第1節 優先入場

第1話

「あれ? 今回はぢゃんぼさんも先発隊と一緒に行くんですね。やっぱり、新スタジアムが気になるんですか?」


 出発の最終確認をするためにクランハウスのミーティングルームには今回のシュシュケーからの依頼に対応するための部隊が集まる手筈になっていた。


 ジャージは自室からバックパックを持ってきたところでぢゃんぼも荷造りをしているのを目にして問いかける。


 両名ともバックパックには至る所に背番号とヴォルッケモンFC選手の顔写真の入った缶バッジが無数に飾られているが、キズやサビも目立つ。彼らの肉体の時間は神の奇跡によって停止状態であるが、一緒に持ち込まれたコレらのグッズは劣化していくのだ。とはいえ、これらも最終的には修復してもらえるらしい。


 先行する小隊は戦闘向きのスキルを有する4人だけで、その中にぢゃんぼが含まれることはない。通常であれば先行部隊の偵察で安全の確認が取れてから、物資の運搬と護衛を依頼する低ランク冒険者のパーティと一緒に必要に応じたメンバーが第2陣で向かうことがほとんどなのだ。


 そのため、場合によってはぢゃんぼが現場に向かわない案件も少なくない。


「ちが……。いや、新スタジアムは気になるけど違うよ。依頼の内容も重要だけど、今回は黒糖がかかってるからね。僕が直に〈鑑定〉しておかないとハーレーちゃんの機嫌にかかわってくるから」


「なるほど。オレ達の知ってる黒糖とは限らないのか」


「そういうこと。シュシュケーさんから話を聞いた限り間違いないとは思うけど、念のためね」


「了解です。ま、ぢゃんぼさんは意外と戦える方だから助かりますよ。何より、道中の食事の心配をしなくて良いのは助かりますよ」


 クランメンバーは10代から50代と年齢層が広いのだが、日頃からサッカーやフットサルで汗を流していたこともあり、同世代の人間よりは動ける者が多い。しかも、リトガの住人とは体の作りが異なるらしく、あらゆるステータスで優遇されている一種の特異体質になっている。


 この肉体の差異も、このリトガならでは理に関係していた。


 基本的に、この世界のありとあらゆるものが霊気によって作られる。個体差は魂の持つ情報量によって生じるため、リトガ由来の魂ではない彼らの肉体もまた、イレギュラーな存在となっているのだ。


 とはいえ、常日頃から命のやりとりを行ってきたわけではないので、年齢のわりに実戦経験は乏しくゲームの知識で急場を凌いでいるのが実情だ。それもあって、Bランク冒険者でありながら頼りなさが漂ってしまう。




 5人の準備が整い、外で待っていたシュシュケーの所に向かう。


「お待たせしました。今回は乗合馬車は使わないんですよね?」


 魔法の存在する世界ではあるが、転移魔法は存在しない。

 いや、理論的に転移が可能なことは立証され、極めて近距離であれば転移も可能なのだが、長距離の移動に使える精度ではないのだ。


 この世界で肉体は魂に紐づいている。


 そのため、魂さえ健在であれば肉体が滅びても再生可能なのである。


 要は、転移先に肉体を構築し、そこに魂を飛び込ませることで転移することができるのだが、長距離になればなるほど魂が肉体を見失う可能性が高くなり高確率で死を迎えることになっていた。


 熟練の魔法使いであっても、せいぜいが数百メートルの転移にしか成功できていないため天使や悪魔といった特殊な存在にしか扱えない魔法のひとつと言われているのだ。


 転移魔法が存在しない代わりに発達しているのが飛行船なのだが、空路は限られており高額なチケットを事前に購入しておく必要がある。


 ただし、Aランク以上の冒険者などが緊急時で使用する場合は無料かつ優先的に使えることになっている。今回の依頼で適用してもらうには申請やら審査やらで何日足止めされるかわかったものではない。その上、却下される可能性も低くはないため、結果的に陸路を使った方が早いだろうと前日のワホマとの打ち合わせでも結論が出ていた。


