【参拾肆】どろぼう猫の食あたり8

「別に盗めって言われてねーよ!」


 それを真っ先に否定したのはマノン。


「あぁ、言ってない」


 これを男は意外とあっさり認めた。


「だがあの場所の情報は俺が教えたはずだ」

「まぁたしかにあの時、雑誌に載ってたな。すごい家があるって。でも盗むかどうかは俺次第だろ」

「確かにその通りだ。だがお前の性格からすれば盗みに行くことは簡単に予想できる。誰も破ったことがない。最新の警備システムがある。とか言っておけばな」


 本当に言われたのだろうマノンは悔しそうな表情を浮かべ返す言葉ないといった感じ様子。


「だ、だけどその後にそれをどうするか何で分かんだよ」


 苦し紛れの細やかな抵抗とでも言うのだろうかそれは絞り出したような言葉だった。


「盗品はほぼ全てあの場所で売り払ってるだろう。盗む対象よりその過程を楽しんでいるお前があの宝石を自分のモノにする可能性は低い。そうなれば自然とあの場所に宝石は流れつく」


 完全に行動を読まれていたマノンは言い返すこともできず不貞腐れた顔をするしかなかった。


「随分と下調べをしたようですね」

「そうでもない。単調なやつの行動は分かり易いからな。あとはちょっとした準備をすればいいだけだ」


 その言葉はマノンの心に追い打ちをかけた。


「とはいってもコイツを選んだのはそれなりの腕があったからだ。コイツの腕なら高確率で盗み出せると思ったから選んだ」


 と思えば次は褒められ少しニヤける。さながら飴と鞭。


「自分は直接手を下さず狛井組のモノを手に入れ、その後も罪は彼女に擦り付けて狛井組から狙われないようにする。あれはそこまで貴重なモノなのですか?」

「知らん。俺はただある顧客が欲しがっていたから用意しただけだ。もっともそいつもそれを拝む前に死んじまったがな」

「では今もあなたが持っているということですよね?」

「もう他に売った。あれほどの宝石なら買い手は腐るほどいるからな」

「あーもうまたかよ! で、誰に売ったんだ? お前の所為でこんなことになったんだから教えろよな」


 勢いをつけて指を差したマノンからはまたもや宝石が見つからなかったという苛立ち以外にも別の悔しさのようなものが感じられた。

 一方で男は指を差されながらも少しの間黙り、考えているようだった。


「――まぁいいだろう。どうせ一回限りの客だ」


 男はそう言うとグラスをテーブルに置いた後、そのテーブルを指先で二回連続でタップし何やら操作を始めた。

 そして少しの間操作した後、テーブルの上に二十後半から三十代ぐらいの男性の情報が出力された。


「この富豪だ」


 そう言いながら情報を手で払い桃の方に飛ばす。桃が手元に飛んできた情報にひと通り目を通すとその情報はスマホレットへと吸われた。


「ありがとうございます」

「ひとつ聞きたい」

「なんでしょう?」

「誰から俺の情報を得たかは知らんが、どこまで知っている?」


 男はそれがよほど重要なのか僅かに目を細め睨み付けるような視線で桃へと突き刺した。それは、そう言われなくとも嘘を見抜かれていると勝手に勘違いしてしまいそうな――言葉の向こう側さえも見抜いてしまいそうな眼光だった。


「そこまで詳しい情報が必要なわけではなかったので深くまで知っているわけではありません。ですがそうですね……。最近は世界中で詐欺を働き、裏の世界では通称【ノーフェイス】と知られれているアラン・J・ラグネル。チームの一員として大きな計画を遂行するとこもあれば個人でスリや詐欺を行うこともある。どんな場所にでも溶け込むその演技力はまさに天才的――らしいですね。ですが誰にでもなれるが故に、アラン・J・ラグネル。この名前すら本当か疑わしく本当の素顔が誰にも分からない。ノーフェイスの由来もそこにあると聞きます」


 桃がその友人から得た情報の一部を聞いた男――改めアランは片手で顔を覆いクックックと堪えるようにそして静かに笑った。

 それは初めて見せる感情。だがその感情が素の彼のものなのか、はたまた演じている誰かのものなのかはアラン・J・ラグネルと呼ばれるこの男にしか分からなかった。


「今となってはその名は滅多に使わないがそれを知ってるとは、随分と優秀な情報屋がいるようだな」

「そうですね。あの方は私の知る限り最高の情報屋です」

「だろうな」


 返事をしながらアランはテーブルにあった葉巻を手に取ると吸い口を切りマッチで火を点けた。そして優雅にひと吸い。

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