第36話 十年の信頼こそ成せる絶技

「行くぞ、美久!」


「はい!」


 満を持して、ふたりは妖刀を構え地を蹴った。


 こうなれば、十年間ともに歩んできた彼らの美しいとさえ言える完璧な連携波状攻撃を捌き切るなど、限りなく不可能に近い。一切の言葉を必要とせず、手に取るように、自分自身の身体を操るように相手の意図がわかる。わずかな視線、口角の変化、足取りや構えの変更、そして流動する妖力……。


 晴秋と美久にとって、互いの意図を図るのにはそれで十分すぎるのだ。


 美久がまず防ぎづらい角度から酒吞童子に斬りかかり、その刃に触れるたび鬼の防御力がさがる。彼女が飛び退ってわずか一秒たらず。もはや斬り合っていないことが不思議な間隔で入れ替わり、道風の妖刀と梨乃の妖力を帯びた晴秋が斬撃を叩き込む。


「――うぅ!」


 かろうじて急所を守りきる酒吞童子。だが晴秋に斬られた痛みが去るより早く、別角度から美久が刃を振るい、交差するように少年が続く。まさに、上下左右を駆使したふたりの舞踏ぶとうと言うべきであった。


「……あやつら、言葉も決まった合図もなしに、ここまで……。どちらかがわずか刹那でも動きをしくじれば、お互いに斬り合う。完全に相手を信頼して踏み込まねば決して不可能な極致だ」


 恐ろしいという表情で道風が口を開くと、多少なりと回復した久遠がその横に立つ。


「……はい、あれが晴秋さまの、いえ、晴秋さまと美久の真価です。ひとたびあの状況に入れば、時としてこの私ですら、対応できないほどでございますゆえ」


「……ふ、この年で天尊師にそう言わせるか。末恐ろしいやつらだな」


「まったくにございます」


 どこか誇らしげに久遠が言ったとき、酒吞童子の腕が美久を補足し、彼女を空に打ち上げた。


「きゃあ!」「美久ッ!」


 晴秋がすかさず手を伸ばし、少女もそれにみごと応じ、ふたりの手が繋がれる。そのまま空中で態勢を立て直し――そこへ酒吞童子が光弾を放つ。


 が、その直前、彼の正面から朱に燃える火球が飛来した。


「――ッ! ぬええいっ‼」


 酒呑童子はそれを撃ち返すべく、やむなく光弾の発射方向を修正する。酒吞童子渾身の一撃は、梨乃と一葉がわずかに出せる妖力で放った火球を撃ち返した。


 が、阿吽あうんの呼吸で美久が晴秋をその射線上に投げ飛ばし、彼は妖狐の姉妹に向かって行く火球を、道風の妖刀で絡め取って吸収する。


「な、なにぃ⁉」


「よし、思ったとおり! 母上、梨乃、ありがとう! 美久、次の一撃で決めるぞ!」


「はい!」


 晴秋に応じ、美久が先陣を切った。両陣営ともに妖力や体力の残りを考慮すれば、次の攻防でギリギリ決着がつくだろう。


「ぬううう……貴様らア!」


 酒吞童子は両手の爪をきらめかせ、高速で迫りくるふたりに対し最後の臨戦態勢をとる。


「もうあなたの動きは見切ってます! 今度こそお覚悟を!」


「――ほざけ、小娘があ‼」


 憤怒ふんぬの声をあげる悪鬼だが、美久の言葉に誇張などなく、彼女は生まれつき動体視力に優れた特別な目を持っている。それをもってすれば、相手自身も気づかぬ動きの癖や対応しづらい攻撃の軌道を把握することはたやすい。


 そうなれば、その癖や軌道を巧みに突き崩し、はるあきが止めを刺すための決定的な隙を生み出す。


 美久は敵の右側面から斜めに斬りこんだ。酒吞童子はそれを右腕で払おうとし、少女はあらかじめそれを読んでいたようにしゃがみ込み、鬼の爪をかわす。


「な、なに!」


 しなやかなで小柄な身体を持つ彼女であればこそ可能な超低姿勢。獲物を失い、外に大きく開いた酒吞童子の右腕は急所をさらし、美久がそこを突いて右わき腹から左肩へ妖刀を斬り上げた。


「ぐうっ!」


 酒吞童子の胸をえぐった傷から金色の妖力が流血のごとくあふれ出し、そこへ晴秋が左側から迫る。


 だが、少年が左からの袈裟斬りを決めようとしていることが分かっても、それをとっさに防御することは叶わない。これまでの攻防で、彼は左肩から腕にかけて深い傷を負い、腕を上げられなかったのだ。美久たちは、それを見抜いていた。


「酒吞童子、覚悟―っ!」


 晴秋は渾身の力と妖力を込め、妖刀を斜めに斬り下ろした。ぎりぎりで急所を守るべく差し込まれた鬼の右うでもろともに――。その一撃は、ついに酒吞童子の胸にある核……彼の魂の片割れを直撃した。


 妖刀の刃から晴秋と梨乃の妖力が爆ぜ、鬼の魂に浄化の力を浴びせる。少年がそのまま刀を振りぬき、美久と並んで止まった。


 がくりと両膝をつく酒吞童子。


「――ありえぬ。わが身がまがい物であるとはいえ、こんな……こんな結末などおおお‼」


 その後に続いた憎悪の怒号をともない、悪鬼はついに大爆発を起こし消滅。彼を形作っていた妖力が突風に乗って周囲に飛散し、それがおさまったとき、激戦の終焉を思わせる穏やかな静寂だけが残っていた。



 ――こうして、摩耶の山での戦いは幕を降ろした。


 程なくして安火倍一族当主率いる援軍が続々と到着し、わずかに残った酒吞童子に従う妖したちは一掃。


 京の都に人知れず迫っていた危機は、完全に過ぎ去ったのである。

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