 そもそも目的地への直行便はないので、陸路を使う事は避けられない。


「す、すみません。なにぶん護衛のクエストを依頼できる余裕もないくらいに財政が逼迫しているものでして……」

 ただでさえ大きくない体を更に小さくして恥じ入るように呟くのを見かねたようにメガネ姿の女性が尋ねる。


「ちょっと待って。シュシュケーさんは王都にはひとりで来たんです? カカラッタと大差ないくらい離れた場所にある町ですよね? 見たところ、護身用の装備も最低限の物しか見当たらないんですけど」

 キョロキョロと辺りを見回し、他の同行者がいないことを不思議に思ったのだ。


 彼女は今回の小隊で回復役を担当するツンで、皆からはツン姉と呼ばれている。ただし、姉御肌ではあるのだが実際の年齢は5人の中では一番若い。クランの中でも3番目の若さだ。


 この世界には魔物が普通に徘徊している。そのため、旅をするのも命がけであるので低ランクでも冒険者を護衛に頼むのが一般的だ。そうでなければ夜もおちおち寝ていられない。


 しかし、今回の依頼内容に旅の護衛は含まれていない。


「重ね重ね申し訳ございません。実は、私が今回の使者に選ばれたのは逃げ足の速さと町で一番の疲れ知らずという理由でして、はい。ああ、でも、皆さまに護衛をお願いすることはありませんよ? ただ、道中で魔物に襲われた時は、私は一目散に逃げますので、はぐれてしまった時の合流場所だけは小まめに決めておいて欲しいのです」

 シュシュケーも図々しいお願いをしている自覚があるからか、今にも土下座をしてしまいそうな雰囲気すらあった。


「いやー、スゴイっすね。そこまで困ってる依頼人、初めてじゃないっすか?」

 どことなくボーっとした雰囲気の男性が逆に感心したように口を開く。


 彼はノブ。将来を有望されていたサッカー選手なのだが、不慮の事故で片目の視力を失ってしまった過去がある。


 ヴォルッケモンFCのユースからトップチームに昇格し、クラブ出身のニホン代表選手が初めて誕生するのではないかと言われたほどの逸材だった。しかし、彼のプレーの特徴である広い視野と高いキープ力に抜群のパスセンスを活かしたアシスト能力の高さは片目を失ってしまっては発揮することは難しく、若くして引退を余儀なくされていた。


 ただ、何の因果か、この世界の回復魔法のおかげで現在は視力が戻っている状態で、〈ジャッドナーカゴシマ〉の中にあって元の世界に戻らなくても良いかなと考えている人物のひとりでもあった。


「でもさ。カカラッタ地方から王都近郊ってそんなに強いモンスターが出ないとはいえ、一人旅できるってすごくねーか?」

 最後のひとり。落ち着いた雰囲気のガッシリした体型のテッペキは純粋にシュシュケーの能力に驚いている。


 街道に宿場町的な場所が確保されているとはいえ、舗装されている場所の方が少ないほどなのだ。野営を挟まずに到達できる距離でもないはずなのだが、彼は無事に王都まで到着している。


 王都周辺であれば行商人などの往来も頻繁なので比較的安全なのだが、それでも毎日誰かしらが襲われるほどには危険なのである。しかも、シュシュケーは王都から遠く離れた場所から旅してきたというではないか。


「い……いえ。私ら羊人族は、他の草食系獣人よりも野生動物としての特徴が強く残ってるんですよ。ほら、目なんかほとんど真横に残っているので、他の種族の方よりも視野が広いんです。おかげで魔物に逸早く気づけるだけで……」


「いやー。そんなに謙遜する必要ないでしょ? 普通にスゴイですよ?」

 シュシュケーの説明を聞いても尚、ジャージは賛辞を送る。しかし、その目の奥にはそれ以上の何かが潜んでいることにシュシュケーだけは気づいていなかった。

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