第31話 ふたつの再会

 三人は城の奥へ向かい、らせん階段を見つけて二手に分かれた。晴秋と美久が地下へ、道風が上階へと向かう。


 らせん状に地下へと伸びる石段を駆け下りると、そこは地下牢がずっと奥まで続いている。


「どうだ美久、近いか?」


「はい、かなり近くに――晴秋さま、これは……」


 美久が拾ったものは、梨乃が買ったかんざしに相違ない。


「よし、梨乃が連れ去られたのは確実にここだ」


「はい、梨乃さまはきっとご無事です、急ぎましょう」

 

 そこからさらに奥へ進み、突き当りまで走ると、最奥部の地下牢にふたりが探し求める少女の姿があった。


「梨乃、梨乃っ! 大丈夫か」


「晴秋さま、少しお下がりを。いま鍵を壊しますので」


「ああ、頼む!」


 晴秋は、部下の少女の邪魔にならぬ場所までさがり、険しい顔で幼馴染の少女を見た。


「――鬼どもめ、よくもこんなことを……!」


 少年の拳が怒りに震え、奥歯が軋む音が響く。梨乃は、唐衣一枚になるまで着物を脱がされ、牢の中心部に繋がれていた。四肢には重い鎖を巻かれ、空中に吊られている。


 やがてガランという鉄の音がして、美久が声をあげた。


「晴秋さま、開きました。中に妖術による罠はありません」


「ありがとう美久」


 ふたりは飛び込むように牢へ入り、すぐさま梨乃に近づいた。わずかな傷と、たくさん泣いたらしい形跡はあるものの、幸なことに、少年が脳裏に描いた『最悪の結末』にはならなかったようだ。


