【参拾】どろぼう猫の食あたり4

「どうやら暗闇を晴らす必要はなくなったようですね。そのようなことせずともそこ紛れた方がわざわざこちらに近づいて来てくれたのですから」


 桃は立ち上がりながら言葉を続け最後にはその場で老人の方を向いていた。


「この方が早いからのぉ。それにもうこ奴らにはもう任せてられん」


 ゆったりとした口調の老人は一歩後ろに立っていた象頭を横目で見遣る。その言葉と視線に象頭は心情を表すかのように視線を逸らした。不甲斐なさを悔いているのかそんな目を隠しているサングラスはこの時ばかりはどこか哀愁が漂っていた。


「ではこちらへどうぞ」


 正面の丁度、マノンが座っている三人用ソファを手で指す桃。


「マノンさんはこちらへ」


 次に自分の隣(リオとは反対側)のソファを手で指した。それは大窓を背にし三人用ソファと桃の座るソファとの間にある一人用ソファ。

 そしてマノンはスコーンを片手に一人用ソファへ、老人は三人用ソファのど真ん中へ背凭れに背を付けず座った。少し開いた脚の間に立てた杖に両手を乗せるその姿は威圧感を攻撃するように感じさせた。それはソファの後ろに並ぶ黒スーツの御伽達も相俟ってのことだろう。


「何かお飲みになりますか?」

「必要ない」


 この状況には流石のリオもゲームを止め目の前の老人に視線を向けていた。

 一方、マノンは深くソファに腰かけ悠長にスコーンを食べている。


「お初にお目にかかります。AOF代表、桃太郎と申します」


 丁寧にお辞儀をした桃は顔を上げるとそっと腰を下ろした。


「その名。聞き覚えがあるの」


 老人はスゥーっと口の隙間から音を立てて息を吸いながら何かを思い出しているようだった。眉毛によりその真相は分からないが恐らく目を瞑り瞼の裏に過去の映像を映しているのだろう。


「あぁ。あの事件かの。四年前のあれは真冬、老体には堪える寒さの日じゃったな」


 その時点で桃の中にはある事件が浮かび上がっていた。


「当時は裏の世界も色々とごたついとったの。そんな中、あの事件が起こった。お主らの間ではたしか、『ECOB史上最悪の汚職事件』として知られとったか」

「えぇ、忘れもしません。ECOB六代目局長、千葉義勇の汚職事件。彼を追い続けた結果、当時トップクラスの勢力を誇っていた荒島組と衝突することになりました。ECOBと私達は何とか荒島組を押さえつけることができましたが、そのまま戦争に発展してもおかしくなかったですね」

「裏の勢力図を変えた事件じゃからの。よう覚えとる。――その前線で戦ってい

 た男。それがお主か」


 老人は品定めするように桃を見つめていた。


「そういうあなたは堅気の人間ではなさそうですね」

「儂は狛井啓三郎じゃ」


 その名前に聞き覚えがあるというよりも彼はその名を明確に知っていた。それは桃だけでなくリオも同じであり彼もまたその名に反応を見せる。


「狛井啓三郎。昔から続く今では数少ない任侠道を忘れぬヤクザである狛井組の十二代目組長。まさかそのような方がいらっしゃるとは」

「狛井組っていやぁ、地域住民からの信頼も厚い守護者のような存在って聞くけどな」

「お主らとは特に昔からの付き合いがあるわけでもないからの。積もる話もないわけじゃ。じゃから早速だが本題に入らせてもらうとする」

「そうですね。目的は彼女、ですか?」


 視線は啓三郎に向けたまま手だけで指されたマノンはスコーンによりパサついた口を潤すためかジュースを水の如く飲んでいた。


「うむ。儂も全てを暴力的に解決しようなどとは思っとらんが今回の件に関して言えばその必要があるのなら致し方あるまい」

「私としても狛井組と派手にやり合うつもりはありません。それを回避する方法があるのならそれを選択したいものです。ですがまずはその理由をお聞かせ願いたいですね」


 その言葉を了承したのか啓三郎はチラッとマノンの方に顔を動かした。


「この娘は狛井組からある石を盗みおった」

「やはりその路線でしたか。ではわざわざ組長さんが出てきたということはただの石ではないみたいですね」

「そこまで話すつもりはないの」

「では深くは追及はいたしません。ということですがその石はどうしました?」


 桃は横で一応話を聞いていたマノンに視線を向けた。


「石かぁ」


 最近盗んだ物を思い出しているのか左上を眺めながら口を半開きにしていた。

 だが、結局思い当たる物が思いつかなかったと眉間に寄った皺が語る。


「もっと他に特徴ないのかよ」

「オーバル・ブリリアントカットされたエメラルドグリーンじゃ。水中に保管されておった」

「あぁー」


 棒読みの声を漏らすとそれから新たなヒントを手に再び記憶の旅に出た。

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