【弐拾壱】どろぼう猫の食あたり15

「良いお姉さんがいらっしゃるのですね」


 その間、桃はワインを飲みながら率直な感想を口にした。


「別に否定はしねーけど……。なんつーかなぁ」


 何か思うところはあるようだがそれを言葉にはできなかったらしくもどかしそうにするマノン。


「私にも姉はいますが厳しい人です。良い姉ではありますがね」

「こっちは過保護っつーか、距離がちけーっつうか。だけど姉貴がそれで満足なら別にそこまで嫌がる理由もなしな。まぁ嫌なことは嫌って言うけど」

「お互い下の者として尊敬と感謝を持って接していきたいですね」

「はーい。おまたせー」


 その声と共に戻って来たソフィアは色々なおつまみを手に持っていた。テーブルに零すように置かれた定番なおつまみから人を選びそうなものまで多種多様。


「結構お腹空いてるなら簡単なものだけど何か作る? 一応料理できる小さなキッチンあるし」

「姉貴の料理美味いからなぁ。頼むわ」

「え! ほんとに! マノちゃん私の手料理好きなの!?」

「まぁ普通に美味いし」


 思わずニヤけ顔になるソフィアはその表情のまま桃に顔を向けた。


「君も食べる?」

「とても美味しそうなので是非いただきます」

「分かった。じゃあ私頑張って作ってくるわね」

「よろしくー」

「よろしくお願いいたします」


 マノンとのテンションに明らかな差はあったもののソフィアは嬉々とした様子で料理を作りに行った。

 それからおつまみを摘まみ続けた二人はソフィアの作った絶品料理をペロッと平らげ、夜が更けるまでその小さな宴は静かに続いた。

 いつの間にか招待された静寂が訪れる中、床に転がり寝る空き瓶達。更に音だけでなく照明も消えた倉庫内には暗闇が充満していた。

 だがソファにはそこで寝る予定だった桃の姿はない。そんな彼は外で倉庫を背に海を眺めていた。正確には海を含めたその向こう側で灯る街の光。静かな夜に流れる海のさざ波の心地よい音と頬を撫でる浦風。ただそこに立って景色を眺めているだけだったが、忙しなく寝ることを知らない都会で日々を過ごしていた桃にとっては、休暇のバカンスとまではいかなくとも充分に心休まる時間だった。

 そんな桃へ後ろから近づく足音。そのまま隣に並んだソフィアはトレンチコートのポケットに両手を入れていた。


「眠れないの?」

「いえ、そういう訳ではありませんがここまで静かな場所は最近訪れていなかったものですから」


 それからそよ風が通り過ぎる分の間を置いてソフィアは再び口を開いた。


「確か君、AOFって言ってたわよね?」

「えぇそうです」

「AOF……。あのECOBと組んでるとこでしょ?」

「組んでいるといいますか。協力関係にはありますね」

「ひとつ聞くけど。本当に妹を手助けしてるのは善意からなのかしら?」


 その質問は桃への明らかな疑念であり不信だった。

 だが桃は嫌な顔などせず、むしろ当然の質問だと快く答えた。


「確かにAOFとECOBは協力関係にありますが、あくまでも協力関係です。AOFが独断で、個人としてもそうですがECOBの真似事をするつもりはありません。もちろん依頼がありそれを引き受けたとしたら話は別ですが。しかし今回はそのような依頼を別で受けて協力している訳ではありません。このような言葉を使うのはどうかと思いますが協力することになったのは偶然です」

「本当かしら?」


 桃自身これだけであっさりと信じてくれるとは思っていなかったが、彼にはそれ以外証明のしようがなかった。


「言葉以上の証拠は提示できませんが信用出来ないというなら。どうぞ、そのポケットにある銃を使用してください」

「気が付いてたのね」


 フッと笑みを零しながらソフィアは左手をポケットから出した。その手に握られていたのは(最初に桃かマノンに突きつけた)先程の銃。

 そしてその銃を握った手はそのまま上がっていき桃へ銃口を向けた。


「もっと説得とかしてもいいのよ? じゃないと(引き金を)引いちゃうかも」

「言葉だけで容易に信頼を得られる程、私達はお互いを知りませんからね。何を言っても薄っぺらい言葉が並ぶだけです。ですので引くかどうかはあなたお任せしますよ」

「随分と潔いのね。じゃあ……」


 その言葉の後、数秒間は時が止まったような二人を波の囁きだけが見守った。実際の時間経過より長く感じた数秒の後、どうするか決めたソフィアから指示を受けた手は引き金に添えていた人差し指にゆっくりと力を入れ始める。そして引き金が動き始めると銃は瞬時に横へズレ、銃口が桃の顔前を向いたところで人差し指は完全に引き金を引き切った。

 だが、銃口から飛び出したのはマノンを襲った時と同じように水。それはあの水鉄砲だったらしい。


「冗談よ。マノちゃんが連れてきたんだしそんなことしないわ。だけどもし、あの子を逮捕しようとしたら次は本物で撃っちゃうかもね」


 ソフィアはそう言いながら水鉄砲で銃を撃つモーションをする。その銃口は桃の顔をしっかりと捉えていた。


「覚えておきます。それとそのもう片方のポケットに入っているのは何なんでしょうか?」


 やるわねと言いた気な表情を浮かべたソフィアは水鉄砲を持っている手とは逆の手をポケットから出した。その手にはもう一丁の銃が握られておりそのまま銃口は桃へと向く。


「水鉄砲かどうか試してみる?」


 にこやかな笑みで銃を構えてはいたが、答え次第では本当に引き金を引いてしまいそうな雰囲気も彼女は兼ね備えていた。


「いえ、遠慮しておきます」

「そう。残念ね」


 そう言うと銃口は桃から外れ空を見上げた。


「それじゃあ、念の為に確認しただけだし私は先に寝るわね」


 そしてソフィアは水鉄砲を持った手を振りながら倉庫へと戻って行った。その後ろ姿を見送った桃は再び海の方へ顔を戻す。


「彼女が何丁持っているのかは分かりませんが、もし最初の二丁だけならあれは確実に本物ですね。いえ、実際に撃ったところは見ていませんし彼女を信じるならですか」


 とは言いつつもソフィアの雰囲気を感じていた限り本物である可能性が高いと思っていた桃は、心の中では撃たれなくてよかったと密かに安堵していた。

 そしてそれからも満足ゆくまで景色を眺め続けた桃。それは百万ドルの夜景とまではいかなかったものの彼にとっては十分に心安らぐ貴重な時間となった。

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