【参拾陸】どろぼう猫の食あたり10

 それから少し歩いた場所で桃は立ち止まった。


「やはりありましたか」

「何がだ?」

「あれです」


 桃が真っすぐ伸ばした指先にあったのは街灯に設置された監視カメラ。


「恐らく他にもいくつかあるのでしょう」


 そう言いながらスマホを取り出すとどこかへ電話をかけた。四コール目の途中、呼出音は途切れ相手が電話を取っらしい。


「はいはーい」


 まだどこか幼さが残りやる気が感じられない脱力的な女性の声。それに加え寝ていたのか寝起きのような声だ。


「突然で申し訳ないのですが今大丈夫でしょうか?」


 声だけの判断になってしまうが桃より年下だと思われる女性に対してのその言葉には敬意が含まれていた。それは彼女のことを認めている証であり、同時に彼女がそれだけの存在であるという証。


「あー。桃さん? ちょっと三十秒だけちょうだーぃ」

「どうぞ」


 受話口の向こう側からは「ん~!」という気持ちよさそうな声が聞こえ彼女が伸びをしている絵が容易に浮かぶ。


「よし、おっけぇー」


 まだ脱力感が抜けないがそれはいつものことだと桃はそのまま用件に入った。


「今からひとつ依頼をしたいのですがいいでしょうか?」

「えー。今から? ――まぁー桃さんだししゃーないかぁー」

「ありがとうございます」


 通話越しで軽く頭を下げる桃。


「それで何すればいーの?」

「私の現在位置周辺にあるカメラに侵入してここ数時間の映像を確認して下さい」

「おっけぇー」


 女性の返事の後、聞こえてきたカタカタとキーボードを叩く音。


「そこに不審な車両などはありませんか? 特に傍の豪邸に出入りまたは近くに路上駐車しているものです」

「おっけぇー。ちょっとまってねー」


 それから確認作業が終わるのを黙って待つがそれはほんの一分から二分程度のこと。


「それっぽい車はなかったけど、二時間ぐらい前にオレンジのスーパーカーが一台、ゲートを通って玄関前で三十分ぐらい停まってまた出発してる」

「そのスーパーカーの行先は分かりますか?」

「追えると思うけど少し時間かかるかも」

「では分かり次第連絡ください」

「おっけぇー」

「よろしくお願いいたします」


 その言葉を最後に通話を終えた桃はスマホをポケットに直行させた。電話の相手が誰だか分からないマノンは当然の質問を投げる。


「誰に電話してたんだ?」

「通称【ホワイトウルフ】と呼ばれる天才ハッカーです」

「天才……。すげーいい響き。俺も天才大怪盗って呼ばれて―な。どんなセキュリティも掻い潜り狙った獲物は必ず盗み出す天才。彼女に盗めない物はないのか?」


 途端に妄想に浸るマノンはとても幸せそうな表情を浮かべていた。だが連絡が来るまで動けなかった為、彼女を気のすむまで妄想に浸からせてあげようと桃は声は掛けずそっとしておくことに。

 そして通話終了後から五分も経たぬ内にスマホレットがホワイトウルフからのメッセージを受信。


『ここだよーん』


 そんなメッセージと一緒に送られてきたのは一つの住所がマークされた地図。海沿いで見たところ大きな建物が縦に等間隔で四つ並んだ場所。


『私達が到着するまでに移動があれば教えてください』


 場所を確認後、そう返信するとそのまま桃は移動手段のためにタクシーを呼んだ。その後にマノンの方を見遣るが腕を組み相変わらず妄想の中。一人呟く声によると、どういうストーリーを経たのかいつの間にか天才大怪盗は宇宙へ飛び立ち宇宙怪盗となっていた。


「マノンさん? マノンさん?」


 名前を呼ぶが妄想内のブラックホールに吸われているのか反応は皆無。桃は夢に堕ちた者を起こすようにまず指を鳴らすが気づかず――次に両手を叩きパンッ! と大きな音を一回立てる。

 するとマノンはやっと現実世界に戻ってきた。


「次に行く場所が分かったのでタクシーが着き次第向かいますよ」

「――あぁ。分かった」


 そう返事をするマノンはどこか妄想世界が名残惜しそうだった。

 まるで逃げているかのように見つからない石が次の場所にあることを願う桃と待ちくたびれた子どものようなマノンが待つこと十分。二人は到着したタクシーに乗り込み送られてきた住所へ向かった。

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