【弐拾玖】どろぼう猫の食あたり23

 部屋から出たアランは下へ降りる為にエレベーターを呼んだ。意外とすぐに到着したエレベーターに乗り込もうとしたアランだったが、踏み出した足を一歩で止める。


「久しぶりね」


 アランが足を止めた理由であるエレベーターに乗っていた人物はソフィアだった。トレンチコートに入れていた手を出し、軽く振ると再びポケットへ。

 一瞬足を止めたアランだったが相手が知り合いだと分ると再び歩き出しエレベーターに乗り込んだ。


「何の用だ?」

「あら、会う女性全員が自分に用があると思ってるの?」

「次の仕事がある。このエレベーターが着いたら俺は行く」


 どこか煽っているように聞こえるソフィアの言葉に対しアランは全く動じていなかった。


「それじゃあ、遠慮なく本題にいかせてもらうわね」


 だがその素っ気ない反応に特に何か言う訳でもなく、まるでその会話が無かったかのように流したソフィアはアランの方へ体ごと向けた。そしてポケットから出した手を彼の脇腹へと伸ばす。

 その手にはスタンガンが握られておりアランの体に高電圧電流を一瞬だが流した。不意打ちのスタンガンに声にならない声を漏らし思わず手放した銃が床へ。スタンガンはすぐに体から離れたが、嫌な後味のように痛みの残る脇腹を押さえながら壁に背を預け、彼はソフィアと向き合った。


「何のつもりだ?」


 痛みに耐えながら発せられたその言葉に、ソフィアは体を一気に接近させると左腕で胸を押さえつけスタンガンを喉元へと近づけた。

 そしてアランの顔に近づいた彼女の表情は微かに笑みを浮かべるが、この状況も相俟ってかそれはどこか恐怖を煽る。


「何のつもりって? それはこっちのセリフよ。私の可愛い妹に手を出すなんてどういうつもり? しかも一度ならず二度までも」


 終始落ち着いた口調で話すソフィアだったが、その声は先程までより低く怒っているかどうかは定かではないが不機嫌なことは誰が見ても確実だった。


「仕事に必要だっただけだ。それにちゃんと報酬もやった」

「報酬は結果的にでしょ。でも百歩譲ってそれはいいわ。だけどこれは違うでしょ? あなたのただのお遊び」

「何のことだ?」


 その言葉を聞いたソフィアは間髪入れずほんの一瞬だけ電流を走らせた。一瞬ではあったが、それは相手を苦しめるには十分だった。


「あんな汚いごろつきを雇って可愛い妹を危険に晒すなんて……。無事だったからいいものの――。可哀想に、怖かったでしょうね」


 マノンのことを思っているのかソフィアはゆっくりと首を横に振るともう一度バチッバチッという音をエレベーター内に響かせた。今度はさっきより少し長めに。


「一応、理由は聞いてあげるわ。それと依頼されたなんてつまんない嘘に付き合ってあげるほど、機嫌は良くないからね」


 そうニコやかに警告するソフィア。二度目はないというのは既に二度スタンガンの味を教えられた彼が良く分かっていた。答えは慎重にかつ正直でなければならない。


「――ただあの男の実力を見てみようと思っただけだ。たまにだが耳にしていた桃太郎という男のな」

「確かにその気持ちは分からないでもないわ。でもそれに可愛い妹を巻き込むなんてのが許しがたいわね。私はちゃーんと教えてあげたはずよ。可愛い妹に手を出したらどうなるか。でも伝わってなかったのかしら?」


 それはまた痛みを拷問のように繰り返す勢いだったが、今度はロシアンルーレットの外れのようにただスタンガンを押し付けるだけだった。


「俺もあいつらには女には手を出すなと言ってはいたんだがな」

「あらそう。ならあなたの人選ミスね。というかそもそも巻き込んだ時点であなたの判断ミスよ」


 そしてもう一度スタンガンの痛みを味合わせるが、今度はほんの一瞬ですぐに離した。


「まぁ今回はあの子も無事だったし許してあげるわ。彼に感謝しなきゃね。だけどもしまた可愛い妹に手を出したら、次はこれだけじゃ済まないわよ」


 するとソフィアはスタンガンと腕からアランを解放し、左手を後頭部に回した。

 そして抱き寄せるように自分の方に寄せると口を耳元へ近づける。


「その時はプロを雇ってあなたがもう殺してって言うまで痛めつけてあげる。まぁあ、そう簡単には殺してあげないけど、その時は一緒に楽しみましょ」


 それは恍惚とするような甘い声ではあったが、どこか冷酷で狂気さを秘めており背筋を凍らせるような囁きだった。

 そして耳元から口を離したソフィアはまだ頭に手を回したままアランのと見つめ合う。

 するとそのタイミングでエレベーターが一階へ着きドアが開いた。


「次は気を付けてくれたら嬉しいわ。それじゃあ、お仕事頑張ってね」


 そして頭に回していた手を離すと軽く頬をぽんぽんと叩き、エレベーターから降り去っていった。残されたアランはふらつきながらも銃を拾い上げる。


「なるほど。思った以上に依存しているようだ」


 アランはそう呟きながらも不気味な笑みを浮かべるとエレベーターから降り次の仕事へと向かった。

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