 晴秋はそのことに安堵し、幼馴染の救出をはかる。


「梨乃、もう大丈夫だからな。……美久、そっちの鎖外してやってくれ」


「はい……あっ、晴秋さま。梨乃さまのお着物ありました」


 梨乃の左手足を縛る鎖を解き、同時に彼女の着物を見つける大手柄をあげた美久。ふたりは良かったという表情を交わし合った。


「よし、急いで久遠たちと合流しよう」


「はい!」


 主にうなずいた美久が梨乃に着物を着せ、晴秋が彼女を腕に抱え地下牢を後にした。


 三人が岩の城から無事脱出したとき、外ではまさに金鬼が討伐されようという頃合いである。


「久遠、麗乱さん!」


「おお、晴秋さま! やりましたな」


「さすがは保成さまの後継者ね」


 と、少年をほめる彼らがいる一方、天尊師と四尊大師の猛攻によって瀕死の赤鬼は晴秋に憤怒した。


「――きさまあアアァ! よくも王への献上品を! さっさと返せ!」


 怒声とともに、凄まじいほどの殺気を向けられるが、自分のことを好きと言ってくれた少女を鎖でつなぐ、などということをされた晴秋は、その怒りを言葉にして叩き返す。


「だまれ! よくも梨乃を泣かせたな。その報いを受け、ここで討伐されるがいい!」


「お、おのれえ……!」


 金鬼は激しい視線で少年をにらみつけるが、天尊師、四尊大師から受けた傷は致命的で、立つことすらままならない。


 一方で晴秋は、鬼への怒りが落ち着くと、梨乃を無事に救い出せた喜びと安堵に満たされ、腕の中で眠る彼女に思わず笑みが浮かぶ。


 そして、晴秋に起こった奇跡はこれだけにとどまらなかった。ふと背後に気配を感じて振り返ると、そこには道風がいて、彼もまたその腕に誰かを抱いている。


「道風?」


「おお、晴秋。その娘が幼馴染か。良かったな無事なようで。

 ……ところで美久が申したとおり、最上階の牢にこの娘が捕らわれていたぞ」


 長身の少年の腕に抱かれたふさふさした茶色の髪をもつ少女……。


 彼女は、攫われた被害者のうちの一人に過ぎないはずだった。のだが、晴秋はなにかを感じ、梨乃をお付きの少女に預けて駆けよる。


 彼女の顔を確認できる距離まで近づいたところで、少年の思考は停止した。それが再び動き出すと、涙が頬をつたい、遠い遠い記憶が鮮やかに蘇る。


「……うそだ。……なぜ、なぜこんなところにおられるのです。――っ!」


 晴秋のひと言がその場に静寂を降ろし、それを破ってまず口を開いたのは、『安火倍一族の少年が母上と呼んだ少女』を連れてきた道風だった。


「――なっ⁉ おい晴秋、それは何かの間違いであろう。この娘がお前の母だと? よく考えろ、明らかに若すぎるだろう」


 彼と同じ考えの美久も同じような面持ちだが、全体を見れば晴秋と同意見の者が多い。


「……いえ、道風さま。間違いありませぬ。いかなる絡繰りかわかりかねますが、このお方は安火倍一族現当主・保成さまの奥さま、一葉かずはさまです」


「ええ。しかし、まさか生きておられたなんて……!」


 久遠に続き、麗乱も震える声で驚愕の事実を肯定する。全員が困惑した顔を見合わせていると、助け出された少女たちがゆっくりと目を開いた。


「「ううん……えっ、晴秋?」」


 異口同音に名前を呼ばれ、晴秋は涙ながら呼び返す。


「梨乃、母上っ! よかった、本当に良かった!」


 少年の声は、じわじわと少女たちのなかに浸透していった。やがて彼女たちが一つの結論に至ったとき。


「わああああん、晴秋ぃ~っ! 助けに来てくれたのね、ありがとう――ッ!」


「……ああ、本当に……本当に晴秋なのね! わああん! こんなに大きくなって!」


「うわっ! ちょ、ちょっと待ってふたりとも」


「えっ?」「あら?」


 少女たちは、それぞれまったく違う意味での晴秋との再会を喜び、彼に抱きついたところで何かに気づいた。


 彼女たちはさっと少年から離れ、彼に視線を向ける。


「晴秋、このだれ?」


「ねえ晴秋? この娘さんは?」


 明らかにしたいことを問い、少女たちはそれとなく視線を向け合った。そして「んーっ!」と互いにしかめっ面で鼻をつき合わせる。


 それを見た晴秋は涙をそっと拭き取り、ひとりずつ紹介した。まず、ふさふさの明るいきつね色の髪と、珍しい朱の瞳を持つ少女を指し示す。


「ええと、この人は俺の母上だ」


「――えっ? 晴秋のお母さま⁉」


 続いて、その事実に驚く梨乃に視線を向けると。


「このは俺の幼なじみです、母上」


「まあ、幼馴染の……」


 こうして晴秋は、大切なふたりとの再会を果たしたのだった。彼女たちは互いの正体を知るなり、改めて自己紹介を交わし、それから場所も忘れて談笑している。


 だが場の空気が緩みかけたこの時、瀕死で久遠に抑えこまれていた金鬼が、最後の力を振り絞って拘束を振りほどいた。


「なっ、しまった!」


「ええい、どいつもこいつも勝手な奴らよ! そのメスどもは酒吞童子さまへの生贄だ。速やかに返してもらうぞ!」


「きゃああ!」「きゃう!」


「梨乃、母上! こっちだ!」


 晴秋は悲鳴をあげるふたりの手を引いて安全圏まで連れて行き、改めて戦場にもどる。その左右に久遠、道風、麗乱が並んだ。


「よし、みんな行くぞ!」


「ああ!」「お任せを」「ええ、行くわ」


 晴秋の合図で四人が一斉に斬りかかり、ついに金鬼のみぞおちに決定打が叩き込まれた。


「……ぐっ、もはや、ここまでか――!」


 金鬼は晴秋と道風の刀で抉られた胸の傷を押さえ、苦渋の表情で周囲に視線を配る。しかし、どこを探しても彼が逃れるだけの隙はない。


「……さあ、覚悟せよ!」


「ぐう、こうなってはやむを得ぬ!」


 止めに久遠の錫杖が再び放たれ、それは見事に敵の腹部を貫いている。


「グオオオオオッ! ……よくやったな、天尊師。だが、これで終わると思うなよ――! 我が王、酒吞童子よ! このうえは我が魂もお捧げ申す。いまここに再臨あそばせ――。ガアアアア!」


 錫杖の先から妖し封印の妖力が放たれ、それを体内へ流し込まれた金鬼は大爆発を起こした。断末魔が山の空気を揺さぶり、爆風と衝撃波が摩耶の山を駆け抜ける。


「よしっ! さすが久遠!」「いえ、まだです!」


 勝利を確信し、緩みかけた少年の心を、久遠の声が間一髪引き締め直す。


 ――しかし、このわずか数舜の間が妖しに味方したのだ。


 金鬼が奪い体内に蓄積していた人の魂と、当主たちの妖力に彼自身の魂。それらが空中で溶けあって一つの光となり、それが岩鬼城の中に吸い込まれていく。


 直後、山全体が激しく鳴動して城が崩れ始めた。


「「……………ッ⁉」」「晴秋さまッ、道風さまッ!」「きゃああ晴秋しゃま~っ!」


 近くにいた晴秋と道風は互いに支え合い、久遠がふたりを気遣い、一方で揺れに耐えられず転がりまわっている美久。


 そして、ふいに揺れが静まり――。


「「「ぐわあっ!」」」「きゃああ~!」「「晴秋!」」


 次の瞬間、大地が爆ぜた。その場から離れていた梨乃と一葉をのぞく全員は激しく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 それでも久遠は妖力で爆発から身を守り、ぎりぎりのところで受け身を取った。


「――っ! おふたかた、美久、麗乱……無事か!」


「ぬ、ぐうう……。な、なんとかな――」「ちっ、なんだ今のは!」 


 久遠の声に応じることができたのは、晴秋と道風だけである。美久は受け身を取りそこなって気を失い、麗乱は、降り注ぐ岩石から梨乃たちを守って重傷を負っている。


「――ッ! れ、麗乱さん! 私たちを庇って――!」「そんな……!」


 梨乃と一葉は愕然として彼女を支え起こす。だが、落下してきた岩石が彼女の腹を撃ったらしく、麗乱はとても動ける状態ではない。


「ごふっ……ッ! 気にしてないで、私はこの程度で死ぬほどヤワじゃないわ。……それに四尊大師なら、誰かを庇うことも仕事の一つ……だから……」


「――⁉ れ、麗乱さーんっ!」


 梨乃は、腕のなかでがくりと気を失った彼女にしがみついた。

戦場に緊張が張り詰めたとき、地面の中から揺れの根源が姿を見せる。


 それは金色こんじきに輝く凄まじいほどの妖力の塊であったが、それが徐々に人をかたどり、やがてさかずきを持つ巨大な男の姿へと変貌し始めた。

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