両腕を掴み無理な方向へ
「…………かッ! うぅ……」
「う、嘘だろう。麗乱さん、しっかり!」
晴秋はぐったりと倒れ込んだ女性に駆け寄った。早く美久を助け出してやりたいが、明らかに四尊大師のほうがひどい状況だろう。
少年が血まみれの麗乱を介抱しようとすると、ふいに彼女が微笑みを浮かべた。
「……? れ、麗乱さん?」
「ふふ、御心配頂きありがとうございます、晴秋さま。……あとは私にお任せを」
彼女はそう言うと、これまでの負傷を感じさせない軽やかさで立ちあがる。それを認め、白い鬼は疑惑の声をあげた。
「……な、なんだ女。あれほどの痛みと傷だぞ、なぜ涼しい顔で立っていられる?」
「…………ふふ、ふふふ、うふふふふっ!」
「…………貴様、何がおかしい! これでもまだ、笑っていられるか!」
「な――っ! 麗乱さーんっ!」
晴秋は目をひん剥いて絶叫した。
麗乱の笑みに逆上した隠形鬼が彼女の頭に手刀を叩き込み、白い布と共に鮮血が空に舞った。だが四尊大師は、それでもゆっくりと立ち上がる。
それを見て、今もなお美久を手で握りいたぶる赤鬼が不機嫌な声をあげた。
「隠形鬼、なにを遊んでおる。やつは仮にも四尊大師であるぞ。さっさと確実に息の根を止めろ」
「ふん、分かっておるわ。……これで終わりだ、女ぁ!」
「…………ふふ、妖力解放」
麗乱の声が艶やかに紡がれた瞬間、彼女は跳んだ。そして再び地上に戻る刹那、その拳が白き異形を捉える。
「ハアアッ!」
その美しい拳は、巨大な鬼の肉体を軽々と殴り飛ばしてしまった。
「ぐぬううっ! き、貴様ぁ――っ⁉」
怒りの声をあげる隠形鬼だが、その青い瞳が敵を補足したとき、彼の顔に初めておどろきが浮かび上がる。
「ぬ、貴様、その表情が真の顔だな?」
「――ふふ、ふふふふ! ……失礼ですわねえ、その言い方では、まるで私がこれまで姿を偽装していたみたいではないですか」
彼女の表情は、晴秋にもしっかりと見えた。美しい真紅の鋭い瞳には、狂気とすら言えるような激しい眼光が宿り、口もとにも絶えず笑みが浮かんでいる。
まさに、被りものが外される前とは正反対と言うべき印象だった。
「おのれ!」「女狐が!」
二体の鬼は麗乱を脅威と見なしたか、美久を放り出して四尊大師に襲いかかる。が、彼女は鬼の巨体を交わさず、真っ向から迎え撃った。
「せええいっ! ヤアアッ!」
「ぐはっ!」「なにい!」
麗乱は、体格において二、三倍は恵まれているであろう鬼たちを、それぞれ蹴りの一撃ではじき返したのだ。
「「………………」」
あまりのことに、晴秋も美久も口を開けて立ち尽くした。その間も、麗乱は体術で悪鬼たちを圧倒していく。
彼女はぽかんとしている晴秋に視線を送った。
「晴秋さま、ここは私にお任せくださいませ!」
「あ、ああ! ……そうだ美久、ここで梨乃の気配を探ってみてくれ。もしかするとまだ近くにいるかもしれぬ」
「はい!」
晴秋に応じ、お付きの少女が妖力で身体を覆う。
「は、晴秋さまっ! あそこに……あの岩の城に梨乃さまの気配があります」
「ほ、本当か! いや、だめでもともと、やってみるものだな」
美久の言葉は、少年の心に安堵の光をもたらした。
さらに状況は好転し、摩耶の山に天尊師の久遠と道風が到着する。
「道風、久遠、来てくれたのか」
「はい、保成さまのご命令で遅まきながらに参上いたしました」
「ふん、安心しろ。お前の父君は軽傷ではないが、命に別状はない」
「そうか! それはひと安心だ」
久遠は麗乱に加勢し、それにより二体の悪鬼どもは完全に追い詰められる。
「……先ほどはよくも我が主に危害を加えたな。その悪しき魂、この天尊師である我が直々に討伐してくれよう……ハアアッ!」
久遠は、豪語とともに金の錫杖を隠形鬼に投げつけた。それが異形の身体に届いたとき、凄まじい衝撃が発生。いとも容易く白鬼に致命傷を与える。
「おのれ……! 王の復活のため、ここまで多くの命を集めてきたと言うのに、こんな……ところで――!」
その叫びとともに隠形鬼は爆散し、彼が奪っていた妖力は金鬼が受け継いだ。
「おのれ……隠形鬼を一撃で、だと? これが天尊師の力か!」
赤い鬼は久遠と麗乱に退路を断たれ、苦しい表情を浮かべた。
「――晴秋さま、幼馴染の方を発見なさったのでございましょう。さあ、今のうちにご救出を」
「ああ」
久遠に促され、晴秋は岩の城に向かって走り出す。少年の後に続き、美久と道風が続いた。
「俺も行ってやる。捕えられているのがお前の幼馴染ひとりとは限らぬであろう。それに、捜索ならば人数は多いほうが良い」
「――ああ、行こう!」
晴秋は、道風がこの先よき理解者になる未来を思い、無意識に顔をほころばせる。
美久救出のため、三人は入り口の鉄扉を破り岩の城に突入。互いに背を預けて周囲を警戒するが、敵の気配は皆無だった。
「なんだ、見張りはひとりもいないのか?」
「そのようです、晴秋さま。……あっ、このさきの地下から梨乃さまの気配を感じます!」
城内で再び気配を探った少女が声をあげる。晴秋がそれにただうなずくと、道風は、
「美久だったな。他に感知できる者の気配はないか?」
「は、はい。その、分かりにくかったのですが、上階のほうにも気配があるような気がします」
長身の少年にそう応じる美久。その声には、もう敵としての嫌悪感などはいっさい含まれていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます