【弐拾柒】どろぼう猫の食あたり21

「仕方ありません」


 少なからず撃ちたくないという気持ちがあった桃は残念そうにだが覚悟を決め呟くと引き金に添えた指へ力を入れる。


「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 だが横から聞こえてきた奇声に思わずその指を止めその方向へ視線を移動させる。視線の先からは顎先を掠めたことによる脳震盪で倒れたはずのピンクモヒカンが両手を上げて奇声を上げながら桃へ突進してきていた。

 しかしそのピンクモヒカンの様子は少し異常で――充血した双眸の瞳孔は開き、変な汗をかいて口や鼻からは体液が不気味に零れていた。

 誰が見てもまともとは到底思えない状態のピンクモヒカンに対し舌打ちを一度してから銃口を向ける桃。

 そして何を言っても無駄というよりもその時間すら惜しみ警告もなしに引き金を引いた。渇いた銃声が部屋中に鳴り響き額に穴の開いたピンクモヒカンは銃弾の勢いそのまま滑って転んだように後ろに倒れる。彼の頭から流れ出すドロリとした血は床に血溜まりを広げていった。


「んん! んん!」


 しかし、ゆっくり安堵している暇はなくマノンを連れた緑モヒカンは部屋と外との境界線目前ま歩を進めていた。

 桃は銃口をすぐさま緑モヒカンへ移動させるともう警告することなく、正確に頭を撃ち抜いた。蟀谷から血が吹き出し踏み出そうとして上げた足のまま斜め前方向に倒れていく。

 だがその手は依然と背凭れを掴んだまま。そしてその状態のまま緑モヒカンは部屋から飛び降りるように外側へと倒れていき、背凭れを掴まれていた椅子はマノンを縛り付けたまま後ろへと倒れた。

 背凭れの半分ほどは宙ぶらりんとなっていたが面積と重さのバランス的には落ちる心配はなかった。

 だがしかし、一つ問題が生じた。外側に倒れていった緑モヒカンは道連れにすると言わんばかりに背凭れを掴んだまま――というよりは鉤のようになった手が引っかかったまま。しかも落ちそうだった緑モヒカンを支えた衝撃で椅子が僅かに外側へと滑る。落ちはしなかったものの何とも言えない絶妙なバランスで落ちずに済んでいるというだけで、揺り籠のように揺れるその椅子はまるでどっちに行こうか悩むようだった。


「んー! んんー! んーんー!」


 気が気じゃないマノンがテープ越しに叫ぶ。

 その時、ビル間へ吹いた風。駆け抜けるような風は屍と化した緑モヒカンを揺らす。その僅かな揺れで均衡を崩した椅子は外側へゆっくりと倒れ始めた。

 自分の意思など関係なく動くことすら出来ない椅子の上で、ただ落ちていくのを待つことしか出来ないマノンは何を思い何を考えていたのだろうか。だが彼女が何を考えていたにせよ椅子の動きを止めることは出来なかった。

 たった一人を除いては――。

 椅子がいよいよビルから離れ落ちていこうかというところまで傾いたその時――マノンの脚と脚との間の座面へ伸びた手が椅子を止めた。


「ギリギリでしたね」

「んんんんんんー!」


 潤んだ瞳の彼女は恐らく歓喜に声を上げているのだろう。桃は握っていた銃を後ろのベルトに挟むと両手で座枠を掴み安全な位置まで運んだ。もちろん緑モヒカン付きで。

 そして椅子を運んだ桃はマノンの口を塞いでいるテープに手を伸ばし角を摘まむ。


「一気に剥がしますけどいいですか?」

「んん! んん」


 軽く頷くマノン。


「では三でいきますよ。三、二、」


 一を言う前に一気に剥がす桃。

 そして剥がされた痛みに顔を逸らすマノン。


「いったっ! 三でいくって言っただろ!」

「不意の方が痛みが少ないかと思いまして」

「変わらねーよ」

「これは失礼しました。では今、その紐を切りますね」


 そう言うと桃は最初辺りで蹴り飛ばしたポケットナイフを拾いに向かう。

 そして戻った桃は両手と両足を縛っていた紐を順に切ると刃を仕舞ったポケットナイフをそこら辺に捨てた。

 やっと解放されたマノンは手足を動かしながら自由を堪能する。


「いやぁ~まじで死ぬかと思った。動けないっていうのがやべー。ちょっと泣きそうだったしな」

「無事でよかったです」

「助かった。まじでありがとう」


 それが心の底からの感謝であることは心が読めずとも伝わってきた。


「さて、確かあの宝石を持っていたのは……」


 桃は動けずにいる青・赤モヒカンと息の根を止められたピンクモヒカンの方を見ながら入ってきた際に確認した宝石を誰が持っていたかを思い出していた。


「それなら赤い野郎が持ってたな確か」

「あぁ、そうでしたね」


 同じタイミングで思い出した桃は赤モヒカンの方へ歩き出す。

 そして意識を失っている赤モヒカンのポケットを探りエメラルドグリーンの宝石を取り出した。


「全く最後まで手を焼かす宝石ですね」


 そして立ち上がった桃がマノンの方を向こうとしたその時、前方にあるこの部屋への出入り口から足音と共に見覚えのある男がサプレッサーの付いた銃(形状からB.QII)を構えながら入ってきた。

 黒く染めた髪をオールバックにしてティアドロップグラサンを掛け、胸元を開けた黒シャツのスーツ姿。ジャケットは着ておらず胸元からは金のネックレスが顔を見せていた。雰囲気は大分違っていたがその男は、ノーフェイス。アラン・J・ラグネルだった。

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