【参拾参】どろぼう猫の食あたり7

 黒紋屋を出た二人を迎えたのは、路地より更に奥へ進んだ仄暗く身の危険を感じる無人の裏路地の風景。


「こんなに早く売れるとかまじありえねー!」


 頭を抱え天の上にいる神様へ文句を言うように叫ぶマノン。

 だがそんな彼女とは違い平然としていた桃はポケットから取り出したスマホを操作していた。


「売れたものは仕方ありません」

「まさか諦めるのか!?」

「いえ。次は唯一の手がかりであるこの人物を探します」


 用事を終えたスマホをポケットに仕舞いながらマノンの方を向いた桃の心にはまだまだ余裕があり、そのお陰で表情はいつもと変わらず落ち着いていた。


「探すってもよ。どーすんだ?」

「人探しが得意な友人がいますので、その友人に情報をお願いしているところです」

「ほんとに大丈夫か?」


 訝し気な視線を桃に向けるマノン。


「彼の腕は確かですので大丈夫だと思いますよ」

「だといいけどな」

「では彼からの返信を待つ間に表に出ましょうか」


 そしてその友人からの返信を待つ時間を利用し桃とマノンは裏路地から大通りへ出るため足を進めた。先程の裏路地とは打って変わり人通りも交通量も多い通りへ出たそのタイミングで桃のスマホレットに一件のメッセージが届く。


「思ったより早いですね」


 それは先程言っていた友人からで、そのメッセージには石を購入した男の情報が載っていた。


「何か分かったのか?」

「えぇ。居場所が分かりました」

「ほんとか!」


 その言葉にマノンの表情は希望に満ち、自然と体も前のめり気味になっていた。


「はい。移動される前に早速向かいましょうか」


 そしてタクシーを捕まえる為、道路の傍に向かう桃。そして彼より少し遅れてマノンもその後に続いた。


「よし! 今度こそ取り返して終わりだ。で、どうやって取り戻すんだ? 盗むのか? なら俺に任せろ」


 自分へ親指を向けた彼女は胸を張り自信に満ちていた。


「何事も話し合いは大事ですよ。もしかしたら譲っていただけるかもしれませんし」

「どーせ金って言われるだけだろ。盗品って分かってて買ってるんだぜ? ロクな奴じゃないって」

「それを盗んだあなたがいいますか」


 苦笑いを浮かべながらタクシーを停めると二人はその情報の場所へと向かった。

 二十分ほど走ったタクシーから降りた二人の前には、ラナンホテルにも負けず劣らずなほど高級感溢れるホテルが堂々と建っていた。


「ほんとにここか?」


 先程の映像で見た男からは想像できないほどのホテルに、思わず疑念を抱くことは桃にも容易に理解出来た。というよりは彼自身の心中でもその種が芽吹いていたのだ。

 だがそれを無視できる程にその友人への信頼は厚い。


「大丈夫ですよ。行きましょう」


 ホテルに入りエレベーターで向かったのは最上階。このホテルは上から数えて五階分にある部屋はその下の階と比べ広々としてより豪華な作りとなっている。更に各部屋には専用のスタッフがついており、より快適に過ごせるようになっていた。もちろんその分一泊の値段もそれ相応のもの。

 そんな最上階に着いたエレベーターから降りると事前に得ていた情報の部屋番を探しながら廊下を進む。

 そして目的の番号が書かれたドアの前で桃は立ち止まった。


「ここですね」


 最後にもう一度確認した桃は四回、軽めのノックをした。ノック後、少ししてからドアがゆっくりと内側へ開く。

 ユウ字ロックにより少しだけ開いたドアの向こう側には、外にハネながら無造作にセンター分けされた金髪の男が立っていた。シルクパジャマのパンツを履き上半身は裸で前を開けたナイトガウンを羽織っている。見るからに高級そうなナイトガウンからは程よく鍛え上げられた肉体が顔を覗かせていた。


