【参拾捌】どろぼう猫の食あたり12

 武器も無く今のところどうすることも出来ないと悟った桃は溜息交じりに言葉を発した。


「どうやらバレていたようですね」

「動いちゃダメよ」


 すると女性が自分達から遠ざかっていることをヒールの心地好い足音が教えた。歩数的に五歩で丁度ドア前辺りだろうと桃は密かに音だけを頼りに大体の位置を予測。

 そしてドアの閉まる音の後にご丁寧に鍵を閉める音まで聞こえ、その後に倉庫内を人工的な光が照らした。ライトは両側の壁に二つずつの合計四つ。どれも設置されていた場所は小窓の下。

 ライトに照らされたことで明らかになったあのスーパーカーの色はオレンジ。更にその少し距離を空けた横に三人掛けソファとテーブルそして音楽プレイヤーと観葉植物にサイドテーブルが置かれたリビングのような空間が姿を現した。それより奥の方にはボディカバーのかかった車らしきモノが一つ。

 そして再びヒールの音が聞こえ、どうやら女性が桃達の背後まで戻ってきたようだ。


「ゆっくりとこっちを向きなさい。変な真似はしないように」


 女性のその指示に従い桃とマノンはゆっくりと後ろを振り返った。

 そこに立っていたのは黒いハンドガン(形状からして自動拳銃B.QII《ビー.キューアイ》)を両手で一丁ずつ構え、トレンチコートを羽織った艶やかな女性。銃を握る華奢な手にはその美しさを更に引き立てる宝石付きの指輪が嵌めてあり、右手首にはスマホレットを付けていた。顔や手など露出された肌はモデルのように白くきめ細かく、モデル立ちの女性の身長はほんの数センチ桃より低いというぐらい。

 そしてお腹辺りまで伸びた茶髪を右側に寄せていた為、露わになった左耳ではピアスが揺れ、掛けていたボストンサングラスがプライベートの女優感を醸し出している。着ていた黒いタートルネックの上からでも分かるほど胸元は大きく弧を描くが、それとバランスを取るかのようにお腹は引き締まり銃まで伸びた腕は細い。

 そして下にはゆったりとしたシルエットの黒いワイドパンツとハイヒールを履いている。全体的に黒色のファッションをしていたことも相俟ってより大人な女性といった印象を見る者に与えた。


「さて、私の隠れ家を見つけたからにはどうなるか分かってるかしら?」


 疑問形ではあったものの答えを求めている訳ではないらしく、その証拠に少し間を空けて女性は直ぐに言葉を続けた。


「こうよ」


 言葉の直後に女性は何の躊躇いもなく右手の引き金を引いた。その銃口の先に立っていたのはマノン。

 女性の行動はまさに青天の霹靂だったにも関わらず、桃はほぼ無意識的にマノンを守ろうと重心を左へ寄せ彼女の方へ飛び込もうとした。

 だがそれは寸での所で中断。その理由は銃口から飛び出したのが銃弾などではなくただの水だったからだ。銃口から線を描きながら飛び出した水は、ただマノンの顔を戯れるように濡らすだけ。

 直後、女性の楽しそうな笑い声が倉庫内に響いた。


「あぁ、もういいだろ! 止めろよ! 


 鬱陶しそうに顔を逸らし水を拭うマノン。

 桃は珍しく状況についていけてなかった。


「ごめん。ごめん。つい面白くて」


 そして笑い声は収まったがまだ余韻の笑みを浮かべる女性は両手を下げていたが状況把握の出来ていない桃の方を見遣る。


「君の方は実弾が入ってるから引き金は引かないでおくわね」


 そう言いながら銃口を明後日の方向に向けた左手の銃を少し振って見せる。

 女性はその後にマノンの方に近づいて行き、左脇に水鉄砲を挟むとポケットに手を入れてハンカチを取り出し顔を拭こうとするが、マノンは大きなお世話と言わんばかりに顔を逸らしてハンカチを奪うように取ると自分で顔を拭き始めた。

 どこか残念そうにしながらも女性は視線を再度、桃の方へ。


「さーて、ところでこっちのハンサム君は私の可愛い妹といったいどういう関係なのかな?」


 視線は向けたまま女性はそのままほんの一、二歩だが目の前に移動する為に足を進める。その間に女性は脇に挟んでいた水鉄砲を右手で抜いた。

 その頃には桃の軽い混乱状態も解除されており女性を観察するぐらいの余裕は生まれていた。マノンは女性を姉と呼び、女性はマノンのことを妹と呼んだが、この女性には猫耳も無ければ尾も無い。マノンが言っていたようにただ妖力で耳と尾を消しているだけなのか、もしくはそれ以外の理由があるのか。そもそも姉に妹と呼び合っていたがそれは血の繋がりのない義理的なものなのかもしれない。

 だが現段階では判断のしようがなかった上にプライベート的なものなので桃はそれ以上考えることを止めた。


「お友達? それとも仕事仲間? ――まさか。恋人じゃないわよね? もしそうなら私の目は厳しくなるわよ」


 左手に持った銃を立てた人差し指のように振りながら話していた女性は手を止めると桃の頭のてっぺんから足の先までを観察しだした。


「んー。今のところ身なりは合格っぽいわね」


 恋人路線で若干だが進んだ話を路線変更させるため、桃は安心させながら否定した。


「心配はいりません。その中で言うとすれば仕事上のパートナーといったところでしょうか」


 言葉と共に視線は女性へ向けたまま手で隣のマノンを指す桃は、自己紹介の為に一拍程度の間を空けた。


「では改めまして。――初めまして、私はAOFの桃太郎と申します」


 いつも通りの落ち着いた様子でこれまたいつも通り紳士的にお辞儀をした。


「ふぅ~ん。桃太郎ねぇ」


 女性はサングラスをずらし上目遣いで桃の顔を見る。サングラスの向こうから顔を出した左目元には小さな泣きぼくろがありそれがまた女性を妖艶に見せていた。

 そしてまるで品定めでもするような視線の中、数秒ながら若干の緊張を含んだ沈黙が辺りを包み込む。


「まぁいいわ」


 放り投げるようにそう言うと女性はトリガーガードに入れた指を軸に水鉄砲を回しグリップを桃に向け差し出した。少々戸惑いながらも水鉄砲を受け取る桃。


「私はソフィア・ヴシュテイン。よろしくどーぞ」


 名前を名乗ると桃の肩を二度ポンポンと叩きリビングのような空間へ向け歩き出した。その歩き姿はさながらファッションショーの舞台を歩くモデル。

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