【弐拾陸】鬼を追う者
東京都内のとある図書館。そこで桃は一人、テーブル席に座りながら左右に積み上げられた本の山(計十冊程度)と共に、長年の間ただ只管に本棚に鎮座していたような古い資料を読んでいた。
その日は平日でしかも雨。更に時間帯は昼間ということもあり利用者は少なく集中しやすい環境だった。
頬杖を突いて本に視線を落とし文章を黙読していく桃。そして開いていたぺージの最後まで読むと本を閉じて右側にある読み終わりの山に重ねた。
「中々めぼしい情報は見つかりませんね」
ぼやきつつ左の山から一冊を取ると目の前へ置き、ページを捲っていく。
すると、近づいてきた足音がひとつ。それは桃の座テーブルの傍で止まったかと思うと正面の椅子を引き腰を下ろした。その音に顔を上げてみるとそこにはリオの姿が。あまり図書館の雰囲気にはそぐわない見た目の彼は横向きに座り上半身を桃へ向けている。
「依頼人のとこに行くんじゃねーのか? おせーから迎えに来てやったよ」
「もうそんな時間ですか? すみません」
体感とは違う時間経過に疑問を抱きつつも、桃は懐中時計を取り出す。
だが、そこに表示されていたのは体感とほぼ同程度の時間。
「まだ一時間もあるじゃないですか」
「は? 一時だろ?」
「二時です」
その返事にガクッと天を仰ぐリオ。
「んだよ。だったらもうちょっとゆっくりできたじゃねーか」
「ゲームばかりして人の話をちゃんと聞かないからですよ」
どこかやる気をなくしたようになリオに対し桃はそう言いながら視線を再び本に落とした。
「はぁ。まぁいいや。どうせ三十分そこらで切り上げるだろ?」
「そうですね。移動時間を考えれば四十分ちょっとしたら出ないといけませんね」
「そんじゃここで待っとくわ」
「静かにしててくださいよ」
「へいへい」
リオは適当な返事をしながら既に読み終わった本の山から一冊手に取り、適当にパラパラ漫画でも見るような速度でぺージを捲っていく。
「よくもまぁこんな訳の分からん本を読めるな」
「読んでみれば意外と面白いですよ」
「つーかほんとにお前の探してるもんってあんのか? 何だっけ? 何とかの首ってやつ?」
訝しげな視線を向けながらも思い出せず眉を顰めるリオ。
「酒吞童子の首です。私も実際にこの目で見たことあるわけではないので確実にあるとは言い切れませんが、先祖代々その首を探してきたみたいですからね。彼らを信じてあるとは思いますよ」
「今の時代からしたらその酒吞童子って鬼すら、もはや伝説レベルで存在したかどうかも怪しいけどな。――暴虐の限りを尽くした
「酒吞童子がラスボスならそれを退治したとされるご先祖様は主人公ですか?」
そう返しながら桃は読むのを一旦止めそのゲームを想像してみた。
「意外と悪くないかもしれませんね。ジャンルはRPGで仲間を三人まで連れていけることにしましょう。レベルを上げながら武具を揃え魔法なんてあったらいいですね」
「炎系の呪文メ〇でも撃ってス〇ライムでも倒すのか? 完全にド〇クエじゃねーか」
リオはそう言いながら持っていた本を少し雑に山の上へと置いた。
「そもそもそのご先祖様ってのが退治したんだろ? なんで探してんだよ。あれか? 戦利品ってことか?」
「それは消えたからですよ。先祖代々に渡って首のミイラが受け継がる一族なんて嫌でしょう」
「は? 首が消えた? 怖い話か?」
特に怖い話に嫌がる様子もかといって興味津々な様子もなくリオは平然とした口調だった。
「私も詳しくは知りませんが、当時のご先祖様――つまり初代桃太郎は酒吞童子を退治した数年後。陰陽師との話し合いの末に何らかの儀式やその他の類により酒呑童子を復活させられないよう念の為、完全に消滅または封印をしておこうという結論に至りました。そして桃太郎一行は再び鬼ヶ島に赴きその間に陰陽師らは儀式の準備を進めたそうです。桃太郎一行は無事に酒呑童子の首だけを持ち帰りました。体は白骨化していらしいのですが、首だけはまるで生きているかのような状態だったそうです。これは酒呑童子の持っていた強力な妖力が作用していたようですね。つまり陰陽師らが危惧していたことはある程度正しかったわけです。そして持ち帰った後は準備ができ次第儀式を始める予定だったらしいのですが、翌朝になってみると酒呑童子の首は保管場所から消え、桃太郎と共に鬼退治へ向かった仲間の一人が死体となって発見されました。それ以来、桃太郎の血を受け継ぐ直系いわゆる本家はその首を探しているわけです」
