【参拾壱】どろぼう猫の食あたり5
だが旅立って早々、十秒も満たない短い旅の末にマノンは指をパチンと誇らし気に鳴らす。
「はい! 思い出したぜ。結構セキュリティが固くて久々に燃えたあの場所かぁ。何の施設かも分からなかったがあの強固さは盗人魂に火が点いたな」
「確かにあの場所から見事に盗み出したその腕には称賛を送ろう。じゃがあれは儂らにとって大切な代物。手荒になったとしても取り戻さねばならぬ。すぐに返してもらおうか」
啓三郎はマノンに向け皺くちゃで皮と骨だけなのではと思わせるほど細い手を差し出した。その無数に刻まれた皺の分だけ苦楽を味わってきたのなら彼は酸いも甘いも嫌というほど知っているのだろう。
「そうすればこの件は丸く収めて頂けるのですね?」
「もちろんじゃ。このお嬢ちゃん一人にまんまと盗まれた儂らの落ち度もあるでの」
「まっ! 俺にかかればあんなセキュリティちょちょいのちょいってとこよ」
腕を組み誇らし気な表情を浮かべたその顔には大きく自信の二文字が書かれていた。もしかしたらそれ以上のもので自惚れとなっていた可能性も否めない。
「あなたが優秀だということは分かりました。ですがここは石を返した方が、脅すわけじゃありませんが身のためだと思いますよ」
「あぁいいぜ! 別に俺は宝には興味無いからな。そこまでのスリルを求めてんだ。だからそんなよく分かんねー石より大事な自分を守る為に喜んで返し……」
だが突然、時でも止まったように話の途中で人差し指を立てたまま停止したマノン。
「どうしました?」
「あー、いやー、そのー……。なんだ。――いや、俺も返したい気持ちは山々なんだけどよ。今は無理っつーか。もしかしたらもう手遅れっつーか」
動き出したかと思えばバツが悪そうにし始めるマノン。しかも先程までの饒舌な喋りとは打って変わり口から絞り出された一言一言は継接ぎのようにぎこちない。そして今すぐにでもここから逃げ去りたいという気持ちが落ち着きのなさとして現れていた。
「つまりどういうことでしょう?」
ハッキリとしないマノンに対し桃はそう優しく答えを求めた。
「実は俺が利用してる盗んだもんを買い取ってくれる店があるんだけど」
「売ったのですか?」
「まぁそういうことだな。ほら、だって俺が持ってても仕方ねーし」
開き直ったのか自分の言葉に納得したのかうんうんと頷くマノンはいつの間にか堂々としていた。
だが桃は肘置きに立てた手に目を覆うように顔を落とし小さく首を横に振る。
「先程も言うたがあれは儂ら組のもんにとって大切な物じゃ。それが返ってこないんじゃったら、それを盗んだもんを見逃すわけにはいかん。他のもんに示しがつかんからの。それに儂らにも面子というもんがあるんじゃ。――いくら小娘といえど容赦はせん」
最後の言葉と共に啓三郎はマノンを一瞬だが鋭く睨みつける。先ほどまで仙人のような眉も相俟って心優しい老人といった雰囲気だったが、そんな印象を一変させたその眼光は獲物を狙う肉食獣の如き鋭さだった。
「あー、これ俺殺されるわ」
啓三郎の方を見ながら悟りを開いたように冷静にというよりは無感情のまま言葉を発したマノン。それは横一直線を描き続ける心電計のように抑揚の無い声だった。
「少し時間を頂けないでしょうか? その石を取り戻しお返しいたしますので」
「ふぅむ」
すると桃のそんな申し出に啓三郎は長く伸びた髭を掴み上から下へ何度か撫でながら考え始めた。
そしてマノンにとってはあまり気持ちの良いものではない沈黙が過ぎると、先行して人差し指が真っすぐと伸びる。
「お主に免じて一日だけやろう。明日のこの時間に再びここを訪れる。その時までに用意しておけば今回のことは水に流してやろう」
「ありがとうございます」
その言葉に桃は座りながら頭を下げた。
「じゃが。もし用意できなければその時はお主にもツケを払ってもらう。その覚悟は出来とるんじゃろうな?」
「えぇ。こちらもお願いをする立場、それは覚悟しております」
「うむ。よかろう。では
そして杖に乗せた両手に力を込め立ち上がった啓三郎はドアへと歩き出した。体を労わるように緩慢とした動作で一歩一歩。その間に手下は先回りしドアを開け、桃は啓三郎の後ろを同じ速度でついて行った。
「猶予を頂きありがとうございます」
そしてドアを通る啓三郎を会釈で見送った。ドアが閉まる音がするまで下げられた頭。
それが上がるとベストのポケットから懐中時計を取り出し時間を確認した。
「十四時二十七分」
現在時刻を呟き確認した桃はソファに戻るとテーブルに置いてあったコーヒーカップと受け皿を持ちながら腰を下ろした。脚を組み腿の上に受け皿を乗せる。
「あんな約束して本当に大丈夫か?」
「やるしかないですね。出来るかどうかは彼女にかかっていますが」
桃と一緒にリオの視線がマノンへ向く。
「いやぁーまじで殺されるかと思った」
ふぅーと吐いた息と共に体の力を抜いたマノンは座りながらダラっとしていた。
「あのじいさん怖すぎ。だけどおかげで助かったぜ」
「いえ、いいですよ。それよりその石を売ったのはいつ頃なんですか?」
「昨日だな。いや、一昨日だったかな? まぁそんぐらいだ」
既にうろ覚えな発言に桃の横には不安が腰を下ろす。そんな桃の不安を察知したのかマノンは安心させるようにこう続けた。
「だけど、場所は覚えてるぜ。というかよく売ってるからな」
「それを聞いて安心しました。そのお店というのは?」
「
「盗品を闇市に流しているんでしょうね」
「いいのか? そんな犯罪を黙認しちゃってよ」
エアで桃を突きながらおちょくるように言うリオ。
「別に私は警察ではありませんし彼らとはあくまで協力関係。日常業務で警察紛いのことをする必要はありません。それに今回は依頼ではないので大丈夫です
よ」
「つーことは俺も手伝うかは自由ってことだよな」
「そうですね。どうしますか?」
その問いかけにリオはソファから立ち上がった。
「もちろん。Cahuna《カフナ》に行ってカフェオレを飲んでくる。でも何かあったら手―貸してやんよ。じゃーな。頑張れよ、社長さん」
そう言いながらリオはAOFを出て行ってしまった。
「上司としての尊敬が足りてないみたいだな」
「随分とハッキリいいますね。ですが社長といってもただの肩書きですよ」
すると桃はカップをテーブルに置くと立ち上がり少し身なりを整えた。そしてまだ座っているマノンを見下ろす。
「ではその黒紋屋とやらに行きましょうか」
「ちゃちゃっと行って、ちゃちゃっと取り戻して、あのじいさんに返さないと夢にまで出てきそうだからな」
そして桃はマノンと共に問題の石を売った黒紋屋へと足を運んだ。
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