第2話

 王都アシュトルグランを出発して真っ直ぐ南を目指すとワルゼド街道、西に進路を取るとレビアル街道となる。

 ワルゼド街道を抜けた先を東に向かうと中央大陸の屋根と呼ばれるドラヴォス山脈によってエリアが区切られ、山脈の西はアシュトルグラン領、東は商業連邦国を挟み中央大陸のもうひとつの王国が存在する乾燥地帯になる。

 


 一行はシュシュケーの案内でレビアル街道に向かい、まずは城郭都市ヨンモンを目指すことになる。


 ただ、移動はクラン所有の馬車を使うことにしたため、護衛任務も必然的に請け負う形に収まった。


「いやー。シュシュケーが馬車の操縦できて助かったよ」

 街道の難所を抜け、人の往来も少なくなってきたところでジャージはすっかり打ち解けたシュシュケーに対し労いの言葉をかける。


 こちらの世界に飛ばされてかなりの年月が経っているため、馬車の扱いにも少しは慣れてきたとはいえ往来の激しい場所を通るには気を使う。そのため、熟練の者を雇うのが常であったのだ。


 今回もそのつもりだったのだが、シュシュケーの事情を聞いている内に護衛料を御者代として相殺する案で落ち着くことになったのだ。


「こちらこそ助かります。それにしても、クランマスターの判断を待たずに依頼内容を変更してよろしかったのでしょうか?」


「んー? 大丈夫、大丈夫。うちの場合はクランメンバーの3人以上が承認したらOKってことになってるから。逆に言えば、リーダーの一存で決まることもないって寸法なんだよね」


 ジャージの説明にシュシュケーは驚いた顔を作る。


 彼の常識では組織の中ではリーダーの命令は絶対であるからだ。


 自分の置かれている境遇を思い出し憂鬱な気分になりかけたのだが、視界の端に異変を感じ取ると手綱を巧みに操作して馬車を急停車させる。


「うおっと、どうした?」


「魔物です! あれは灰色ファングの群れでしょうか」


 灰色ファングは個の能力は大型の野犬と大差ないEランクの魔物なのだが、集団になると特殊な咆哮を使って相手の平衡感覚を狂わせてくる厄介な相手だ。大規模な群れになると討伐ランクもCに格上げされる。ただ、今回はそこまでの大きな群れではなさそうだ。


 シュシュケーも自分一人であれば気づかれる前に走って逃げ隠れすることも可能だが、馬車があっては無理である。他の群れも集まってくる前に安全を確保するなり、討伐するなりしなければならない。幸い、同行しているのはBランク冒険者。


 Bランクの冒険者とはCランク以下のクエストを単独で受けることが可能であり、Bランクのクエストもパーティ単位で受けることが許される実力が必要になる。


 また、特殊な条件を満たした場合には特例でAランク以上のクエストを受注することも許可されていた。今回のシュシュケーの依頼もこれに当たる。


 そのため、Bランクになるためにはギルドが課すテストに合格するか推薦を受けられる実績がなければならないのだ。



 ……が。



「えー。マジかぁ。どうする? 戦う? まだアッチも気づいてないみたいだし、逃げた方が良くない? 群れを相手にするの怖いし」

 ジャージは緊張感のない声で荷台で寛ぐ仲間に相談を始めた。


「灰色ファング? あれ、毛色が違うけど大人しくしてれば柴犬に似ててうちの愛犬思い出すからあんまり倒したくないんだよねえ」


「あー、わかるっす。遠くから見てるだけならツンちゃんに雰囲気似てるっすよねえ」

 ツン姉の言葉にノブも同意する。


 わかりにくいがツン姉の愛犬の名前がツンなのだ。SNSのアイコンに使っていたため登録名もツンであり、彼女のニックネームとしても定着しているという訳である。


「あれの肉は硬くて食えないし、毛皮も骨も大した値段で売れないんだよなぁ。魔石が取れるから稼ぎにはなるけど」

 ぢゃんぼは真っ先に食の観点から意見するのは、料理人としてのサガであろう。


 そうやって口々に逃亡する意見でまとまりかけるが、見かねたテッペキが呆れたように口を開く。


「いや。さすがに見逃す訳にはいかんだろ。街道で見つけた自分よりも低ランクのモンスターは駆除するのが冒険者の掟みたいなもんなんだから」


 特に王都周辺は農耕エリアも多いため、徘徊している魔物は被害が出る前に駆除することが求められる。


 それでもジャージを筆頭に重い腰が上がる気配はなかった。


「まあ、それは知ってますけど、VARみたいに監視されてるわけじゃないんだからバレやしないっすよ」


 ところが、続けて発せられたテッペキの言葉で状況は変化する。


「忘れたのか? 今回の担当はワホマさんだぞ?」


 これが効果てき面であった。


「あ……。うん。ワホマさんだけは怒らせちゃダメだな、うん」

 ジャージはキョロキョロと辺りを見回し、魔法や精霊の存在を探り始める。エルフは魔法と精霊の扱いに長けているのだ。とはいえ、感知力の低い彼ではわかるはずもない。


 この世界の魔法は霊気と呼ばれる万物の素を物質化することで成り立っているので千里眼のような監視魔法は存在しない。ただ、これが絶対でないのは精霊の存在であり、エルフと精霊は相性が良いことから監視されていないとは言い切れないのである。