桃の話を聞いていたリオは何となく納得した様子だった。
「それをもし見つけたらどーすんだ?」
「そうですね。破壊もしくは封印するよう言われてるのですが私的には破壊した方がいいと思ってますね」
既にその選択の優先順位は決定していた桃は考える素振りすら見せず答えた。
「ちなみにその盗んだやつは分かってるのか?」
「本家に残された文献によると分ってないらしいです」
「ふーん。こんだけ長い間探してんのに見つかんないってやべーな」
そういいながらもリオはあまり興味無さげだった。
「そうですね。もしかしたら既にどこかで誰かが破壊もしくは封印したのかもしれませんね」
「破壊されてたらお前らはないものを探し続けるって事か」
「それはそれでいずれその事実に辿り着くでしょう」
「まっ、俺にそんな使命はないし頑張れよ。っつーことで俺はやっぱ下で待ってるわ」
立ち上がりながらそう言ったリオはそのまま歩き出し桃も視線を手元の本へ。続きから読み進めていき次のページを捲ると、そこには昔のとある村の村人が書き残した記録のようなものの写真が載せられていた。その写真の横には書かれていた文章そのままのものと読みやすいように翻訳された文章があり、桃は読みやすい方まで視線を飛ばし何気なく読み始める。
書かれていた内容をざっくりとまとめるとこうだ。
『月光煌めく満月の夜。一人の男が汗だくになりながら村に駆け込んでくると焦燥とした様子で一軒の戸を何度も叩き村人を起こした。小さな村ということもありすぐに村中の男達が松明を片手に家から出て来ると男に用件を尋ねた。男は興奮しきっており上手く話せてはいなかったが、どうやら自分の村が襲われたと言う。話を聞くとどうやら賊ではなく一人の旅人によって皆殺しにされたらしい。最初は一晩泊めて欲しいというただの旅人で、村は小規模ながらも宴会き快く迎え入れた。そして酒も進んだ頃、その旅人が大事そうに抱えていた無数のお札が張られた大壺の中を一人の村人が酒の勢いで半ば無理やり見たことが事の発端らしい。その瞬間、つい先ほどまで物腰の柔らかだった旅人は豹変し、瞬く間に村人を斬り始めたという。その混乱に紛れその男は逃げてきたらしい。そして逃げ込んできた村の男達と翌日の早朝に襲われたという村に向かったところそこには悲惨な光景が広がっていた』
それは本当かどうかも分からない小さな村で起きた殺人事件で、表現力豊かな文章で書かれていた。そして最後の方には学者の見解が書かれていたのだが、そこには『もしかしたらこれは小説のような創作物なのではないか』と書かれていた。
桃は普段から事実かどうか判断しかねる物事に関しては、最低でも事実であった場合とそうでなかった場合の二パターンを考え天秤に掛けるようにしていた。それは物事を一方向からではなく多方向から見るため、常に広い視野で物事を捉えようとする彼の心掛けのようなもの。そしてそれは今回も例外ではなく。もし真実だった場合その旅人が何者だったのかその壺の中身は何だったのかなど。もし学者のいう創作物だったのならこれは村の中だけ身内だけで楽しむものだったのか既にそのような娯楽が浸透しており他の村や町などで金銭に変えていたのかなど――無数の疑問を無意識のうちに考えてしまっていた。
だがそこまで追求していくほどの時間は今の彼にはなく、もっと言えばそこまで追求するほどの興味もそこまで湧いていなかった。
「今の時代ならすぐに捕まりそうですね」
そう呟きながら本を閉じた桃は読み終わりの山に重ねテーブルの上にあった全ての本を右下角に寄せた。そしてテーブルに掌を三秒ほど着けると『退席』と『閉じる』の出力されたボタンが眼前に表示された。その内の退席の方をタッチすると角にまとめられた本の周りに四角く切れ目が入り、テーブルへ飲み込まれるように下へと消え、最後は蓋をするように横から表面がスライドしてきた。
「さて、何か軽く食べてから仕事に向かいますか」
そしてエネルギーを求める体のために立ち上がるとエレベーターの方へと歩き出した。
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