【参拾弐】どろぼう猫の食あたり6

「もう売っちまったよ」


 そこはアンティークや雑貨など様々なモノが並ぶ小さなお店、黒紋屋。中には製作者の意図が全く分からない一周回ってその謎さが良いのかもしれないと思わせるモノもあった。

 そんな薄暗い店内の一番奥にあるレジカウンターの向こう側に座るのは体が苔色で尖った耳先、ちょび髭を生やしたずる賢そうで小難しそうなおじさん店主。雑誌を読みながら目も合わせず小物感あふれる声でそう言った店主とマノンはカウンター越しで言い合いをしていた。


「まだ一日か二日ぐれーしか経ってないだろ!」

「知らないよ。それにあれは買った時点でもうあっしのモノだよ。というかそもそもそんなモノ売るんじゃないよ」


 店主は相変わらず視線は雑誌へ向け興味がなさそうに答えていた。


「いつもはそんな早く売れないだろ」

「知らないよ。いい買い手が見つかったらそりゃ売るよ。こちとら商売なんだよ」


 マノンは天井を仰ぎその顔を手で覆うという少々オーバーにも見えるリアクションをした。


「じゃーその売った客がどこのどいつか教えろ」

「そんなこと出来ないよ。うちは信用第一。そんな黒紋屋の看板に泥を塗ることできないね」

「こっそり教えりゃバレねーだろ。誰にも言わねーし」

「そんなことはあっしのプライドが許さないよ」


 二人のやり取りを聞きながら店内を一周してきた桃はマノンの横に並ぶとポケットから何かを取り出しカウンターを滑らせながら店主の方へ差し出した。


「顧客情報を大事にするその精神とても素晴らしいと思います。同じ顧客情報を扱う者として見習いたい程です。ですが私達は――特に彼女は今大変な状況にいます。命の危険がある程に。どうか人助けだと思って教えていただけないでしょうか?」


 そして懇切丁寧な態度の桃がカウンターに乗せていた手を退けるとそこには数枚の二つ折りされたお札が置いてあった。店主は思わず笑みを零し札束を手に取るとカウンター下でこっそりと数える。


「へっへっへ。仕方ないからいいよ。それにこの猫娘はうちに色々と売ってくれるから死なれたらちょっとだけ困るからね」

「ただの金の亡者じゃねーか」


 ボソッと呟いたマノンの言葉が聞こえなかったのかそれとも聞こえたがあえて無視したのか店主は特に反応しなかった。


「ありがとうございます」

「お兄さん何か欲しいモノがあればうちに来るといいよ。ちょっとぐらいはまけるからね」

「機会があれば利用させていただきます」


 すっかり上機嫌になった店主がカウンターに手を着けるとモニターのような映像が出力された。桃らと店主との間に現れた映像は店主を見上げるように斜めで客側からは身を乗り出さなければ見えない。更に後ろ側は透かして見ることはできない黒一色。

 そして何度かタップすると次はスクロールしているのか指を下から上に動かしていた。下から上へ下から上へ。何回かスクロールを繰り返したところで店主の手が止まった。


「この人だよ。この人」


 店主はそう言いながら映像の上空で蛇口を捻るような動作をして桃の方へ向けた。

 そこに映っていたのは監視カメラの映像。買い物を済ませた男が帰ろうとカウンター前で振り返り気にするようにこちらを見上げているところで顔もしっかりと映っていた。その男は長身でラフな格好、キャップ帽を被り細い目とバランスの取れた顔は知的だがどこか鋭さを感じさせる。


「他に情報はありませんか?」

「このお客は初めて来たからよ。よく知らないよ。でも支払いは現金だったね」

「なるべく記録を残さないようにしてるのかもしれませんね。――この画像を貰ってもいいでしょうか?」

「いいよ」


 許可を貰った桃が映像の左下を左手の親指と人差し指で摘まむとスマホレットが反応しそのまま持ち上げると全く同じ画像が映像から取り出されるように離れた。そして摘んでいた手を離すと画像はスマホレットに吸い込まれ消える。


「ご協力感謝いたします」

「いいよ。いいよ。困った時はお互い様ね」


 それは金を貰っておきながらあたかも善意で手を貸したかのような言い草でありその表情に浮かべた笑みもまた良い事をしたと言わんばかりのものだった。

 だが桃は快く会釈で返すとドアへ歩き出しマノンもその後に続いた。

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