【拾捌】AOF14

 たった一人で三体を相手取っても比肩を取らない桃は、戦闘を有利に進めてはいたが、誰一人として仕留めるまでには至っていなかった。まず戦況を大きく傾かせる為、どうにか人数差を一人にしたいと考えていた桃はそのタイミングを見計らいながらも代わり替わり襲い掛かる三体の攻撃を防ぎ続けていた。

 そして大きく退き着地した桃を右から(人を驚かせるように)両手を上げた駄々螺。左から両刃大斧を天へ掲げるように振り上げたミテュロスとが挟撃する。桃は視界端で捉える程度で素早く左右を順に確認すると、慌てることなく足元に落ちていた鞘(最初に手放した)を足で手元まで飛ばし空いた左手で掴んだ。

 それから右手の刀で罰点を描くように振り下ろされた爪を、左手の鞘で両刃大斧の柄部分を受け止める。そんな両手を塞がれた桃へ人数有利を存分に活かした赤滑の舌が正面から槍の如く一直線に伸びた。

 しかし桃は微かに笑みを浮かべると左右からの攻撃を受け止めていた刀と鞘の角度を変え、押し返すのではなく滑らせるように外しては舌を避けながら右前へと飛び込む。

 突然、力の均衡は崩され受け止める存在が居なくなった爪と両刃大斧は、そのまま止まることなく床へ振り下ろされていく。駄々螺とミテュロス――それぞれが主導権を握る武器でありながらも桃のタイミングで床へ振り下ろされた。爪と両刃大斧は先程まで桃がいた場所を空振り、通過し勢いを緩める事無く躱された舌へと落ちていく。

 そして上から押さえつけるようにそのまま舌を切断。三等分に切り分けられた舌は陸に上げられた魚のように少しぴくぴくと動きながら真っ赤な鮮血を床に広げていく。

 それと同時に赤滑の叫び声が部屋中を駆け巡った。


「あぎゃー! オレッヂのじだがぁぁぁ」


 その場で悶え苦しみ暴れる赤滑からは押さえきれなかった分の血が飛び散る。

 一方で自らの手で仲間の舌を切り落としたという事実にミテュロスと駄々螺の瞳と表情には動揺の二文字が深く刻まれていた。

 そして二体が愕然とし動けずにいる間に、桃は赤滑へ接近すると刀を顔の左側で構え、弧を描くように一閃。

 刀は赤滑の首を撫でるように斬ると、そのまま流れる動きで血を払った。


「いつでも降伏してくれていいですよ」


 桃にとってその言葉に他意はなかったが、ミテュロスと駄々螺はそうは受け取らなかったらしい。

 どうやら煽りと思った二体は顔を歪ませ、感情の泉がふつふつと煮えたぎる音が今にも聞こえてきそうだった。


「楽に死ねると思うなよ!」

「八つ裂にしてやるぜっ!」

「それは残念です」


 そして怒気を塗りたくった叫び声を上げ、ミテュロスと駄々螺は同時に桃へと襲い掛かる。二体の猛攻は仲間の仇を打たんとするように今まで以上に激しさを増していた。

 だがそんな二本の爪と一本の両刃大斧を相変わらず刀一本で防ぎ続ける桃。一人で二体を相手取りながら一瞬たりとも隙を見せない桃だったが、その脳裏ではどうにか目の前の相手に集中できる一対一へもっていく方法を模索していた。

 しかし何か策を講じるより先に怒りの所為かそこには零れ落ちるように隙が生じた。それに対し反射的に反応。

 右手の刀で駄々螺の両爪を受け止めるとミテュロスの一瞬の隙を見逃さず左手の鞘で顔をひと殴り。それにより怯んだミテュロスに対し鞘を突き出し鐺で鳩尾を一突き。

 そしてミテュロスを突き飛ばした桃は瞬時に思考を切り替え、駄々螺をこの一対一という状況で倒しきることに意識を集中させた。

 それもミテュロスが戦闘復帰するより早く。

 そして流れるように動き出した桃は、まず敵の両爪を受け止めていた刀の力は緩めぬまま鞘で顎を突き上げる。天井を仰がされながらも宙に浮いた駄々螺の体はそのまま弧を描き床へと落下。

 その間に間合いを詰めていた桃は起き上がり直後の駄々螺へ刀を上段から振り下ろした。しかし駄々螺は両爪を交差させ刀を受け止めると力を一気にかけ押し返す。

 その反動で半歩退く桃。駄々螺は立ち上がり体勢を立て直した。

 だが一秒でも早く駄々螺との戦闘を終わらせたかった桃は、半歩下がると出来る限り最速で地を一蹴しては攻撃を仕掛ける。

 数歩分開いた距離をたった一歩で詰め切ると左手を上段から振り下ろす。しかしながらまたもやそれは爪に防がれてしまった。

 だが今回振り下ろしたのは刀ではなく鞘。その事に気が付いた頃には時すでに遅し。既に刀は下から駄々螺をの腕を狙っていた。

 そして刃は左腕を骨ごと綺麗に斬り上げた。ただの肉塊と化した左腕は鮮血を撒き散らしながら宙を舞うと床へと落下し鈍い音が鳴響く。

 前腕を失った断面からはとろみのある血がどばりと溢れ出し、部屋中には駄々螺の声が殴り掛かるように響いていた。

 しかし桃は斬り飛ばした左腕に目もくれず再度刀を構え――横一閃。今度はその首に狙いを定めて。

 当然ながらそのことに気が付いていた駄々螺は、声を無理やり抑えながらも残った右手で刀を受け止めようとする。

 だが動き出した右手を鞘が止めた。打つ手は無く数秒後の死をただ待つしかない。駄々螺はそんな状況下で抑え込んでいた痛みごと解放するように叫んだ。


「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 そんな駄々螺を黙らせるように刃はその首へ。妖刀の如き切れ味で首を刎ねるとそのまま後ろを振り返りミテュロスの両刃大斧を受け止めた。

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