第22話 そんなに嬉しいか?

 少年はしばしの後、別の店員に無事救助された。


 店主らしき年配の女性に怒られながら連行された問題店員に変わり、新たに接客を買って出た、落ちつきのある三十代ぐらいの女性が晴秋に謝罪する。


「お客様、申し訳ありません。彼女、他人の色恋沙汰を感知すると分別を失う性分でして……。あとで、厳しく指導し直しますので」


 急にかしこまられ、晴秋はむしろ変に罪悪感を覚えペコペコと頭を下げた。その直後、ようやく気が済んだらしい幼馴染の少女が駆けよってくる。


「ご、ごめんね晴秋。いつもの癖でつい話し込んじゃった……」


「あ、ああ。俺は別に構わないぞ」


 晴秋が、店の奥から聞こえてくる店主の怒声に苦笑しながら答えると、梨乃はにこっと笑って少年の腕を引っ張った。


「えへ、ありがと。それじゃあ一緒に見よ。こっちの棚にあるのとか、私のお気に入りなの」


 連れてこられた目の前の商品棚に並ぶ髪飾りを見て、晴秋は納得する。


「へえ。……ああなるほど、花か。おぬし、季節の花とか好きだもんな」


「うんっ!」


 眩しい太陽のごとき笑みをもってうなずいた少女は、それから実に楽しそうだった。店員に手伝ってもらい、気になるものを付けては晴秋のほうを振り向いて感想を求めてくる。


「ねえねえ晴秋、これは?」


「あ、ああ、良いと思うぞ。俺の個人的な意見だが、一個まえのよりお前に似合ってる」


「そ、そうかなっ。――じゃあこれも買っちゃう」


 と、いう具合で二刻ほどかけて簪を選んだ梨乃は、笑顔で晴秋を見やった。


「じゃ、じゃあ最後、晴秋にお願いがあるの。かんざしはたくさん選んじゃったから、他の髪飾りからなにか、私に似合いそうなの選んで」


「――あ、ああ、わかった。でも、俺の感性をあまり過信しないでくれよ」


 少年はわずかな緊張を覚え、一度深呼吸をして商品棚に目をむける。


 店員たちの微笑ましい視線を背中に痛いほど感じながら、たっぷり半刻ほど悩んだすえ、晴秋はひとつの答えを出した。


「り、梨乃……。こ、これなんてどうだ?」


「これ……白百合の髪留め? うん、すっごく綺麗で私好き! ありがとう」


 嬉しそうに言うと、さっそく百合の髪留めで髪を束ねて見せる少女。晴秋が褒めてやると、梨乃は店員に渡された手鏡で自身の後頭部を確認する。


「……うん、けっこう良いかも! ……晴秋ってば、意外といい趣味してるじゃない」


「――意外と、は余計だぞ……」


 少年のしかめっ面での抗議に、梨乃はくすりと笑った。


「もう、冗談だってば……。じゃあちょっと買ってくるから店の外で待っててくれる?」


「――あ、ああ、そうだな……」


 晴秋はそう答えたが、梨乃が勘定に向かったところで、傍にいた店員にそっと声をかける。


「……あの、すみません」


「はい。どうかなさいましたか?」


 不思議そうな表情で応じる女性に、少年は周囲を確かめて耳うちした。


「ええと、相談とお願いがあるんですが……いいですか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 店員の了承を得た晴秋はより声をひそめ、その頼みを聞いた女性は優しく笑った。


