【拾壱】AOF9
眼鏡をかけ真面目そうな風貌の父親、石神武人。長い髪の如何にもセレブ妻といった雰囲気の母親、石神春奈。
ソファに並んで座っていたのは石神瑠璃の両親だった。
「それじゃあ、事件当時のことを教えてください」
最初に聞こえてきたのは西城の声。映像には映ってないが夫婦の正面にいるらしい。
「はい。あれは十八時ぐらいでした。ピアノのレッスンが無い日はそれぐらいに帰って来るんですけど、その日は帰って来なくて。ですが前にも似たようなことがあったので私はそれだと思ったんです。でも気が付いたらもう十九時ぐらいなってて。そしてらこの人が嫌な予感がするから警察にっていうもんですからそしたらこのようなことに……」
母親は泪を堪えながらも顔を覆い俯いてしまった。そんな母親の肩を隣の父親が抱き寄せる。
「前にも似たようなことがあったとは?」
「前にも一度、十八時を過ぎても帰って来なかった時があったんですけど、その時は遊びに夢中で少し帰るのが遅くなってるだけだと思ってました。だけど十八時半ぐらいまで待っても帰って来なくて。心配になったものですから近くを探したんです。でもその途中でお友達のお母さんから連絡があり、その子の家にいると。あの子ったら私には連絡したってその子のお母さんには言ったらしいんですけど念の為ということで連絡をくれたみたいです」
「それで今回もそれだと思ったわけですね」
「はい」
「前回は旦那さんも知っていましたか?」
父親は一度頷いてから答えた。
「ここら辺は治安も悪くないのでそこまで心配はありませんでした。それに妻も言っていましたが子どもが遊びに夢中になって遅れて帰ってきても不思議じゃありませんので」
父親は母親に比べやけに落ち着いていた。
「ですが今回は違ったと」
「上手く説明は出来ないのですが第六感とでもいいましょうか。良くないことが起きていると感じたんです。私は勘が良い方だと思いますし、勘は信じるようにしてますので」
「なるほど」
……
それからも恨んでいる人間はいるかなど質問が続いた。
「そんなとこだ。映像も撮っておいたから見てくれ。何か聞き漏らしあるか?」
桃はテーブルから出力された資料に軽く目を通していた。その資料に書かれていたのは簡単にまとめられた被害者、石神瑠璃の両親への質問とその回答。
そんな桃とテーブルを挟んで足を組み座っていたのは西城。
「大丈夫です。でも西城さんがわざわざ行かなくても私が行きましたのに」
「いいってことよ。これぐらい」
「でもわざわざここに来なくてもぱぱっと送ればよくないですか?」
そう言ったのは桃の隣に座っていた蘭玲だった。
「わーってないなぁ。何でもかんでもデータで送ればいいってもんじゃないの。こうやって面と向かって話をするのも大事なんだよ」
「ただ仕事サボりたいだけじゃ?」
「痛いとこついてくるなぁ」
眉間に皺を寄せ渋い顔を蘭玲へ向ける西城。
だが直ぐに表情を戻すとAOF内を見回し始めた。
「そういや今日はリオと陽咲ちゃんが見当たらねーようだが?」
「二人は別件の仕事で出てます」
桃は資料を読みながら返事をした。
「なんだよ。折角、陽咲ちゃんで目の保養しようと思ったのによ」
だらり頭をソファへやり天井を仰ぐ西城は少し大袈裟気味に落胆した様子だった。
「西城さん」
するとそんな彼を秘密話でもするような声で蘭玲が呼ぶ。
「ここにも保養になる女性がいますよ」
西城が頭を持ち上げると蘭玲はそう言って思いつく限り精一杯のセクシーポーズをして見せた。
だが西城の反応は微妙なものだった。
「お前はなんつーか、娘みたいなもんだからな。目の保養ってーより癒しだな」
「それってどうなんですか」
ポーズを止めた蘭玲は上手く躱そうとする西城を冷静に逃がさなかった。
「まぁこんなおっさんからすればお前ぐらいはそう見えんだよ」
「でも陽咲さんだってそんなに変わらない気が……」
「それよりどうだ桃。何か気になることあったか?」
最終手段か西城は桃へ視線を移し少し前のめりになりながら強引に話を終わらせた。
「この父親は瑠璃さんには全くと言っていいほど関心を寄せていないように見えますが、それに比べて随分と双子の弟を気に入っているようですね。成果主義。努力よりも出した結果を重要視しているようですし」
「それに既に色々と教えているようだぜ。将来は起業家になりたいんだとよ」
「将来有望そうですね」
「俺が九歳の頃なんて何も考えないでバカみたいに遊んでたけどな」
「へー、西城さんにも子どもの頃ってあったんですねぇ」
話を聞いていた蘭玲が少しニヤけながら口を挟む。
「俺を何だと思ってるんだよ」
「でも今の西城さんしか知らないので子どもの頃を想像できないのは分かりますね。今の西城さんがそのまま小さくなったというのも違和感がありますし」
「全くお前らなぁ。――まぁいい」
諦めたように溜息交じりで言葉を吐いた西城はテーブルに置いてあった湯呑みに手を伸ばし一口。
「そういや。実はな、その子最近大きな病気になったらしくてな」
「いつ頃からですか?」
「事件の少し前ぐらいだ」
「状態は?」
「良くないらしい。詳しく聞いたわけじゃないがどうやら臓器移植が必要らしくてな」
「――そんな最中、この事件ですか」
そう言いながら桃は脳裏に過った一つの仮説に眼光を少し鋭くさせていた。それはあまりよくない――というより最悪な仮説だった。
「あぁ気の毒だな」
その表情に思考を読み取ったのか西城の瞳に真剣さが宿る。
「彼らの為にも早く解決してあげたいもんだな」
「そうですね」
「それじゃ俺は仕事に戻るとするか」
西城はそう言って面倒臭さそうに立ち上がった。
「何かあれば連絡してくれ」
「分かりました」
「それじゃあ最悪のシナリオにならないことを願ってるぞ」
「じゃーねー西城さん。今度ご飯奢ってくださいね」
蘭玲は手を振りながらサラッと食事を強請った。
それに対し西城はドアに歩き出しながら手を軽く振り返事をする。
「へいへい。その代わりお前は何か食ってからこいよ」
ドアが閉まると桃は再び資料に目を落とした。
「桃さん」
「なんですか?」
蘭玲の声に資料を読みながら返事をする桃。
「さっき西城さんが言ってた最悪のシナリオってなんですか? もしかして被害者の命がってことですか?」
「それはどちらかというと最悪の結果ですね。恐らくですが西城さんの言っていた最悪のシナリオの中の一部だと思いますよ」
「じゃー何ですか?」
「そうですねー」
桃は少し考えた後に指を一本立てた。
「恐らくですがこの誘拐がただの身代金目的ではなく、別の目的によって行われた計画的なものである場合のことを言っているのだと思いますよ。西城さんが同じことを考えているかは分かりませんが、私の考える可能性の中ではそれが一番最悪ですから」
「別の目的?」
首を傾げる蘭玲に説明をしようとした桃だったが電話がそれを遮った。
「もしもし」
「俺だ」
相手はルチアーノ。
「どうしました?」
「情報だ」
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