【弐拾壱】AOF17
数十分走り続けた車が停車すると四人は石神家の門に並ぶ。西城がインターホンを押し母親と話すと手を繋いだ桃と瑠璃を先頭に玄関まで足を運んだ。慌て気味に開いたドアから出てきたのは母親――だけ。既に落涙しながら出てきた母親の姿を見た瞬間、瑠璃は桃の手を離れ走り出した。
そしてまるで映画の感動的なワンシーンのように二人は抱き合い、娘は母の胸の中で安心感を、母は娘の無事に胸を撫で下ろす。力強く抱き合っていた二人が少し離れると母親は瑠璃の頭を撫でながら顔を愛おしそうに眺めた。
「まずはお風呂に入らないといけないわね」
「あったかいお風呂入りたい!」
「それじゃあ先に準備してらっしゃい」
「うん!」
すっかり元気を取り戻した瑠璃は家へ入る前に後ろを向き桃の元に駆け寄る。桃はその場で片膝を着き瑠璃との目線を合わせ刀を地面に置いた。
「えーっと。お兄ちゃん。どうもありがとうございました」
丁寧にお辞儀をした瑠璃は初めて満面の笑みを浮かべていた。
「お礼には及びませんがそのお気持ちはありがたく受け取らせていただきます」
そんな彼女に対し桃は右手を心臓部分に当てながら丁寧に会釈で返す。
「それとね。お礼をしたいんだけどわたしまだ子どもだから何もできないの。だからね。わたしが大きくなったら美味しいご飯たっくさんご馳走してあげるから待っててほしいんだ!」
瑠璃はたっくさんの部分で両手を大きく広げたジェスチャーをしていた。その姿は愛らしく、桃は思わず微笑みを浮かべる。
「素敵な女性からのお食事のお誘いを断る理由はありませんね」
「それじゃあ約束ね」
「はい。楽しみに待っています」
そして立てられた大きさの違う小指はそれぞれの主人の誠実さをその身を賭けて誓った。指が離れると次に瑠璃は桃の後ろに立っていた蘭玲のところに駆け出し同じように小指を立てた手を差し出す。
「はい、お姉ちゃんも待っててね」
「え? アタシもいいの?」
「うん! だってわたしを助けてくれたから」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
蘭玲とも指切りを交わすと瑠璃は母親の元に戻った。
「ばいばい!」
そして手を振った瑠璃は家の中へと入って行った。
家のドアが閉まると桃は刀を手に立ち上がる。同時に後方から歩いてきた西城が横に並ぶ頃には母親が近づいて来ていた。
「本当にありがとうございました」
微かに震えた深々と頭を下げる母親。
「詳細はまた後日こちらから連絡しますので今日のところは娘さんと一緒にいてあげてください」
「はい。ありがとうございます」
再度深々と頭を下げた母親は家へ入るため踵を返した。
「すみません。ひとついいでしょうか?」
そんな母親を桃の声が引き留め、もう一度振り返る。母親は小首を傾げていた。
「今日は旦那様はいらっしゃらないのですか?」
「あの人は仕事の用があるからと出かけました。丁度、刑事さんからご連絡を頂く少し前ぐらいだったと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ。では私はこれで」
そして最後にもう一度頭を下げた母親は家の中に入って行った。
「まだ確証がある訳でもないが視野には入れとくとするか」
「そうですね。弟の晴彦さんの容体は?」
「今のところはって感じだな。提供者もまだ見つかってないようだ」
「そうですか。――あぁ、そういえば渡しておく物があります」
そう言うとポケットに左手を入れスマホ(四目の懐から転げ落ちた)を取り出した。
「実行犯が持っていた物です。番号しかない登録が一件だけありました。恐らくこれで依頼主と連絡を取っていたのだと思います」
「それはいい手がかりになりそうだ」
するとその時。西城がそれを受け取る為に手を伸ばしたそのタイミングでスマホに着信が入った。画面に表示されたのは唯一登録されたたあの番号。
伸ばした手を止めた西城は桃と目を合わせる。そして西城が一度頷くと桃は応答ボタンをタッチしその後に音声をスピーカーにした。
それと同時にスマホレットからコードが一本伸びスマホと繋がった。会話の録音の為だ。
「俺だ」
スピーカーの向こう側から聞こえてきたのは三十~四十代ぐらいの声だった。加工によりそう思わせているだけかもしれないが。
「もしもし」
「いつものやつはどうした?」
男の声からしてこちらを疑っている様子はなかった為、桃はこのまま請負人を演じることにした。
「彼は別件で出ます」
「そうか。それよりあの娘は無事なんだろうな?」
「今のところは……ですが。金は用意できましたか?」
ミテュロスが金を要求したと言っていたことを思い出しそのことを突く桃。
「チッ。調子に乗りやがって。いいのか? 俺がこのまま警察に行けばお前らが捕まるのも時間の問題だぞ」
「もしそうなればあなたも道連れですよ。この音声や他にもいくつか証拠はありますので」
男は不機嫌そうに再度、舌打ちをする。
「だが金を渡したところでお前らが指示に従うかどうかの保証は無いだろ」
「それもそうですね。では半分を先に受け取り残り半分は指示に従った後というのはどうですか?」
数秒の沈黙は男が考えていることを代わりに伝えた。
「いいだろう。受け渡しはどうする?」
「それは後程また連絡いたします」
「分かった」
その言葉を最後に男はすぐ通話を終わらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます