【弐拾陸】どろぼう猫の食あたり20
青モヒカンが股間を押さえながらニヤケ面でそう言った直後、桃はお辞儀をするように頭を下げレンチを躱す。彼の上をレンチが空振りするのを目の当たりにした青モヒカンは最高のタイミングで切ったと思っていた最後の切り札が無意味だったことに絶望を浮かべた。
そして顔を上げた桃は微笑みを浮かべた。
「えぇ、そうですね」
そう一言返すとグリップ部分で頭を殴って気絶させ、すぐさま後ろを振り返った。
一度空振りしたレンチが再び桃の頭を狙ってきていたが腕を相手の腕部分に当てては受け止めそれを防ぐ。その直後、振り向きながら銃を後ろベルトに挟んで仕舞いつつ、受け止めていた方の手で相手の腕を掴んだ。
そして自由になったもう片方の手で相手の二の腕を下から掴むと、そのまま柔道家さながらの一本背負いでつい先ほど殴り倒した青モヒカンの上へと投げた。皮と骨しかないほどガリガリだったため腕は細くて掴みやすく体重も驚くほど軽かったなどという要素もありあそこまで綺麗な一本背負いが出来たのだろう。
そして零れたレンチを拾い上げると後ろを振り返り、ピンク・緑モヒカンを警戒した。その甲斐あってか柱に凭れながら床に力無く座るピンクモヒカンが背の方から銃(形状から先ほどと同じVTQ)を取り出そうとしているのが見えた。まだ最初の蹴りと柱に激突した痛みが残っているかその動きは少しぎこちない。
その姿を確認した桃はレンチを軽く真上に投げて持ち替えると某ゲームの手斧を投げるウサギさながらにそのレンチを構え――そして投げる。縦回転しながら飛んでいったレンチは針の穴を通すコントロールで銃だけを弾き飛ばした。
「ふぅ。とりあえず片付きましたか」
痛みで動けず転がる四色のモヒカンを一見しながら呟くと弾き飛ばした銃へ視線を向ける。銃を取り出すのさえぎこちなかったピンクモヒカンはもう動けないだろうと更に何かをすることはなかった。
「とりあえずあれは拾っておきますか」
そして悠々と銃の方へ歩いて行く桃だったがその途中で己を奮い立たせるような叫び声が聞こえたかと思うと、横からピンクモヒカンが姿勢を低くしながら突進してきていた。
桃は咄嗟ながらも片足を一歩引き重心を下げそのタックルを正面から受ける。それと同時に(相手が桃にタックルし持ち上げようとした瞬間)相手を右側へ受け流すようにかつひっくり返しながら投げた。そのまま床へ背から落ち二度目の激痛をもらうピンクモヒカン。
だが彼は痛みに耐えながらも寝返りを打ち立ち上がろうとしていた。そんな様子を呆れと面倒臭さが混じった表情で見る桃。
「立ち上がれないと思いましたが判断ミスでしたね。ですがもういいでしょう。私はただ彼女と彼女の持っていた宝石があれば帰ります。しかし立ち上がるのならそれ相応の対処をしなければいけません」
しかしピンクモヒカンは聞く耳を持たず立ち上がる。肩で息をしながら今にも倒れそうだった。
「このまま舐めらっれってたまっかよ」
そう言うとファイティングポーズをした。
そしてそのポーズのまま奇声にも似た叫び声をあげながら桃に立ち向かう。
「きぃいぇあぁぁぁぁぁぁ」
向かってくるピンクモヒカンに桃は溜息をひとつ零す。
その間に、間合いに桃を捉えたピンクモヒカンは彼にとって渾身の右ストレートを繰り出した。力強く握られた右拳はやられた仲間の分の想いを背負い桃へ向かっていく。全ては仲間の為。またあの場所で酒を酌み交わしながら何も気にせず心の底からバカみたいに笑い合う為。この拳で必ず倒す。
というような思いや感情があるのかもしれないが、そんなことなど知らない桃は拳が届く前に顎先を掠めあっさりと終わらせた。
「仕方ありませんね」
床に口を半開きにして倒れるピンクモヒカンを見下ろしながら呟くと数歩の所にある銃の元へ行き拾った。その拾い上げた銃を後ろベルトに挟もうと背に腕を回す。
「んーん! んん!」
するとマノンの何かを訴えるような声が聞こえ、彼女が居た方を見遣る。
その視線の先では緑モヒカンがマノンを縛った椅子の背凭れを掴み引き摺っていた。鼻から流れる血をポタポタと床に垂らしながら一歩一歩と足を進めるその先は桃が飛び込んできた壁もしくは窓の予定部分(今は何もない)。
どう見ても隣のビルまで投げ飛ばすとは思えずそのまま下へ落とすつもりなのだろう。桃はその姿を確認すると手を止め拾った銃を構えた。
「止まってください」
だが緑モヒカンは聞こえていないかのように一歩、また一歩と足を進めていく。
「止まらないと撃ちますよ」
それでもペタッペタッとコンクリートの床を歩く裸足の音は一定のリズムを刻み続けた。桃は床の終りへ一瞬目をやり距離を測る。ビルの外までおおよそ五から六歩といったところ。
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