【弐拾弐】どろぼう猫の食あたり16

 次の日、ソファで目を覚ました桃は真っ先に懐中時計を開いた。


『九時』


 昨晩、寝る時間が遅かった所為でまだ眠気が絡みつき体は重い。だが桃はそんな体を動かし起床した。

 そして倉庫のドアへ軽やかとは言い難い足取りで向かうと睡魔の天敵である太陽の元にその身を晒す。外は中と違い肌寒く、余りの明るさに思わず目隠しをするように手で影を作るが、確かに陽の光は沁みるように気持ちよかった。大きく伸びをし、暖かな陽光を全身で浴びれば清々しく気持ちも晴れやか。一日のスタートとしては最高の状態を作り出してくれた。


「静かで良い朝ですね」


 目的の宝石を既に回収していたこともあり心には余裕が生まれ、そのお陰で爽やかな良い朝を迎えることができたのだろう。

 だがまだ終わった訳ではないという事実が桃の心を完全には休ませてくれなかった。


「――念の為、早めに事務所へ戻るとしますか」


 そう呟くと倉庫に戻り中全体を見渡すがマノンとソフィアが起きてきている様子は無い。まだ寝ているマノンを起こすのは気が引けたが早めにAOFへ戻っておきたかった桃は、ベッドがあると言っていたスーパーカーの方へ向かう。

 背の低いオレンジ色のスーパーカーの後ろを通り過ぎ、向こう側に行くとダブルベッドが一つスーパーカーと並ぶように置いてあった。

 そのベッドではマノンとソフィアが毛布一枚を分け合いながら仲良く眠っている。分け合ってるといっても横向き(マノン向き)で寝るソフィアは毛布をちゃんと掛けていたが仰向けのマノンは半分以上掛かっていなかったが。そして片足を広げ、おへそ斜め下辺りにロイヤルストレートフラッシュのタトゥーが入ったお腹を出したその姿は寝相が悪いことを十分に物語っていた。

 そんな彼女はショーツにタンクトップというラフな格好をしており横のスーパーカーの上には着ていたプルオーバーパーカーとスキニーデニムが置いてある。その隣にはソフィアが着ていた服一式が重ねて置いてあった。


「少しは配慮をしてくれもいいと思いますが人様の快適な睡眠を邪魔するようなことは言えませんね」


 彼女の姿が目に入った桃は立ち止まり双眸を片手で覆いながら微かに首を横に振った。

 しかしすぐに再び足を進めベッド際まで歩く。そして前屈みになり肩を軽く叩きながら声をかけた。


「マノンさん。マノンさん」


 桃の服装も相俟ってその姿はさながら主を起こす執事。声に合わせ肩を叩くが中々起きず、期待はしていなかったが最後に肩を掴み体を揺すると意外にもマノンの瞼が上がり始めた。

 だが眉を顰め眠そうな表情を浮かべながら『んー』と唸るその声はまだ寝ていたいと言っているようだった。


「約束は十五時半ですが早めにAOFに戻っておきたいのでそろそろいいですか?」


 一応聞こえてはいるのか半開きの目のまま起き上がったマノン。ぼさつく髪の中に生えた猫耳がピクピクと動いたかと思うと彼女は顔を猫のように左右へ振った。それから両手を天井へ目一杯伸ばし同時に口を開けて大きく欠伸。

 そして涎でも付いていたのか口元を拭うと顔がゆっくりと動き桃を見上げた。


「おはようございます」


 依然として眠たそうな目に見上げられながら朝の挨拶を爽やかにする桃。その返事は同じような挨拶ではなくスーパーカー方向を指した指。


「服取ってくれ」

「――かしこまりました。お嬢様」


 眠気のせいか不機嫌にも聞こえる声に皮肉っぽく答えるとスーパーカーの上に置かれた服を取りに行きマノンに手渡した。


「さんきゅー」


 お礼を言い服を受け取ったマノンは早速着始める。

 すると彼女の横でソフィアがもぞもぞっと動いたかと思うと抵抗する瞼を上げ目を開いた。どうやら起きたようだ。

 だが起き上がりはせず毛布から顔だけ出した状態で声をかけてきた。


「もう行っちゃうの?」

「あ? あぁ。姉貴から貰ったやつ返さねーといけないからな」

「じゃあ、車使っていいわよ。あの奥にあるカバーかかったやつね」


 マノンは服を着る手を止めソフィアの方へ顔を向けた。


「まじか! さんきゅー!」

「キーはソファの傍にある棚にあるわよ。一番上の引き出し開けて天井に張り付けてあるから」

「わかった」


 キーの場所を聞きながら服を着終えたマノンはベッドから降りるとキーがあると言っていたソファ傍のサイドテーブルへと歩き出した。

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