第32話 鬼神降臨と三つ目の再会

「オオオオオオオオオオオオオッ‼」


「「「――――ッ!」」」


 金に輝く巨体の鬼が放つうめき声。それが天地を鳴動させ、晴秋たちは反射で耳を守る。


「――ッ! く、久遠ッ! あれは……!」


「……はい。あれは酒吞童子しゅてんどうじ。三十年まえの百鬼夜行を起こした首謀者であり、妖しを束ねる鬼の首魁でございます。

 ですかあれは本体ではない。奴の魂の断片と金鬼が奪った魂や当主の妖力を融合し、無理に起こした姿ゆえ、本来の力は持ち得ていないでしょう――がっ⁉」


「「――ッ⁉」」


 眼前でおこった恐ろしい光景を見て、少年たちは息をのんだ。


 天尊師という肩書をもつ男が、巨大な鬼の腕ひと振りで倒される。そんな相手に立ち向かうなど、勇気などにあらず――無謀。


 晴秋のとなりに立つ長身の少年は苦い面持ちでなにか考え、決心したように声を上げた。


「晴秋、ここは俺が防ぐゆえ、お前は当主のもとへ行け!」


「――なに?」


「保成さまや桐生さんは、救出した香月さんの回復術で回復されている! この現状を当主にお伝えし、援軍を」


「だが相手は鬼の首魁だぞ⁉ いくらお前でも、あいつにひとりでなんて……無理だろう!」


 晴秋が力強く抗議すると、道風はその胸ぐらを引っ掴んだ。


「ならば他に策はあるのか⁉ 見ての通り、俺たちふたり以外戦闘不能なんだぞ! それに俺もお前も、これだけの人数を連れて撤退できるような力はない。そして恐らく、小型化したお前の白虎なら、俺が風に乗って当主のもとへ行くより速いはずだ」


「――それは……」


 彼の主張に反論の隙は毛ほどもなく、晴秋はすぐに言葉を返せなかった。


「ここで手をこまねいていては、全滅どころか都の人間も大勢殺されるぞ」 


「く、わかった。だが絶対に死ぬなよ!」


「バカが! そう簡単に死ぬ気など無いわ。まあお前しだい――⁉ な、なん……だと」


 晴秋が式神・白虎を召喚しようとしたとき、彼の横で道風の顔が苦痛にゆがみ、その場に倒れた。


「……な、なに! ど、どうした……どうしたんだ道風!」


 その答えは、眼前で不敵に構える敵の口から語られる。酒吞童子の断片は、片手に持つ朱色の盃を晴秋に見せた。


「ク、ククク……。貴様、妖力を見るに安火倍の者だな。この『妖鬼酒ようきしゅ』は常に高濃度の妖気を放ち、吸い込んだ者の精神を侵し行動不能となす」


 晴秋はハッとして口と鼻を手ぬぐいで覆ったが、視界がぐらりと湾曲わんきょくする。


「――し、しまった! 遅かった……か……」


 脳にまで充満するような妖気は気づけば身の自由を奪い、少年の意識は暗黒へと堕ち、彼が倒れ力なく痙攣するのみになると、鬼の首魁は恐怖でへたりこんでいる少女たちに目をむける。


