【拾柒】AOF13

 地響きのような声は警戒心を牽制するように隠さず表していたが、桃はいつも通りポケットから手帳を取り出し見せた。


「私たちはAOFの者です。ある少女を探しているのですが何か知りませんか?」


 桃は手帳をしまうとスマホレットから瑠璃の写真を出力させた。

 だがその写真を見ても五体の御伽は顔色一つ変えない。


「そんな演技はよせ。既に情報は入ってる。あの野郎に雇われて来たんだろ?」


 甲高い声に粘り気のある口調の赤滑が長い舌を動かしながら見透かしたように言った。


「愚かなことを。結局、要求額が増えるだけだというのに」


 四つの目を瞑りゆっくりと首を振る四目。


「ではこの少女はこちらにいるということでよろしいですね?」

「あぁ、別の部屋にいる」

「それでは少女を解放し今すぐ投降してください。あなたたちには誘拐容疑がかかっていますので、投降後はEOCBがその身柄を確保します」

「投降だと?」


 ミテュロスはありえないと言わんばかりに鼻で笑った。他の御伽も同意見のようで皆、嘲笑的な表情を浮かべていた。


「それを本気で言っているのなら相当なバカだな。――俺らの作戦はこうだ。投降せず今すぐお前らを殺してその首を奴に送りつけ更に金を要求する」


 その言葉の後にミテュロスは傍にあった両刃大斧に手を伸ばし、四目は金砕棒を手に取る。

 そして駄々螺が両手に力を入れるとその爪は鉤爪の如く伸びた。五体の御伽は完全な戦闘モードへと入った。


「それでは実力行使ということで。――蘭玲」

「いつでも大丈夫です」


 そして予想通り始まろうとしている戦いのため刀を抜こうとした桃へ先手必勝といわんばかりに赤滑の舌が伸びる。

 咄嗟に刀を抜くのを後回しにし鞘で受ける桃。舌は横向きの鞘に巻き付き桃の動きを封じるように力強く引き寄せる。

 そして桃がその舌に対しての行動を取るよりも先に、上空からは両刃大斧を上段に構えたミテュロスが降ってきた。

 対処すべき優先順位が秒ごとに変わり、今では最優先となったミテュロスの攻撃を体を横に放り投げるように躱しながら刀を抜き床を一度転。

 それから片膝立ちで床へ罅を広げた両刃大斧を持つミテュロスの方を向いた。

 だが一息つく暇もなく背後から駄々螺がその鋭い両爪を振り下ろす。その気配を察知した桃は振り返ることなく(顔はミテュロスを向いたまま)頭上に構えた刀でその爪を受け取める。人数不利という戦況をよく理解していたが故に他の御伽にも気を配りスムーズに対応出来たのだ。

 そして力を一気にかけ押し返すと駄々螺はよろめきながら片足を後へ。その隙を突き床に着けた膝を中心に回転すると足払いで駄々螺の顔を床へ急接近させた。

 桃はそのまま片手で刀を逆さ(切先が床に向くように)に持ち替えると倒した駄々螺へ振り下ろそうとするが、それを途中で止めすぐにその場を離れた。

 直後、その場所を入れ違いで赤滑の舌が鞭のように叩く。

 そして仕切り直すように一度、三体と距離を離すと桃は彼らの奥へ視線をやった。

 そこでは蘭玲が今まさにヌンジェと四目を相手にしていた。


「分断されましたか。ですが二体程度なら蘭玲も大丈夫でしょう」


 そう言いながら立ち上がった桃は目の前にいる三体の御伽に視線を戻した。

 三対一という不利な状況にも関わらず桃の中に焦りはなく冷静。それは戦いにおいてよい心理状態だった。

 そして刀を手元でくるりと回し持ち替えると畏れも緊張もなく、責任感と少しの億劫さを抱え三体へと向かっていった。

 瞬く間に戦う相手を入れ替えながら激しい戦闘を繰り広げる桃だったが、刀一本で難なく戦況を進めていた。

 そんな桃らの向こう側で蘭玲も戦っていた。


 鉄の塊であるはずの金砕棒を重さを感じさせないほど軽々と振り回す四目。だが一方で、その攻撃を身軽に躱し続ける蘭玲。

 そして横一直線に振られた金砕棒をのけ反って躱すとそのままバク転を二回連続で繰り返し、大きく間合いを取った。

 しかしバク転で距離を取るのと同時に四目の後ろから飛び出してきたヌンジェがそのあとを追う。

 間合いを取ったはずがバク転後、正面を向いた瞬間に目前まで迫ったヌンジェの拳が蘭玲を襲った。それをボクサーさながらのガードで受けたが後方に数センチほど滑ったことからそのパンチの威力が伺える。

 そして拳を受けた後、蘭玲はダメージなど感じさせず、すぐさま反撃を開始。

 床をひと蹴りして一気に距離を詰めるが、そんな蘭玲にタイミングを合わせヌンジェは横蹴りを繰り出す。

 だが蘭玲はそれをひょいという効果音をつけたくなるほど軽やかに跳んで躱すと、体を捻りながら逆に強烈な蹴りを顔面めがけ放つ。寸前で腕を顔と足の間に挟むがそんなこと関係無しといわんばかりに蘭玲はヌンジェを蹴り飛ばした。

 着地後、隙を見せることなく四目との間合いを詰めると一撃の重さは無いものの圧倒的な手数の連撃を浴びせた。

 その一撃一撃を金砕棒で防いでいく四目。

 しかしながら次から次へと飛んでくる猛撃に一瞬だが甘さによる隙が生まれた。

 その隙を逃す蘭玲ではなく甘くなったガードの隙間に蹴りをお見舞い。ブーツの靴底は金砕棒の真下をすり抜け真っすぐ四目のお腹へと突き出された。足は内臓を蹴ったのではないかと思わせるほどめり込んでは、それ相応の衝撃を与えた。蹴り飛ばされた四目の体は壁へ容赦なく激突すると崩れたコンクリートの破片と共に床へ。

 そして一息つけるほどの余裕が出来た蘭玲はチラッと双眸を桃の方にやった。


 後ろに大きく退いた桃はコンクリート柱を背負ってしまう。

 その事にほんの一瞬意識を向けたことが隙となり、たまたまか狙ったのかタイミングを合わせた赤滑の舌が伸びる。

 桃は躱すという選択肢を瞬時に捨て、顔前で構えた刀を絶妙に使い舌の軌道を逸らした。舌は頬スレスレを通り後ろのコンクリート柱を掠めるとまるで豆腐のように削った。

 そして赤滑の舌が引っ込むより先に桃の前に駄々螺が現れその鋭いツメの手を振り下ろす。その振り下ろされた爪をしゃがんで躱した桃の頭上にはコンクリートに深々と刻まれた三本の爪跡が残されていた。


 それからも同じ空間で戦ってはいるが暗黙の了解があるかのように互いに干渉せず二つのグループは別々の激戦を繰り広げていた。

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