【拾】AOF8

 ドアノブを握るとスマホレットと反応して鍵が開き、二人はAOFへと戻って来た。

 二人を迎えたのは誰もおらず森閑とした事務所。その薄暗くも夕日が射し込む部屋へ桃らが中へ足を踏み入れると、まるで主人の帰宅を待っていたかのように明りが全体を照らす。


「リオと陽咲は帰ってないようですね」


 桃は自分のデスクへ向かうとその後方にある刀掛けに刀を置き、蘭玲は来客用のソファへと向かい腰を下ろした。刀を置くとそのまま給湯室へ行き彼はコーヒーとココアを入れた。

 そして蘭玲の隣へ座るとココアを彼女の前へ。


「わぁーい、ありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべた蘭玲はカップに手を伸ばすと火傷しないよう念入りに冷ましてから一口啜った。


「さて、何か情報は届いているでしょうか」


 そう言いながらカップを置き左手をテーブルへピッタリ着けると、スマホレットが反応しテーブルの上空へ映像が現れた。


「高見さんから少女の情報が届いてますね」


 映像を何度か操作すると被害者の詳細なデータがずらり表示された。


『石神瑠璃。九歳。住所、東京都湾区衣金……。父親、石神武人。三十五歳。職業、投資家。母親、石神春奈。三十二歳。職業、専業主婦』


「衣金ですか。良い場所に住んでいますね」

「そういえばどうしてこの子が富裕層だったら計画的かの二択なんですか?」


 先程を思い出しながらしたその質問に桃は視線を蘭玲へ向けてから答えた。


「まず富裕層を狙うことは貧困層を狙うより注目を浴びやすいことは分かりますね」

「はい」

「誘拐ともなれば尚更です。注目が集まれば当然、警察は面子の為にも早期解決を目指します。まぁ彼らの支持など色々な理由もあると思いますが」


 大人の事情とでも言うように桃は苦笑いを見せた。


「そして当然ながら犯人がエリアL内にいる可能性があると分かればEOCBが動きます。エリアLは無法地帯ではありますが国の法が適用されないわけではありません。そしてEOCBが捜査の手をエリアL内に伸ばすことになれば当然、ある程度は他の違法行為を取り締まらざるを得ないわけでいくつものお店が閉店に追いやられるでしょう。そうなれば金の流れつく組織にも影響を与えます。ですので無闇矢鱈に富裕層に手を出すことはエリアLを仕切る複数の組織にとってもリスクが大きいのです。つまり富裕層に手を出すということはそれなりの練られた計画があるかどこぞのおバカさんの仕業の二択になるということです。もちろんそれ以外も無いとは言い切れませんがね」


 話を聞いた蘭玲は「なるほど」と呟きながら何度か頷いていた。


「でも貧困層の場合もそれぐらいしてくれたらもう少し被害が減ると思うんですけどね」


 怒っているという訳では無かったが、蘭玲は不満げにそう呟いた。


「そうですね。ですがルチアーノの言った貧困層という言葉の大部分はエリアL内の住人のことを指しているのですよ」

「自己責任でしたっけ?」

「はい。しかし選択すらできずあの場所にいる者もいるでしょう。被害にあった彼らないし彼女らを自己責任で片付けてしまうのは少々考えものだと思いますがね。それともしおバカさんの仕業なら解決にそう時間はかからないでしょう」


 その言葉に蘭玲の頭上に疑問符が浮かび上がる。


「どうしてですか?」

「先ほども言ったようにこのままではEOCBの捜査が及ぶ可能性があります。その前にどこかの組織が生死は問わずとも犯人を捕らえ警察に差し出すでしょう」

「そうなれば捜査されなくて済むってことですね」

「そういうことです」


 そして桃はカップに手を伸ばすとゆっくり一口二口と飲みながらデータの続きを読んだ。


「この双子の弟の晴彦君はこの年齢にしては実績がすごいですね。随分と多才なようです」

「でもこの子(瑠璃)もピアノコンクールで上位に何度もなってますよ」

「二人共将来が楽しみですね」


 それからも読み進め、ある程度目を通した桃は映像を消し最後のコーヒーを飲み干した。


「何か分かりましたか?」

「いえ。これだけでは犯人特定は難しそうですね。エリアLはルチアーノからの連絡を待つとして私達は他の可能性も探りましょうか」


 桃はそう言うと視線を窓へ。もう外はすっかり日も落ち地上に負けじと空にも星々が輝き出していた。


「ですが続きは明日にして今日は上がりましょうか」

「はい」


 返事をした蘭玲は天井に向け両手を伸ばし大きく伸びをした。その隣で桃は視線をドアの方へ向ける。


「それにしてリオと陽咲は遅いですね。何もないといいのですが」

「犬っころはどうでもいいですけど、陽咲さんなら大丈夫だと思いますよ。腕が立つ上に頭も良いので」

「それもそうですね。あの二人ならある程度の問題が起きても対処できるでしょう」

「それより桃さんご飯行きましょ!」


 まるで示し合わせたかのようにその言葉の後、蘭玲のお腹が鳴った。


「いいですよ。何が食べたいですか?」

「えーっと。――お肉が食べたいです!」

「では焼肉にでも行きましょうか」

「わーい。早く行きましょ!」


 子どものように燥ぐ蘭玲は立ち上がると真っ先にドアへと向かった。

 そしてその後を追った桃と共にAOFを出た二人は焼肉屋へと足を運んだ。

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