「「ひい――ッ!」」


「………ほう、貴様ら、なかなかにいなあ。ククク……酒の肴には丁度よさそうだ」


 舌なめずりをしたおぞましい鬼の口角が狂気を帯びて吊り上がると、一葉と梨乃の瞳から涙が流れた。


「クク、クククカカカカ……。良いぞ良いぞ、その絶望に恐怖する顔は。どうした? もっと嬌声をあげても構わぬのだぞ?」


「――ふぐッ!」「えぐう――ッ!」


 鬼の腕が頭上に迫ると、ふたりの少女はカタカタと震え始めた。そして、恐ろしい爪が梨乃に狙いを付け。


「まずは貴様からだ!」


「いやああああああっ!」「きゃああああああっ!」


 少女たちは思わず両手をぎゅっと繋ぎ、身を寄せあった――。


「「――ふえっ?」」


「――ぐ……ぬうっ! なんだこの光は――!」


 梨乃と一葉は死を悟り、酒吞童子は手の中で失神している獲物を脳裏に見たが、少女たちの悟りも、悪鬼の脳裏に浮かんだ想像も、現実にはならなかった。


 代わりに、ふたりの少女が繋いだ手の中からまばゆい金色の光が放たれる。


「ふええ? 一葉さん、な、なにこれええ――」「わ、分からないわ、これは――」


 彼女たちのなかで困惑が爆発したとき。


「――ひぎっ⁉ くわあああああああ――ッ! あ、頭がああ! 頭われりゅうう~ッ!」


「わ、私もおおおッ! 痛い、いだいよおお‼」


 前ぶれもなく、頭蓋ずがいが割れるような激痛がふたりを襲ったのだ。それは一分ほどふたりを苦しめたが。


「……ハアッ……ハアッ……ハア……えっ? あれ……梨乃……?」


「ひぐう、ひぐう……うそ……。か、一葉……お姉ちゃん?」


 少女たちは頭痛が消え去るとともに、失っていた記憶を……を取りもどした。


 同時に、自分たちが辿


「………そうだよ、私たちは三十年まえ……」


「うん、生きるために別れて逃げたんだよ。うわあ~ん、よかったああ、生きて会えたよおお――ッ!」


 梨乃は幼馴染の母としてではなく、大好きな姉として一葉の胸に飛び込んだ。一葉も息子の幼馴染ではなく、愛する妹として梨乃を腕に抱きしめた。


 お互いの存在を確かめあうように抱擁を交わしていると、忘れていた記憶が徐々によみがえってくる。


 自分たちが強い力を持つ妖狐の姉妹であること。三十年まえの百鬼夜行で人間側に付き、酒吞童子との最終決戦で彼を封印したこと。


 ――そして。その後自分たちの力をめぐって保成と風満……つまり安火倍一族と芦屋一族の当主が対立したこと。それが引き金となり、妖討師が決裂。その混乱に乗じ、狂気的な裏の顔を持つ金剛一族の当主に殺されかけ、ぎりぎりのところで逃げおおせたこと……。


 梨乃は記憶を辿るうち、もうひとりの姉の存在を思い出し、横にいる姉の顔を見やった。


「あ、あれ⁉ 一葉お姉ちゃん、環季たまきお姉ちゃんは⁉」


「そうね。でも大丈夫よ梨乃。妖狐の力を思い出した今なら感じるわ。お姉ちゃんはこの世のどこかで生きているって」


「……そっか。それじゃあいつか、絶対に会えるね」


「ええ、必ず」


 ふたりの少女は今この場にはいない長女を思い、もう一度お互いを優しく抱きしめる。


「「………………はあ?」」


「「………………あっ……」」


 感動の再開に終止符を打ったのは、異口同音に発せられた困惑の一言だった。それを発したのは、酒吞童子と、梨乃たちが発生させた光によって目覚めた晴秋である。


 ふたりはこの一瞬だけ暗黙の休戦協定を結び、晴秋は困った顔を少女たちに向けた。


「……えっ、えっ、ちょっと待ってくれ。話をまとめると……母上と梨乃は実は妖狐の姉妹で、三十年前の百鬼夜行のとき何者からか逃げ、さらに何らかの理由で記憶を無くしてた……。ってことでいいのか?」


「「う、うん、端的に言えば……」」


 と、妖狐の姉妹は苦笑してみせた。


 少女たちの話を聞いて晴秋以上に驚き、激しく焦燥していたのは他でもない大江山の鬼の首魁だった。


「――では貴様らは、あの日我が身を封じた妖狐どもか!」


「よし、お姉ちゃん! さっさと封印し直してやりましょ!」


「そうね……!」


 少女たちは横にならび、手を繋いで恐ろしい勢いの妖力を放出する。

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