「誰だ?」


 低すぎず高すぎないほどよく自然に耳へ入ってくるその声からは感情が読み取れず、よく言えば冷静さが感じられた。そう言う意味では少し桃と似ているのかもしれない。


「急に訪問して申し訳ありません。私は桃太郎と申します」

「何の用だ?」

「その前にひとつ確認したいことがあります」


 桃はそう言いながらスマホレットから監視カメラの画像を出力させた。


「こちらに映っているのはあなたで間違いありませんか?」

「知らん」


 チラッとその映像を見た男は表情を一切変えず即答した。

 そんな男を見た桃は警戒心から白を切っているのだと考え一応警戒する必要はないと伝えた。


「私達は警察ではありませんし、あなたに危害を加えるつもりはありません」

「知らんと……」


 突然、言葉を途中で止めたかと思うとほんの一瞬、僅かだが眉が上がり口が開いた。

 その間、視線が向いていたは明らかに桃ではなくその後ろ。その一瞬の表情を桃は見逃さなかった。

 そしてその直後、男はドアを閉めようとしたがそれを滑り込んだ桃の足が止める。


「まずは話を聞いてくれませんか?」


 男は一秒も満たない間だけ眉間に皺を寄せ又もや一瞬だけ感情を表情に出す。


「後ろの女は?」

「彼女は連れです。危険はありません」


 少しの間だけ黙る男。その時間は凡そ三から五秒。


「鍵を開ける。足を退けろ」


 その言葉に桃が一歩後ろに下がるとドアは一度閉まり開錠音の後に再び開いた。男の手から離れ勝手に閉まろうとするドアを桃が手で押さえた時には既に男は部屋の奥へと歩き出していた。スリッパの遠ざかっていく音を追うように部屋に一歩足を踏み入れると背でドアを押さえマノンが入るのを待つ。

 そして土足のまま大理石の床を歩いて行くとそこに壁はなく一面ガラス張り。都会の絶景が見渡せるようになっていたそこは左右に開けた長方形型のリビングダイニング。左手にはフルーツの盛られた器とアタッシュケースやスマホレット、現金などの私物が置かれた縦向きのテーブル。その向こう側にドアが一枚。そして右手には四から五人掛けのコーナーソファとガラステーブル、壁には七十五インチ程のテレビが掛けられていた。どれも一級品だということは言うまでもない。そして左後方の壁はミニバーやお酒の空き瓶、コーヒーメーカーなどが置かれたカウンターになっており下の方はシックな扉付きの棚が並んでいた。


「おぉー! すっげーなぁ」

「これは素晴らしい部屋ですね」


 余りにも高級感溢れる豪華な部屋に感動混じりの声を漏らす二人。

 そんな二人を他所に男はウィスキーの入ったグラスを片手にガラス張り前に立っていた。


「どうやってこの場所を突き止めた?」

「申し訳ありませんがそれは機密情報ということで」


 相変わらず感情の読めない男はグラスを口に持っていく。


「ここに来たのはエメラルドグリーンの宝石か?」


 核心を突いた男の言葉に一驚というよりは感心した桃は少しだけ返事をするのが遅れた。


「――鋭いですね」

「あの場所で買ったのはそれだけだ。それに――」


 男が話を途中で止めた理由は桃にも明らかだった。つい先程まで部屋中を見回っていたマノンがふらっと何やら眉を顰めながら男を観察するように近づき、横からその顔を覗きこんだからだ。


「なーんか見覚えあるような気がするんだよなぁー」


 マノンはそのまま男を見ながらぐるり周りを回り始めた。


「なーんか聞き覚えあるおとな気がするし」


 同時に反応するように動く頭に生えた二つの猫耳。


「なーんか嗅ぎ覚えある匂いな気がするし」


 記憶と照らし合わせるように鼻はクンクンと動いていた。そんなことをしながら注意深く男の周りを一周したマノンが首を傾げていると、先程まで微動だにしなかった男がゆっくりと二人の方を向いた。


「初めはバレていると思ったがやはり違ったか」


 そう呟くと男はテーブルの方へと歩き出した。


「お前の言う通りだ。俺とお前は以前会っている。ある公園でな」

「あっ! あれだ。ふわっとした香水付けてコーヒー飲んでたやつ」


 記憶の引き金を引かれたマノンはスッキリしたように声を上げた。その声を背に受けながらテーブルまで歩いた男は椅子を二人の方に向け腰を下ろす。

 だが一方で桃の中にひとつ疑問が生まれていた。


「それと今回の件はどう関係しているのでしょうか?」

「こいつに宝石を盗ませたのは俺だ」


 流石の桃でもこの予想を飛び越えた発言には驚きを隠せなかった。

 だがそんな心中とは裏腹にその表情では微かだが口角が気持ちを高ぶりを表現していた。それは彼が心のどこかで複雑化してきたこの状況を楽しんでいたという証。

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