第21話

「今のところ、周囲に異常は見られません。……しかし、大盛況ですな」


 町の中にコートを作るほどの手頃な広場はなかったので、体育祭のメイン会場は町の外に作られることになった。この辺はツン姉の仕事で、整地だけは水はけの関係もあって住人に手伝ってもらったのだが、人工芝に近い質感の立派なものに仕上がっている。


 とはいえ、魔物や野生動物から町を守ってきた防護壁の外に出なければならない。


 町の外に住人の大多数が出るとなると、警備も気を抜けない。


 当初の計画では出店もコートの近くに展開できないかと打診されたのだが、警備の観点からも出店者の都合としても却下となっていた。その分だけ警備範囲は限定的になったとはいえ、悪魔に唆された魔物が押し寄せてこないとも限らないので自警団は数日前からピリピリしている。


 自警団のリーダーを務める男性は肉食系獣人であるガルルー族の元Cランク冒険者だ。祭りの前から町の周辺を探索し、危険な兆候がないか長年の経験をもとに警備体制を整えてくれていた。


 正直な話、祭りを町の外で行うこと自体も反対だったのだが、発案者がBランクの冒険者とあっては受け入れざるを得なかった。


 ジャッドナーの面々からしたらそんなつもりは一切なかったのだが、冒険者の世界ではランクの持つ意味は彼らが思っている以上に大きい。


 特に、Bランク以上の冒険者ともなると才能だけではなく、人格者としての側面も評価されなければ到達できないのである。Aランクともなると多くの国で貴族階級と同列になることもあり、その前段階であるBランクへの昇格も慎重になるのだ。


 ジャッドナーの面々が感覚的にBランクをJリーグ、Aランクをヨーロッパのトップチームとイメージしたのも、Bランク以上が本物のプロフェッショナルとして広く認知されているのからというのも根底にあった。


 そうはいってもCランクでも一人前の冒険者と評される程度には腕が立つ。こういった田舎町ではCランクであっても最高峰の扱いを受けるほどだ。中には、強さだけならAランクに匹敵する者も少なくない。それでも、Bランク以上の冒険者に到達できるのは全体の10%以下というのが現実だ。


 それ故に、Bランク以上の冒険者は尊敬の念を抱かれる。


「理屈は理解していたが、こうやって実際に町の皆が久しぶりに笑顔で過ごしているのを見ると、やって良かったと思うよ」

 自警団のリーダーであるガップの報告を聞いた後で、町長も目を細める。


 町長自身、よりによって自分の代で悪魔に目を付けられるとはツイてないと運命を呪ったものだが、うたかたの夢のようなひと時であろうとも安堵の気持ちに包まれていた。


 何より、これだけ盛り上がりを見せているのなら悪魔の強化を阻害する効果も期待できるというものだ。


「しかし……。Bランクの冒険者とは思えぬ姿なのが、何ともはや」

 町長の安堵に頷きながら、ガップも広場に目を向ける。


 今は子供達が泥水で汚れながらも元気にボールを追いかけている。


 小さな町とはいえ、子供の数は多い。ジャッドナーの希望として将来を担う子供達を優先的に祭りに参加させたいということもあり、初日に予定している5試合の内3試合は15歳以下の子供達を3グループにわけて行うことになっており、2試合目は一番幼い子供達のグループとなっていた。


 種族による格差が如実に表れる頃とあって、単純に年齢によって区切られていないのだが、それでも幼い子供達の奮闘を見守る住人の表情は穏やかだ。


 しかし、その中で誰よりも応援に熱を入れているのが余所者であるはずのジャッドナーのメンバーなのは奇妙な光景に見えてしまうのも仕方ない。


 基本的にジャッドナーの面々は体育祭の間は審判を務めることになっている。


 元々、ジャージが3級審判の資格を有していることもありプレイヤーよりも審判としてサークル活動に参加することが主だった。実を言うと、彼のジャージという名はジャッジの意味も含まれたものなのだ。


 ただ、彼の場合は審判として参加することもあればプレイヤーとして参加することもあり、ゲーム中にジャッジと呼ばれると紛らわしいということになり改名した過去がある。


 低年齢の試合ではピッチのサイズを小さくし、11人ではなく7人制を採用している上に交代も比較的自由にできるようにしている。オフサイドは採用していないし、スローインやコーナーの判定も主審であるジャージが判定することにしているので、副審もつけていない。


 いわゆる第4の審判的な立場でタイムキーパーと救護班も兼ねてツン姉がサポートしているが、他の3人は完全に観客となっていたのである。とはいえ、ツン姉も仕事そっちのけで実況の方に力を入れているのだが……。


 住人は自分達のエリアの子供達を応援しているのに対し、ジャッドナーの3人は中立的な立場でどちらの子供達も応援したり褒め称えたりしており、それをマネて住人達も応援や声援を送るという循環が出来上がっていた。


 3人とも心底楽しそうに子供達を褒めるので、褒められた子供達も調子に乗る。子供達が乗ってくれば応援も更に熱が入る。そして時折見せる子供らしい珍プレーに笑いながらもドンマイと励ましの声を送るジャッドナーの3人組に住人も追従する。照れ臭そうにしていた子供もキラキラした視線をジャッドナーに向けられやる気を取り戻す。


 大変なのは目まぐるしく状況が変化する子供達のプレーを捌く審判なのだが、いつも子供達を相手に教室を開いたりプロチームの審判をしたり新たな審判を育てたりと経験を積んでいることもあって手慣れたものだ。


 いつもの頼りない雰囲気はなく、何とも楽しそうに子供達と面白いサッカーを作り上げていく。


 そうやって大盛況のうちに第2試合も無事に終了することになるのであった。

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