「――分かりました。では、こちらへどうぞ」


「すみません」


 晴秋は案内されるまま静かに移動していく。


 それからなるべく速やかに用事を済ませ、少年は急ぎ足で店を出た。すると案の定、梨乃がようやく見つけたと言わんばかりの顔で駆け寄ってくる。


「もう、晴秋ってばどこにいたのよぉ。お会計終わってお店出てもいないから、置いて行かれたかと思ったじゃない」


「わ、わるい。ちょっとな……」


 晴秋は、頑なに右手を背後に隠しつつ、空いている左手で頭を掻いた。すると、少年の異変に気付いたらしい梨乃が、可愛らしく背後に回ろうとする。


「ねえ晴秋……その後ろに隠した右手。……なにを持ってるの? ――というか、いまお店から出てきたわよね。何してたのよ」


 彼女が強引に正体を探ろうとしてくるので、晴秋は覚悟を決めた。


「わ、わかった、教えてやる。……教えてやるから、うしろ向け」


「へっ? う、うしろって……こ、こうでいいの?」


 唐突な注文におどろき困惑しつつも、長い黒髪の少女は言われたままに従う。


「……よし。――いいか、俺が良いって言うまで動くなよ」


「ええっ⁉ ちょ、ねえ晴秋、何するつもりなの……お願いだから変なことしないでよ?」


「……おいおい、待ってくれ。おぬしは俺を何だと思ってるんだ?」


 少年は苦笑し、あらかじめ教わったとおりの手順で、右手に持つ赤いものを幼馴染の髪に結んだ。


「――よし、もういいぞ」


 晴秋にそう言われ、さらに笑顔で寄ってきた店員に手鏡を渡される少女。不思議そうな顔で自分の頭を確認した梨乃は、おどろきの表情で幼馴染の少年をふり返った。


「………………えっ? なに、どうしたのよ、この赤いりぼん……」


「……あ、ああ。お前が俺を探しているあいだ、それを買っていた。――べ、別に深い意味はないぞ! ただ……しばらく遊んでやれなかった詫びと――あとは俺が、これもお前に似合うと思ったからだ――っ⁉」


 晴秋は、そこで言葉を封じられた。突如、無言で飛びついてくる少女によって。


「――おぬし、あぶねえだろ、急に抱きついてくるのはやめ……って、梨乃、なにを泣いてる――もしかして、りぼんは嫌だったか?」


「……ううっ、ぐすん……嫌なわけない、嬉しいに決まってるじゃん。……でもずるい、ずるいよ……。こんなの、誰だって嬉しくて泣いちゃうでしょうがぁ~うわああん!」


 そう言って少年の胸を頭でぐりぐりし、なおも歓喜の号泣が止まらない梨乃。彼女をそっと抱きしめ、晴秋はほっと息をはきだした。何はともあれ喜んでくれて何よりである。


「……な、なあ梨乃、そんなに……泣くほど嬉しかったか? これこそ俺の勝手な好みなんだが」


「……うん、すっごく嬉しい。それにこの綺麗な赤色、私好きだもん。これから一生大事にするから」


 と、ようやく顔をあげ、感涙をぬぐう少女。そのとき、これまでぐっと我慢していたと見られる店の女性店員たちが、一斉に拍手と歓声をあげた。


「いやあん! もう、晴秋君ってばすっごい紳士じゃない」「本当、梨乃ちゃん羨ましいわねえ」「いけない。私も惚れちゃいそう」「なにを食べたらその年でこの仕上がりになるの?」


 止まる気配すらない言葉の雨を容赦なく浴びせられ、晴秋はたじろいだ。なにせこれほど大勢の女性に周囲を取り囲まれることなどないのだから。


 しばらくして女性陣がようやく落ち着いたとき、晴秋はそのうちのひとりに感謝を述べる。


「先ほどはありがとうございます。りぼんの結い方とかいろいろ教えてくださったうえ、梨乃に見つからないよう、こっそり会計もして頂いて……」


「うふふ、いいんですよ、お仕事ですので。……本当、貴方のように素敵な殿方が来て下さると、仕事をもっと好きになれるんだけどねえ」


 と、彼女含め集まった店員たちは、晴秋と梨乃が店を去る瞬間まで常時にこにこしていた。



 ――これは、晴秋が後に聞いた話になるが、その日以来この店には恋人どうしで訪れる客が増え、いつしか恋が叶う店とまで言われるようになり、その後、盛大に繁盛しているそうな……。

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