【伍】AOF3
横並びの桃と蘭玲は身長差こそあるものの同じ歩幅、同じ速度で歩みを進めていた。
「それで、今回はどんな依頼なんですか?」
蘭玲は桃を横から見上げそう尋ねた。
それに一度、視線をやってから答える桃。
「少女がいなくなったのでその捜索と保護です。最初は両親から捜索願が出され、後に失踪事件として取り扱われいたそうですが、今は誘拐の可能性もありと書かれていましたね」
「それじゃあ、今からどこに行くんですか?」
「エリアL《リマ》ですよ」
その言葉に少し思い出すように間を空ける蘭玲の視線は桃から外れ他所を向いていた。
そして思い出したのだろう彼女は微かに何度か頷く。
「あのでっかい壁で囲われたとこかぁ」
「あなたは行った事ありましたっけ?」
「いえ、ないです。でも噂とかなら聞いたことありますよ」
「あそこは良くも悪くも噂が絶えませんからね」
そんな話しをしながらも歩き続けていた二人は横断歩道の前で一度立ち止まった。
「そもそもあの場所って何なんですか?」
「私も何故あのような場所が出来たのかは分かりません。分かっていることと言えば、ならず者や無法者いわゆる訳ありな人々が住みつき、出入りしているということです。それ故、あそこを掃き溜めと呼ぶ人も少なくありません。それとあの場所の中は更に三段階の壁で区切られており、外側からC四、C三……と呼ばれ内側へ深くなる程、より危険性は増すそうですよ」
「桃さんはどこまで行ったことあるんですか?」
「私は一度だけC二の入り口付近まで行ったことがありますが、できることならもう行きたくはないですね」
その時のことを思い出し苦笑いのような笑みを浮かべていると信号機が二人に安全であることを告げた。それを待っていた二人を含む人々は一斉に横断歩道を渡り始める。
「でもよくあんな場所放置してますよね」
「あの場所は裏の世界で力を持った複数の組織とも根深く繋がっていますからね。あそこを排除しようとするならばほぼ確実に全面戦争となるでしょう。なのでそう簡単に手が出せないんですよ」
「そうなんですねぇ。でも悪事が全部あそこに集まるっていうのも分かり易くていいですよね」
「全てではありませんが大半があの場所に集中しているのは事実です。それもあの場所を放置している理由のひとつではあると思いますよ」
それからもエリアLに向け更に足を進めていく二人。
暫くしてそんな桃と蘭玲の前に聳え立っていたのは、見上げる程の高い壁。エリアLがその姿を露わにしたのだ。
ストリートアートが何重にも重ねられた壁は左右へと伸び、先を見ても果てしなさを感じてしまう。更に街中に建っているからか、それは異質で異様な雰囲気を醸し出していた。
「意外と周りは普通なんですね」
だが蘭玲の言葉通り道路を挟みその壁と向き合うのは、一見普通の住宅街。
「この場所の周辺は部屋のわりに家賃が安いことで有名ですが、同時に空き部屋も多いそうですね。一軒家や一戸建て集合住宅など種類は色々とあるらしいですが、人はあまり入らないようで」
「でも確かにここの近くには住みたいと思わないかな」
辺りを見回しながら蘭玲は納得の表情を浮かべていた。
「ですがエリアL周辺は警察やEOCBの目が厳しいですのでそこまで治安は悪くはないんですよ」
「意外ですね。でもやっぱり住みたくないなぁ」
それらの利点を聞いても尚、意見が変わらないのはやはりエリアLという存在がそれ以上の欠点である証なのかもしれない。
「いくら安くてもそう考える人は少なくないんでしょうね。恐らくですがここら辺は、エリアLC四で働く人が中ではなく周辺に住んでいるというケースが多いと思います」
そしてそんな話をしていた二人の足は、エリアLの正式な入り口の前で立ち止まった。
横に三つ、等間隔で並んだ入り口にドアはなかったものの濃い青の液体のようななモノが張られおり向こう側は見えない。波打つように揺れるそれはまるで異世界の入り口で、空間が歪んでいるようにも見えた。更に入り口付近の壁には監視カメラが何台も設置されており入り口を通る者を記録している。
「では行きましょうか」
「初めてのエリアLだぁ!」
そして二人は(蘭玲とっては初の桃にとっては何度目か分からない)エリアLへ足を踏み入れた。
壁の向こう側は外と同じ時間の中で秒針を刻んでいるとは思えないほど暗く、そこを彩るいくつものネオンを太陽代わりに雑多な種族が行き交っていた。カジノや料理店、キャバレーや風俗店などありとあらゆるお店と屋台が並ぶその光景を一言で言い表すなら『夜の歓楽街』というのがピッタリだろう。
だが一見華やかそうに見えるのと同時に底なし沼のように深い闇も感じられた。
「ここがエリアL、C4ですよ」
「おぉ~」
「ここは比較的まともな人達がいる場所ですね。まともと言ってもエリアLの中でもという意味ですが」
蘭玲は初めて見るエリアLの街並みを新鮮そうに見つめていた。右に左にとまるで玩具屋に来た子どものように顔を振りながら。
「蘭玲。あなたにここのルールを二つ教えておきましょう」
その言葉に蘭玲は桃へと視線を向ける。
「弱肉強食と自業自得です」
「弱肉強食は分かりますけど自業自得ってどういうことですか?」
「この場所でどんな目に合おうともそれはこのエリアLに足を踏み入れた自分の責任ということです。ここで起きたことに関しては警察もEOCBもよほどのことがない限り関与しません」
「つまり、自分の身は自分で守れってことですか?」
「そうですね。自分の安全は自分で作れということです。ですが今回は仕事で訪れていますのであなたのことは私がちゃんと守りますよ」
「おぉ! アタシも桃さんのことを守ります!」
横に伸ばした腕を曲げ二の腕をアピールしながらそう言う蘭玲の表情には自信が満ち溢れていた。
「それは安心ですね」
桃は微笑ましく蘭玲を見ながら頭をポンポンと撫でるように叩く。
「では行きましょうか。あまり離れないでくださいね」
「はい!」
元気よく返事をした蘭玲は桃の腕に抱き付いた。
「そこまでくっつかなくてもいいですよ。見失うとお互い探すのが大変なので見える範囲にいましょう」
「分かりました!」
腕から離れたものの蘭玲はできるだけ寄り添いながら歩き出した桃へついて行った。
それから桃と蘭玲は屋台や小さなお店などを回り少女の写真を見せ探していくが反応は皆同じで首を横に振るだけ。
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