【参拾玖】どろぼう猫の食あたり13
「ヴシュテイン……」
だが桃の関心はそこより彼女の苗字に向けられていた。そして復唱するように呟くとソフィアの後を追うように歩き出したマノンの横に並ぶ。
「あなたあの怪盗一家ヴシュテイン家の方だったんですか?」
「おん。言ってなかったか?」
どうってことないと受け流すような返事をするマノン。
「名前しか名乗らならなかったので気が付きませんでした。どうりで狛井組から、しかも一人で盗み出すほどの腕があるわけですねぇ。色々と納得です」
一人頷きながらリビングのようなその空間まで歩くと、桃はソファの傍にあるサイドテーブルに置かれた銃の横に水鉄砲を並べマノンの座るソファへ向かった。
一方、先に歩き出していたソフィアはコートとサングラスをスーパーカーの上に置くとテーブル近くに立っていた。何をするかと思えば一歩前に出したヒールのつま先部分で床を二度叩く。
すると床の一部に長方形の切れ目が入りその部分が上昇してきた。彼女の腿辺りまで上がってきた長方形のコンクリートを頭に乗せたそれはどうやら冷蔵庫のようで、ソフィア側には何が入っているか見えなかったがテーブル側に入っていたのは瓶ビール。三段階に区切られた全てにびっしりと瓶ビールが並んでいる。そして向こう側でしゃがんでいたソフィアが立ち上がるとその手にはワインボトルが握られていた。どうやら片側が冷蔵庫もう片方はワインセラーになっているようだ。
そのワインを持ったままビール側に移動するとビール瓶を一本取り出しソファの方を向くソフィア。
「マノちゃんはビールでしょ。君はどっちがいいかな? 他にもウィスキーとかジンとか色々あるけど」
それぞれに持ったビール瓶とワインボトルを少し上げ、ソファのマノンとは反対側に座っていた桃に選択を投げかけた。
「ではワインを頂きます」
「ワインね」
ソフィアはビール瓶とワインボトルをテーブルに置くと、その場に両膝を着けた。床に戻っていく冷蔵庫を背景に、テーブルの脚の間にあるスペースを利用した収納箱を引き出すソフィア。その中からワイングラス二つとソムリエナイフを取り出した。
そしてまずビール瓶の栓を抜いてマノンに手渡す。次にワインボトルのコルクを抜きそのままコルクの匂いを嗅いだ。ブショネの確認をしているのだろう。その後にそれぞれのグラスへ宝石のような色を注ぎ込んでいった。そして両手にグラスを持って立ち上がりソファまで行くと、桃にグラスを手渡してマノンとの間に腰を下ろす。
するとソフィアは自分の顔の前にワイングラスを持ってきた。そして――。
「かんぱーい! いや、ここは折角のワインだし――ガウマルジョス!」
彼女の掛け声に続き集まったビール瓶とワイングラスは乾杯の音色を奏でた。そして三人はまず一口、呑み始めという一番美味しい瞬間を楽しんだ。
「それで? 君たちは何しにここに来たのかな?」
最初の一口からおまけでもう一口呑んだソフィアは二人の顔を交互に見ながら本題の質問を投げかけた。
「実はある宝石を探していまして。ソフィアさんが先ほど盗み出したモノの中にエメラルドグリーンの宝石がありませんでしたか?」
「エメラルドグリーンのねぇ……。ちょっと持っててもらえる?」
ソフィアはグラスを桃に渡すとポケットに手を入れ始める。少し漁って取り出したのは黒一色の小さな巾着袋。そして指で開けた口から掌に出てきたのは、形と色の異なる宝石達だった。
ダイヤモンド、ルビー、サファイア、そしてエメラルド、アレキサンドライト……。名だたる宝石達は手が動く度にキラキラと輝きながら転がっては踊る。その様子はまるで宝石達の舞踏会を覗いているかのようだった。
「あっ! これだよ。これ」
すると横から手を覗き込んでいたマノンがそう言いながら手の中で一際大きなオーバル・ブリリアントカットされたエメラルドグリーンの宝石に手を伸ばした。
そして親指と人差し指で掴んだ宝石を目の近くまで持ってくると手を回しながら角度を変え確認を始める。
「そうそう! これこれ! でっけーなーって思ったの覚えてるわ」
「ふぅー。これで一件落着のようですね」
宝石を戻した巾着袋をポケットに仕舞ったソフィアは安堵の溜息をつく桃からグラスを受け取り、その後にマノンの方へ手を伸ばして宝石を取り上げた。
「はーい。ストーップ。どうしてこれが必要なのかまずは説明してくれないと大事な宝石ちゃんはあげられないなぁ」
どれだけ大事かを教えるようにソフィアは宝石にキスをして見せた。
「それ元々は俺が盗んだんだけどよ、実は嵌められたみたいでそれないと殺されそうなんだよな」
「うんうん。なるほどねぇ」
「今の説明で理解できたのですか? さすが姉妹といったところですね」
あまりにも雑な説明だったのにも関わらず理解した様子のソフィアに驚きを隠せないというよりも、姉妹特有のものなのかその理解力に桃は感心していた。
だがその言葉に桃の方を向いたソフィアはゆっくりと首を振る。
「いーえ。全っ然分からない。この子は昔から説明を何となくでしかしないのよ。まぁそこが可愛いんだけど」
そう言ってソフィアはマノンへ肩を組むように腕を回すと自分の方に引き寄せた。
「だけどこの子を嵌めて身の危険にした奴がいて、そいつを海に沈めればいいってことは分かったわよ。あとは首から下をコンクリで固めるか手と下半身だけを固めるか決めるだけね。あぁ、でも厳重に鍵をした箱に詰めて徐々に海水が入り込んでくるようにするのもいいわ。その方が恐怖をより味わさせることが出来るでしょ」
微笑みを浮かべてはいたが冗談で言っているようには見えず、その微笑みの裏に潜んだ殺意に桃は思わず苦笑いを零す。
「私の可愛い可愛い妹に危害を加えたらどうなるか教えてあげないといけないわね」
「とりあえずもう少し詳細にご説明いたしますのでそれを聞いてから考え直した方がよろしいかと」
この場合アランがその沈められる対象になるわけだが、庇うというよりもこのまま沈められては可哀想だということもあり、桃は詳細な説明をすることにした。
「――それもそうね。それじゃあお願いしようかな」
そしてマノンに回していた腕を戻すと体を少し桃の方に向け聞く姿勢になるソフィア。そして桃は、狛井組やノーフェイスなどこれまでの出来事を分かり易く説明した。
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