【弐拾】どろぼう猫の食あたり14
「という感じですね」
「なーんだ。そういうことだったのね」
宝石を眺めていたソフィアは今度こそちゃんと納得した様子。
「はい。じゃあこれはあげる。可愛い可愛い妹の命に比べたらこんなのそこら辺の石ころ同然だからね」
「さんきゅー」
「あっ! そうだ」
何かを思いついた様子のソフィアはマノンの出した手に宝石を乗せようとしたが、直前でそれを止め掬うように宝石を握った。そして持っていたワイングラスをテーブルに置き体を彼女の方へ。
「折角だから、『お姉ちゃん大好き!』って言ってくれたらあげるわよ」
「は? なんでだよ」
胸の前で両手を合わせるソフィアに対しマノンは眉間に皺を寄せ面倒臭そうな表情を浮かべていた。
「だってマノちゃんそーゆうこと全っ然言ってくれないから。お願いしても言ってくれないし。ミラちゃんはよく言ってくれるのに」
「あいつ誰にでも言うぞ? つーかそれって大体なんか頼むときだろ。姉貴はいいように使われてんだよ」
「可愛い妹たちの為になるならなんだっていいわ。それより、ほら。これが欲しくば言ってみなさい」
これ見よがしに持った宝石を振って見せる。それはまるで人質。
そしてその姿を少し眺めていたマノンは観念したように深い溜息を零した。
「あー、姉貴大好き。さいこー」
それはほとんど棒読みだったがソフィアは満足そうな表情を浮かべるとマノンに抱き付く。
「私もよー。今の保存しとこっと」
ソフィアは抱き付きながらスマホレットを操作した。
「これで残るはアー君だけ。あの子は本当に言ってくれないし、お姉ちゃんを全然頼ってこないから言わせる機会もないのよねぇ」
「つーか言ったんだからくれよ」
「そうだったわね。あっ。でもその前に」
するとソフィアはマノンに顔を近づけ、両手で空中に枠組みを作った。そして一秒程その状態をキープした後に手を下げると、抱き付いたままスマホレットを操作しだす。
「今の写真をアー君に送ろっと」
どうやら自撮りをしていたようだ。
「マノちゃんはそもそも見てくれないし、ミラちゃんには送り過ぎって怒られたし、もうちゃんと返信くれるのアー君だけよ」
「そもそもそんなに毎日毎日話すことあるのか?」
「あるわよ。その日あったこととか気分とか色々ね」
「あーそう。よく分からんけど。とりあえず望み通りにしてやったんだから」
マノンは宝石を渡すように手を出す。
「はいどーぞ」
その手の上に乗せられたエメラルドグリーンの宝石。それを見ていた桃はこれ一つの宝石の為に一日中探し回ったと考えると、自然に溜息が零れそうだった。
「それとそろそろ離れてくれねーか?」
「えー! ずっとこのままじゃダメなの?」
「離れろよ」
「もう、仕方ないぁ」
渋々といった様子で離れるソフィアはその離れ際に隙を突くように頬へキスをひとつ。
その後にテーブルのワイングラスに手を伸ばしワインを一口。とりあえずソフィア・ヴシュテインについてここまでで分かったことといえば、彼女が妹弟へ深い愛情を注いでいるということだった。
そして最初の一口から連続で二口飲んでワインを飲み切った彼女はテーブルの上のワインボトルに手を伸ばそうと体を起こし、空になったグラスへワインを注いでいった。
「おかわりはどう?」
自分の分を注ぎながら殆ど空になっていた桃のグラスを一見したソフィアは注ぎ終えた後にボトルを見せながらそう尋ねた。
「ではお言葉に甘えていただきます」
片方にグラスを持っていた為、片手ではあるがお酌して貰っているその隣で、マノンは瓶を逆さにしてビールを最後の一滴まで飲み干していた。
「マノちゃんもおかわりいる?」
「あぁ」
返事を聞いたソフィアはワインボトルを先にテーブルへ置いてからビール瓶を受け取った。
「そうだ。見てて」
すると思い出したようにそして自慢気にそう言いながら瓶を顔横で揺らしていた。
そしてテーブルの上(丁度、脚の上)にその瓶を置くと、間を空けて少し沈む瓶。正確には瓶ではなく瓶底より少し大きい程度の円形を描きテーブル表面が少し沈んだ。かと思うと瓶は食べられるように一気にテーブルの中へと落ちていった。中で入れ違ったのかすぐに新しいビール瓶が先程まで空の瓶があった場所に姿を現した。しかも栓が抜かれた状態で。
「どうかな? これすごくない?」
ドヤ顔の少し興奮した様子のソフィアは左右のマノンと桃を交互に見ていた。
「先程の冷蔵庫と繋がっているということですか?」
「そうそう。そういうことよ。冷蔵庫からビールが運ばれてきてこの空の瓶はゴミ箱に運ばれるの」
「便利ですね」
「それに他にもペットボトルとかも自動で交換してくれるのよ」
関心を向ける桃へ得意気に説明をするソフィア。
「このぐらい立てばすぐじゃねーか?」
「そうだけど……。遊び心ってやつじゃない」
だがマノンから冷静に正論を言いわれてしまい口をすぼませた。
「あんまりだったかな?」
「面白いしいいんじゃねーの」
マノンはそう言いながら新しく出てきたビールを手に取った。
一方ソフィアはその言葉を聞いた瞬間、込み上げてきた嬉しさが零れたのか「ふふっ」と声を漏らし表情が緩む。そして背凭れに体を鎮めるとまだ上がる口角のままワインを口へ。恐らくこのひと口は普通に飲むより美味しく感じられただろう。
「二人共今日はここに泊っていくでしょ?」
「寝るとこあんのか?」
「あるわよぉ。車の向こう側にベッドがね。でも一つしかないから申し訳ないけど君はここで寝ることになっちゃうわ」
桃を指差した指は次に今座っているソファを指差した。
「これだけ柔らかなソファだといい夢が見れそうです」
「ごめんね。今度、お客さん用にもう一つベッド追加しとくから。そして……」
片手で謝っていたソフィアだったが、表情を一変させると嬉々とした顔をマノンへ。
「マノちゃんは一緒に寝ようね。昔みたいに仲良く」
「昔みたいにって別に昔も一人で寝たかったけど姉貴が無理やり一緒のベッドで眠らせたんだろ」
「だってみんなで一緒に寝たいじゃない。マノちゃんとミラちゃんとアー君と一緒に寝れて私は毎日幸せだったけどなぁ」
幼き頃を思い出しているのかどこか遠くを見ながら溢れ出る感情のままに表情を緩ませる。
「まぁ別にどうでもいいけど、それより何か食べるもんねーのか?」
「もちろんあるわよ。ちょっとまっててね」
テーブルにワイングラスを置いたソフィアは立ち上がりスーパーカーの方へ歩き出した。
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