第29話 裏切りの成功と旧友の再会
かくして、道風は無事に裏切りを成功させ、夜明けとともに安火倍一族・保成と四尊大師の
道中、彼は新たなる主人となった男に正直な思いを明かす。
「保成……さま。なぜ俺をすんなりと信用して下さったのですか? 裏切る者は、またいつ裏切るか分からぬでしょうに」
「――確かに、おぬしの言うことは正しい。だが、その目に嘘の光はなかった。愛する者を奪われた悲しみ。間接的とはいえ、彼女を奪った相手への強い怒り。そして我が息子とのやり取りで君は、新たな道を進もうと決心した。これらの思いに嘘はない。私はそう感じた。ただ、それだけだ」
それきりまた無言で山を突き進むなか、道風は穏やかに納得していた。
――なぜ晴秋があのような性格なのか……。
それはただ優しいだけにあらず、人の目を、そしてその心を正しく見ることができる親を持ったからだろう。そうだと確信した長身の少年は静かに、だが力強く宣言した。
「保成さま。これより先、私は貴方に誠心誠意つくしましょうぞ」
「ふっ、硬い男だな君は。あえて口にせずとも分かっておる。おぬしの胸の奥に秘めたる優しさも、それゆえの正義もな」
その言葉に、この人が自分の父であればどれほどよかったであろうと思いを馳せ、道風は馬を進ませるのだった。
その同時刻。梨乃を探す晴秋は、美久をともなって摩耶の山に向かっていた。明け方ごろ、四尊大師の出雲より伝令が入ったのだ。
――どうやら都の周辺で拉致された人間が、摩耶の山の山頂に集められていると。
そこに梨乃がいるという確かな保証はないが、他に有力な手掛かりもない状況では、わずかな希望でも頼っていかねばならない。
「美久、大丈夫か? あれから結局寝てないだろ?」
晴秋が朱雀の背中でうつらうつらしている少女に訊くと、彼女ははっと姿勢を正す。
「だ、大丈夫ですっ! 眠ってなどおりません!」
「……はいはい、わかったわかった。もうすぐ山に着くからな」
「は、はいっ!」
彼の言葉通り、程なくしてふたりは目的地に到着。晴秋は朱雀を山の中腹に降ろした。式神が地に降り立つと、そこで晴秋たちを待っていた四尊大師のひとり、
「……は……晴秋……さま。お、お待ちして……おりました」
「あ、ああ。麗乱さんも久しぶり……ですね」
少年は相変わらずの口調に戸惑いながら言葉を返す。彼女は大人の女性らしい妖艶な身体つきで、常に目深に白い布をかぶっているというのが特徴だ。
被り布のすき間からは、桃色の波打った髪が垂れている。
「……は……晴秋、さま。……いま、山頂でい……異変が大きくなっております。……お急ぎください」
「あ、は、はい……。よし、急ぐぞ美久」
「は、はいっ」
そうして一同は摩耶の山における山頂に向かった。
「敵の城はあれか!」
「は、はい……。は、晴秋……さまも感じられるかと……思いますが、かなり……濃い妖力で周囲が満たされて……おります。ど、どうか、ご油断なきよう」
彼女の言うとおり、山頂に着くとかなり高濃度の妖力が感じられる。一同の視線の先には巨大な岩の城があり、麗乱いわく、以前来たときにはなかったものだという。
気配からして間違いなく妖しの根城だが、見張りの姿がまったくないというのは不気味である。
「麗乱さん、突撃しないんですか?」
「え、ええ、……したいのは……やまやまなのだけど……。もしかすると人質がいるかもしれないで……しょう? だ、だからいまね、隠形を放って偵察を――」
「晴秋さま、麗乱さま! 当主さまより火急の伝令でございます!」
朝の空気に響いたその声で、場の空気が嫌な緊張を帯びた。当主からの伝令、それも火急のものとなれば、重大な事態が起きたということに他ならない。
「ま、まさか、香月の救出に失敗したのか?」
晴秋が焦りながら尋ねると、鷹の式神で飛んできた当主の部下は頭を振ってみせ、思いもよらぬことを報告した。
「い、いえ、そうではありませぬ。的確な道風さまのご案内もあり、香月さまは首尾よくお救いいたしました。……なれど、そこへ突如、異形の鬼が現れたのです」
「――な、なんだと? それでどうなった」
晴秋に言及された伝令係の男は数刻まえを思い出し、事を要約する。
***
それは、道風の助力によって芦屋一族の屋敷の結界を突破し、捕らわれた四尊大師の香月を地下牢から救い出した後に起きた、まさに突然のできごと。
救出作戦は単純なもので、芦屋家の結界を突破後二手に分かれ、四尊大師である桐生が部下とともに正面から攻め入る。
その混乱に乗じて道風が保成、久遠と数人の隠密を地下牢へ案内。捕らわれた仲間を解放するというもの。