「そうだね。ワホマさんだけは、ね。愛犬に似てるとか言ってる場合じゃないわね」

「しゃーないっす。やりますか」

「どうする? 僕も手伝った方が良い?」


 冒険者ギルドの職員としての顔しか世間では認知されていないワホマだが、彼女は元冒険者なのだ。しかも、Sランクを打診されていたほどの。


 しかし、Sランク冒険者は特権もあるが妬みも買いやすいことを知っている彼女はその申し出を固辞し、Aランクのまま引退する道を選んでいた。


 引退しているとはいえ超長命のエルフであるので実力は衰えていない。そのため、王都で大事件が起こった際には最後の切り札的な立ち位置でギルドに配備されているひとりなのである。


 むろん、そのことを知っているのはギルドの上層部や王国の一部の人間だけであり、ひょんなことから〈ジャッドナーカゴシマ〉のメンバーも含まれている。


「ぢゃんぼさんはシュシュケーの護衛を。大規模な群れじゃなさそうだけど、最終的にどのくらいの数になるのかは読めないんで」

 ジャージは討伐すると決まってからはテキパキと準備を始める。それは他の3人も同じであった。



「じゃ、いつもと同じ感じで」


 ジャージが指揮を執り、各自が配置につく。


 ツン姉はヒーラーであるので、後方に待機。

 テッペキはゲームで言うところのタンクを任されているのだが、ゴールキーパーの経験を活かしてツン姉の盾となるために前線ではなく後方で待機している。


 最前線にはノブとジャージがアタッカーとして立っているが、どうにも頼りなさを拭えないへっぴり腰である。


 その及び腰の姿勢が相手にも伝わったのか、灰色ファングの方から仕掛けてきてしまう。


「うひゃあ!?」

 案の定、ノブはバックステップで逃げるばかりである。


 その様子を眺め、シュシュケーも視線を隣のぢゃんぼにチラリと向ける。


「だ、大丈夫なんですか? 助けに行った方が、それとも、やっぱり逃げますか?」


 ノブは片手剣をぶんぶん振り回して何とか囲まれないように距離を取るのが精一杯に見えるのだ。どう見てもベテラン冒険者の動きではない。


 しかし、ぢゃんぼの表情からは余裕すら感じられた。

「ま、大丈夫じゃないかな? 頼りなく見えるのはサッカー選手の頃から変わらず、いつものことだし」


「そうなんですか?」

 どういうことなのだろうかと見守っていると、徐々に不思議なことが起こっていることに気づいていく。


「あ、あれ?」

 いつの間にか群れで行動してた灰色ファングの塊が間延びして、ノブを追いかけるグループとジャージに強襲されているグループとで分断されてしまっているのだ。しかも、くさびを打ち込むようにテッペキとツン姉が位置を取り、灰色ファングが合流しようとするのを邪魔している。


 そうしている間に群れの最後尾に迫っていたのはジャージであった。


「そいつがボスっぽいっすよー」

 ノブは3匹の灰色ファングに囲まれながらも的確に状況を把握してジャージに声を届ける。これがノブのプレースタイルなのだ。


 ボールを保持して相手が数人食いつくのを待って手薄になったスペースに走り込んだ味方にパスを出す。そうやって幾度となくアシストを記録してきた。相手も彼のプレースタイルを知りながらも、実際に対峙するとボールを簡単に奪えそうに見えてしまうので、わかっていながらも食いついてしまうのだ。そもそもパスセンスが図抜けているのでプレッシャーをかけずに自由にさせてしまえば決定的な場面を作られてしまうのだからマークを外す訳にもいかない。

 島津武将が得意とした戦術を彷彿とさせるスタイルから、サポーターによって付けられた二つ名は釣り野伏せの名手である。


「アタシのメガネで見てもそいつのステータスが他より高いね」

「了解っと」

 言うが早いか、閃光一閃灰色ファングのボスの喉笛をナイフで掻き切ってしまう。

 やられた方も抵抗する暇もない早業だ。


 そこから後は統率力の失った野犬を駆除していくように淡々と作業が進んでいくだけであった。

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