第12話 つかの間の休息

 ――こうして無事に浄化依頼を完了させた晴秋は、梨乃を連れ立って京の町を歩いている。


 普段ならすぐ屋敷へ戻って次の任務の準備をするのだが、この日は珍しく他の仕事がない。せっかく都にきているので、少しは楽しんでもいいだろう。


「――なあ美久、どこか行きたい店とかあるか?」


 晴秋は自分の行きたい場所がすぐに浮かばなかったので、参考までにと横を歩く少女に意見を求めた。


「えっ……と、行きたいお店ですか? で、ですが私は晴秋さまの部下です。私のことはお気になさらずお決め下さい。いかなる場所であっても喜んでおともいたしますので」


 美久は少し考えたすえに平静を装ってそう言ったが、彼女の主である妖討師の少年は、一瞬動いたその視線を正確に補足している。


「は、晴秋さま……? どうかなさいましたか?」


 彼がふっと微笑んだことを疑問に思ったらしく、美久が軽く首をひねった。


「……いや、なんでもない。――そうだな、じゃあそこの茶屋で甘いものでも食べて帰るか」


 その店こそ、美久の視線が一瞬泳いでいった場所ある。


「は、はいッ、ぜひ! ……はッ⁉ も、申し訳ありません、少し舞いあがってしまいました」


 と、彼女は慌てて落ち着きを取り戻すが、刹那に顔を覗かせた甘味に対する喜びと興奮の色は、もはやなかったことになどならない。


 美久は晴秋の表情からなにか悟ったらしく、茶屋に入るまで無言のまま顔を紅潮させていた。

 

 赤面少女を連れ、晴秋は茶屋の演台えんだいに腰を下ろし、店主の勧めで抹茶と砂糖羊羹をそれぞれふたつ注文する。


 人柄のよさそうなおやじ店主が笑顔で店の奥へ引き上げ、しばらくすると、美久がふうっと息をもらした。


「……は、晴秋さま、先ほどは見苦しいところをお見せしてしまい……」


 彼女は例によって畏まろうとしたが、少年がそれを途中で阻止する。


「なに言ってんだまったく、美久はかわいいな。見苦しいわけないどころか、今のような素のお前をもっと見せてくれてもいいんだぞ?」


「――ッ! か、かか、かわいいなどと、私には過ぎたお言葉です! それに、何度も言わせて頂きますが、この身は晴秋さまにお捧げすべきものです。ですので……」


 と、美久が言いかけたとき、その言葉をさえぎるように店主が再登場する。


「へい、おまちどう! オレの作る砂糖羊羹と、カミさんがたてた最高の抹茶だぜ! もちろん他もうめえが、何せこいつらはうちの看板商品だからな。さあ、召し上がれ」


 にっと白い歯をむき出しにして笑みを浮かべる店主。彼の手から品を受け取った美久が、また少女らしい弾けるような微笑みを湛え。


「わあぁ……! ありがとうございますっ! ほら、見てください晴秋さま、すっごく美味しそうで――ッ! も、申し訳ありませんっ!」


 ……このやり取り、今日だけでいくらしたんだ。と、晴秋は胸の内で苦笑したが、それとは別のことを口にする。


「美久、今すぐその性格を改めろとは言わぬ。だがお前は、好きなものを正直に好きだと表現できるんだから、それを無理に押し殺さなくていい。少なくとも、美味いものは美味そうに食えよ。それは別に、俺に対する失礼でもなんでもないだろ? なっ?」


「……はい。ぜ、善処します」


「お前なあ……。言ったそばから」


 晴秋の言葉を受けて美久も苦笑し、彼らはしばしお八つを楽しむのだった。

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