第34話 静石の煌き

「母上、私はどうすれば」


「大丈夫よ晴秋。今から念力で伝えるから」


 一葉がそう答えた瞬間、少年の脳内にこれから発動する術の詳細情報が流れ込んだ。初めての体験に驚いたが、彼はその情報を理解することに集中する。


「晴秋、だいたいわかった?」


「はい、なんとも奇妙な感覚ですが、いちおうは」


 それを術の発動合図として、三人は解放した妖力を手から放出した。金、白、きつね色の妖力が術者たちの眼前でひとつに融合し、やがて白い光球となす。


「「「『妖狐顕現・白神ノ九尾ようこけんげん・しらかみのきゅうび!』」」」


 異口同音みごとにそろった詠唱とともに、凄まじい輝きを放つ純白の光球がさらにその強さを増し、やがて変形を始めた。


 球体が前後に長ぼそく伸び、やがて狐の前足、後ろ足と順に形成。さらに狐の顔、長い耳と続く。それが完了するとまもなく狐の身体が形成され、最後に六本の尾が開くように生えると、全身を包む光の外殻を割るようにして巨大な狐が現れた。


 全身を覆う体毛は純白で、その瞳と手足の爪のみが透けるような青色である。まさに高位の神獣というべき神々しさと美しさである。


「おお、これは!」「ええい、三十年まえ我を窮地に追い込んだあの術か!」


 久遠が驚きの声をあげ、彼と戦う鬼の首魁は苦い表情で過去を思い出す。一方で、その妖狐を生み出した晴秋たち三人は、解せぬという面持ちでであった。


 その理由を梨乃が先だって口にする。


「あ、あれ? この狐さん尾が六本しかないよ」


「――そうね、やっぱりお姉ちゃんがいないのと、初めてこの三人で妖術を使ったから本来の力を出せなかったんだわ」


 一葉が半ば予想していたような口調で自身の見解を示した。晴秋たちが具現化した体長十尺にもなる白い狐。彼らが『九尾』と詠唱したにもかかわらず、その美しい尾は六本しかない。


「お姉ちゃん、どうする?」


 梨乃が斜め後ろに立つ姉を振り返ると、その視線を受けた少女は一瞬の思考をもって答えを出した。


「このまま発動するわ。確かに本来の力には及ばないけれど、酒吞童子は本体ではないし、久遠との戦闘で弱ってる。さらに私と梨乃の力に加えて保成さまの力も併せ持つ晴秋がいれば、いまの出力でもあいつを浄化できるはずよ!」


 それに力強いうなずきで答え、晴秋は四尺ほど離れた左横に立つ梨乃と視線を交わし合う。その様子を彼らの後ろから見ていた一葉は、ふっと口もとにわずかな笑みを浮かべ、やがて表情を引き締め直した。


「ふたりとも、足りないぶんは私が補うわ。行くわよ!」


「はい!」「うん!」


 晴秋と梨乃がそれに応じ、三人は中天に向けて手をかざす。


「「「疑似顕現ぎじけんげん……神器・八咫鏡じんぎ・やたのかがみ!」」」


 詠唱とともに、三色の妖力が今度は快晴の空へと放たれた。それは先ほど具現化した白狐びゃっこの頭上でひとつとなり、黄金色の輝きを放つ鏡となって降り注ぐ陽光を反射する。


 ……これで、術の発動条件はすべて満たされた。


 晴秋たちはすべてを出しきる勢いで妖力を解放し、それを具現化した鏡へ向けて全力で解き放つ。


 凄まじいほどの妖力を受けた鏡は赤銅色に輝き、さらに真昼の日光を吸収して燃え上がった。それは小型の太陽そのものであり、時の経過によってその光度と温度が上昇する。


「――っ! あ、熱い! なんという、力だ」


 酒吞童子と死闘を続けていた久遠ですら、思わず敵を忘れて天を仰ぐほどの存在感。


「久遠、巻きこまれるわ。私の後ろまでさがって!」


「――御意!」


 一葉に応じて彼はその場を離脱したが、それまで対峙していた酒吞童子は動けなかった。


 だがそれは、なお上昇を続ける疑似太陽の熱ゆえではなく、その球体と白狐が放つ妖力に込められた、よこしまな存在を呪縛する力。


「こ、これは……! おのれ妖狐どもがあああああああああああ!」


 彼のなかで三十年まえの記憶が鮮やかに蘇り、焦燥と憤怒の怒号をあげるが、天から放たれる呪縛の妖力は強く、ついに酒吞童子の片ひざが重々しい音をともなって地面についた。


 その瞬間、一葉の口から決着につながる詠唱が始まり、彼女の声が力強く響き渡る。


「――神域を司り守護する神獣よ!」


「天より地上を照らす静石しずいしの輝きを受け……」


「世の平穏を脅かす魔を祓いたまえ!」


 一葉から梨乃、晴秋と順に受け継がれ紡がれる詠唱。その三節がすべて唱えられたとき、太陽と化した鏡から美しい朱色の妖力が放たれ、白狐の尾に吸収されていく。六本の尾の先端が朱に染まり、白狐の口が開いた。


「――ぬ、ぐうう! 身体が、動かぬ! このままでは……っ!」


 酒吞童子が焦燥に顔をゆがめ、どうにかその場からの離脱を試みるがそれは叶わず、開かれた白狐の口に、朱い鬼火にも似た妖力の球が形成され、やがて巨大な火球へと成長する。


 それを確認した晴秋たちは、今なお疑似太陽に妖力を送りながらうなずきあった。

妖狐炎術ようこえんじゅつ……」


「「「『日輪鏡にちりんきょう華炎照かえんしょう‼』」」」


 一葉が先立ち、三人の声が寸分たがわず重なったとき、白狐の口から球が撃ちだされた。それは外れることなく酒吞童子に炸裂し、燃え上がる。


「ぐおああああああああああああああああああああああ‼ 我が魂が燃える! おのれ、ようやく魂の片割れとして復活し、肉体を取り戻して完全復活する手前まで来たと言うのにぃ‼」


 燃える業火にあえぎ、しばらく憎々しげな眼光を晴秋たちに突きつける酒吞童子であったが、やがて火球に安火倍一族の家紋を崩したような文様が浮き上がり、周囲に轟く大爆発を起こした。


「くっ!」「「きゃあ!」」


 術を放った晴秋たちがその場で大地を踏みしめるなか、広範囲に立ち込める白煙が爆風に乗って周囲に吹き飛び、腹に響く振動に山全体が揺れる。


 その凄まじいほどの鳴動によって美久と麗乱が気づき、聡い彼女たちは揺れがおさまっておおよそ現状を理解したとき、驚きをあらわにした。


「なんと、そのお姿は……」


「――! 晴秋さま⁉ それに……梨乃さまと一葉さま、ですか?」


 視線を向けられた三人が微笑みをもってうなずく。が、その経緯をゆっくりと語るには、まだ時期尚早であるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る