屋根裏や隠し通路を知り尽くした道風の的確な道案内のおかげで、香月救出は驚くほど首尾よく成功した。そして救出班も桐生たちと合流し、芦屋一族の当主・
「ふん、妖かしどもと慣れ合おうなどという愚かな元同僚と、父であるこの私に刃を向けた不遜な息子。よもやそれらが手を組んで我が屋敷に攻め入ろうとは。まさに混沌、笑うべき珍事と言うべきよな」
嘲笑交じりにそう言う男は、道風と同じ色の長い髪を風に揺らし、鋭い眼光放つ両眼で侵入者たちを見やった。
こうして安火倍一族と芦屋一族の当主は、三十年の時を経て再開を果たしたのだ。以前のように背を預け共に戦う戦友としてではなく、闘い合う敵として。
ふたりの当主を守るようにそれぞれの周囲を部下たちが固め、当主同士、部下同士が激しくにらみ合う、まさに一触即発の状態。両家の部下たちがいよいよ一足一刀の距離へ踏み込みかけた時、安火倍一族の当主が旧友に鋭く視線を向ける。
「……風満よ、ひとつ確認したい。なにゆえ香月を捕らえ監禁した?」
その問いに、相対するいま一人の当主が口角を吊り上げ、口を開いた。
「ふ、我らが望みは妖討師を再び一つとし、力を取り戻すこと。それには人質を用いて当主をおびき出し、それを始末してその一族を吸収するのが早いであろう? そこな女は部下の一人も付けず我が屋敷の近くを通ったのだ」
「……おぬし、香月が悪いとでも言いたいのか」
「ふん、この世は弱肉強食。狩られる得物は脆弱という罪ゆえに狩られるのだ」
「――ッ!」
「香月、真に受けることはない。人質を取るという下劣な手段しか取れぬ奴の言葉など、聞くだけ無駄というものだ」
「保成っ! 貴様ああああ‼」
それをもって両者のにらみ合いは終わり、まさにふたりの当主がぶつかりかけたとき。
「ぬっ! 保成さま‼」
直前、なにかを感じた道風が叫ぶ。彼の声が鋭くかけぬけ、全員が激突寸前でぴたりと止まった瞬間、地面が爆ぜ、白煙の中に二体の異形の影が浮き上がった。
「これは……!」「なにっ⁉ 妖しか!」「皆の者、陣形を崩すな!」「当主、お下がりを!」
もうもうと立ち込める白煙で視界が悪く、誰が発したか定かではない声が飛び交うなか、そこに悲鳴とうめき声が混ざった。
「――ぐっ⁉」「ぎゃあっ!」「なに……がはッ!」
「大丈夫か⁉」「警戒を怠るな!」
当主や天尊師の怒号が飛び、場は何とか混沌に陥っていないが、全員の視界を奪う白煙がようやく風に流れたとき、妖討師たちは息をのんだ。
そこには赤と白の鬼の姿があった。前者は金色の
「「――ッ⁉」」
当主たちでさえも一瞬動けず、その空白の数秒は妖討師たちにとってあまりにも致命的だった。
「ククク……。これはこれは、火と風の当主が揃っているとは……」
「まさに思わぬ収穫よなあ」
鬼たちの言葉で、奴らが現れた理由を察した両一族の天尊師、四尊大師たちがどなった。
「――おぬしら、何をしている!」
「当主の周りを固めろ!」
部下たちがそれに応じ、臨戦態勢を取るが、ふいに赤い鬼が手にした金の錫杖を大地に突き立てると、たちまち地に亀裂が生じ、彼らの足もとが爆ぜる。
「うわああああああああああ!」「ぐああああああああああっ!」
「ぬぐう! これは……まずい!」
いつも不敵な安火倍一族の天尊師、久遠ですらも焦燥に顔を歪ませるが、部下の八割が戦闘不能に追い込まれては、どうしようもない。
両一族はやむを得ず休戦し、共闘する形で妖したちに応戦したが、先ほど大地を爆破させた錫杖を持ち主の鬼が再び握りしめ、
とたん、地面から金の
「な、なんだ、この威力は!」
「ぐ……うう。妖しどもが出せるような力では……」
「くくく、笑止! これは金剛一族とやらの当主から奪った妖力を、我らの妖力と中和したゆえの力」
「な……に」
「さあ、貴様らの妖力も頂こうか」
「――ぬ!」「おのれ……」
当主たちは身を守ろうとしたが、先の電撃をもろに受けてはすぐに思ったように動けず、赤鬼が錫杖を振り上げ、風満の腹に突き立てた。
「ぐおおッ! きさまあ! ぬおおおおおおおおおおおおおおッ‼」
風の当主は絶叫し、相手に激情の視線を向けたが、やがて鬼の錫杖が光り輝き、風満の妖力を吸収し始めた。
男は錫杖をどうにか抜こうとしたが、鬼の怪力で押さえつけられているうえ、妖力を奪われ続けている現状では難しい。
「……ぐ、うう。おの……れ!」
うめき声を残し、ついに風満の意識が闇へと堕ちると、赤鬼は久遠や道風を蹴り飛ばし、続いて保成に襲いかかる。彼は抵抗を試みたが、芦屋一族の当主と同じ結末を迎えたのだ。
そしてそれが済むと、鬼たちは再び白煙を上げて姿をくらませた……。
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