【柒】AOF5

 それから米一粒、スープ一滴も残さず完食した桃と蘭玲は胃も心も満たされ店から出てきた。


「次はどうするんですか?」

「あともう一人、伝手を訪ねましょうかね。もし何も分からなければ、もう少し広い耳と目を持った友人を訪ねようと思ってます」


 それからしばらく歩いた場所で立ち止まった桃は辺りを気にしながらキョロキョロとし始めた。


「この辺りの筈ですが……」


 呟きながら動かしていた視線は路肩に俯き座り込んでいる一人の男で止まった。そのまま視線を逸らさず桃はその男の元へ。

 男の見た目はみすぼらしく、髪はボサボサで髭も伸びっぱなし。お世辞にも清潔とは言い難くその姿はホームレスと表現せざるを得ない。

 そんな男に近づくとしゃがみ写真を見せた。


「この子の情報が欲しいのですが何か知りませんか?」


 男は何も答えず近くにあった蓋の無い空き缶を桃の前に置いた。それに対しポケットからお札を二枚取り出すとそれを見せてから缶の中へ。男はそれを見ると顔を上げ髪の隙間から写真の確認を始める。


「知らんな」


 小さく呟くと顔を俯かせ、最初と同じ状態へ。


「ではこのぐらいの年齢の子を外から攫ってきたというようなことは?」

「そんな特定の話は知らん」

「そうですか」


 落胆の色を見せながら返事をすると桃は缶の中から入れたお札を取り出した。


「情報が無ければこれは多すぎます。何か情報が入った場合は、よろしくお願いしますね」


 そう言うと一枚だけ缶に戻し立ち上がった。


「えーっと次はどうするんでしたっけ?」

「次は古い友人の所へ行こうと思います。彼も知らなければ今日は一旦帰りましょうか」

「はい」


 そして次に蘭玲を連れ向かったのは、煌びやかな看板と黒スーツにサングラスをかけた屈強なオークのガードマンが店先に立っているお店。周りのお店と比べてもその存在感は圧倒的なものだった。

 そんな店の顔でもある看板にはネオンの筆記体でこう書かれていた。


【Arodi《アロディー》】


 店前で足を止めた桃と蘭玲は同時にその看板を見上げる。


「相変わらずですね」


 溢れ出る懐古の念に表情が思わず緩む。


「ここってどんなお店なんですか?」

「入ってみれば分かりますよ」


 説明するよりも自分の目で見た方が早いと考えた桃がそう答えると二人は入り口まで足を進めた。


「ルチアーノはいますか?」


 顔だけを動かし桃を見たガードマンは一度だけ頷く。


「ありがとうございます」


 お礼を言うと二人は店内へ。

 中は薄暗く小さな声など容易く掻き消すほどの音楽が流れており、バーとポールのあるステージ、それを見る観客席にダンスホールという構造。強調するようにライトで照らされたステージ上では色気たっぷりな服装の若い女性が踊っており種族は様々。更に観客席にもちらほらと似た服装の女性がお客と話をしては盛り上がっていた。

 そんな店内はバーカウンターでお酒を楽しむ者や踊りを見ながら酒を楽しむ者、女性と会話をしながら酒を飲む者、ダンスホールで踊る者、と数多くの客で賑わいを見せている。


「さて、私は友人に会いに行きますので少しの間、待っていてくださいね」

「分かりました」

「すぐに戻りますので」


 そう言ってバーカウンター前で蘭玲と別れた桃は奥の方にあるドアへと足を進める。

そのドアの前にも入り口のようにガードマンが一人立っていた。手を後ろで組み真っすぐ前を見ながら微動だにしないその姿はマネキンかと思うほど。


「ルチアーノに会いたいので通してもらえますか?」

「ダメだ」


 ガードマンは間髪入れず視線すら動かすことなく拒否した。


「桃が来たと伝えていただければわかると思うのですが」

「今日はそのような予定はない」

「まずは伝えていただけないでしょうか?」

「ダメだ」

「さてはあなた新人ですね」


 立てた人差し指で叩くように指すが、もうガードマンからの返事はなかった。


「はぁー。困りましたね」


 苛立つというよりは困却した桃は溜息をつくと一度蘭玲の元へ戻ることにした。

 別れた時同様にバーカウンターで待っていた蘭玲だったが、その前には体格の良い男が立っており何やら話しかけている様子。

 だが蘭玲は迷惑そうな表情を浮かべていた。


「別にいいじゃねーか」


 男はそう言いながら蘭玲に手を伸ばす。

 しかしその手は目前で横から伸びてきた手に手首を掴まれ止められた。


「強引なのはよろしくありませんよ」

「あっ、桃さん」

「あぁ? なんだお前?」


 露骨に不機嫌さを表し睨む男だったが桃は何のその。


「あれ? もう会ってきたんですか?」

「いえ。少々問題が起きまして」

「おい! さっさと放せよ!」


 男は苛立ちを隠そうともせず桃の手を振り解こうとするが、掴まれている手はビクともしなかった。


「これは失礼しました」


 だがワンテンポ遅れて桃が放すと男の手はやっと自由を取り戻した。手首を摩りながらも依然と苛立ちを表立たせ睨みつける男。

 するとそんな男を見ていた桃の頭にふと、ある悪案が浮かんだ。

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