【弐拾玖】どろぼう猫の食あたり3

 あれから徒歩で移動した三人はあの堅気には見えないスーツ集団に見つかることなく無事AOFへ。

 来客用ソファに大物のようにどっしりと座っていた女性とテーブルを挟み一人用ソファにそれぞれ腰かける桃とリオ。事務所内にはこの三人しかおらず蘭玲と陽咲の姿は見当たらない。

 そして桃の前にはコーヒー、リオの前には三個のスコーンと炭酸ジュース、女性の前にはオレンジジュースがそれぞれ美味しさという幸せを届けられるその瞬間を待っていた。


「まずはお名前を聞いてもよろしいですか?」

「マノンだ。お前は?」


 手早く返事をした後、マノンは指を差しながら同じ質問を訊き返した。


「申し遅れました。私は護衛や警備から人探しなど手広く行うこのAOFの代表をしております桃太郎と申します。そして彼はリオ。リオ・W《ウルフ》・リュコスです」

「んー」


 自分では名乗らないと判断した桃は隣でスコーンを食べながらゲームをしていたリオを代わりに紹介をした。案の定明らかに適当な返事と共にこれまた適当に手を上げたリオ。


「そいつウェアウルフなのか?」


 その姿を見ていたマノンは特に疑っている様子はなく確認のためといった感じでそう訊いてきた。


「そうですよ」

「へぇー。親父から昔組んだことがあるって話は聞いたことあるが実際に見るのは始めてだな」


 リオがそのウェアウルフだと確認できるとマノンは物珍しそうに眺め始めた。


「そういうあなたはミィシャル(猫人ねこびと)ですか?」

「見れば分かるだろ」


 両手を少し広げて見せながら少しめんどくさそうな様子。そんな彼女を観察するように見ていた桃はどこか疑問が拭えなかった。


「ですがミィシャルのもう一つ特徴である尾が見当たりませんでしたので」

「あぁ尻尾な。それならほら」


 するとマノンの後ろから呼ばれたようにふさふさとした黒い毛の尾が顔を出した。尾が姿を消していたということに好奇心を擽られた桃の脳内では自動的に推理が始まった。


「もしやハーフですか? それにしては特徴が……」


 自分なりの答えを出そうと目の前のマノンを引き続き観察しながらあれこれ考えるが納得のいくものは中々出てこなかった。


「俺の親父もお袋も純血のミィシャルだ。だけど先祖が……。あー、ガキの時に話聞いたけど忘れちまった。とにかくなんやかんやでちょっとだけ妖力が混じってるんだと。まぁ妖力っつっても耳と尻尾を隠すぐらいだけどな」


 答え合わせのように語るマノンの尾は既に消えていた。


「何があったのか興味を引かれますね。ですが、今はなぜあのように物騒そうな輩に追われているのか? です」

「それは俺が聞きてーよ」


 放り投げるように答えるとコップに手を伸ばしジュースを飲み始めるマノン。桃はその短い間に考え付いた理由の中でも、最もありえそうな一つをまず尋ねた。


「何かを盗んだその恨み、というよりその盗まれた物を取り返そうとしているのでは?」

「さぁーな。今まで色んなやつから色々と盗んできたから覚えてねー」


 だが特に思い出そうとする様子もなく他人事のように振舞うその姿はとても楽観的。

 そんな彼女を他所に先程のスーツ姿の御伽に何か正体を特定できる特徴がないか、思い出しながら探していた。依頼者でも巻き込まれた可能性も低くむしろ原因を生み出した張本人かもしれない彼女を手助けしてあげようとするのは、桃の面倒見の良さなのかもしれない。もしくはお人好しか、そのどちらであるか定かではなかった。

 全員同じスーツを着用して目的を達成するためには力づく、もしくは命を奪うことさえ厭わないかもしれない暴力性。上下関係がしっかりしておりリーダー的存在一体と他数体での統率のとれたグループ行動。


「(何かの集団。もしくは組織でしょうか? どちらにせよあまり良い輩ではなさそうですが。その前に解明すべきは彼女が追われている原因ですかね)」


 そんなことを考えながら脚を組み替えるとテーブルの向こう側でレオのスコーンをそっと狙うマノンから手始めにここ最近盗んだ物を訊くことにした。


「マノンさん。ではあなたが……」


 すると問題解決の為にしようとしたマノンへの質問を遮るように玄関ドアが勝手に開いた。蘭玲か陽咲だろうと思いながらも言葉を中断しドアへ視線を向ける桃。

 だがドアの向こう側から現れたのは蘭玲でも陽咲でもなく、杖を突いた老人だった。少し丸みを帯びた背の小柄な老人。大下方下駄、着物と羽織姿に見事なまでにつるっとした頭、目を覆うほどふさふさな白い眉は外側に垂れている。そして同じく真っ白な髭は鼻より下を覆っておりサンタクロースにも負けず劣らずの長さで犬の尻尾のようにふさふさとしていた。

 そんな老人を一言で表すなら間違いなく仙人だろう。その老人の姿に最初は依頼人かと思った桃だが、その考えはすぐに書き換えられる。老人の後に続いて中に入ってきたのはあの象頭と五体の犀頭だったのだ。

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