第3話

「はぁああ……。本当にBランクの方々だったんですねえ」

 シュシュケーは気づけば終わっていた戦闘を眺め、感嘆の吐息と共に思わず本音を漏らしてしまった。


「ハハハ。ジャージとノブは普段はあんなだけど、本番になるとスイッチが切り替わるタイプだからね。あの4人以外だったら、あそこまで楽勝にはならないよ」


 ノブは元々プロとして活躍できる身体能力の持ち主である。しかも、選手時代は視野の広さと3人に囲まれてもボールをキープできるほど体の使い方が際立っていた人物だ。それが、今では危険なボディコンタクトだけでなく武器を使うことも許されているのである。


 ジャージもすでに40を超えた年齢ながら、実績と呼べるものはないにしてもサッカーを続けていたこともあり、それなりに動ける方なのだ。更に、この世界に転移する際に肉体の構造が創り替えられた際に性能も向上していた。


 ただ、それはあくまでもサッカーをする時の話で、モンスターを相手にするのは冒険者という肩書を維持するために仕方なくやっているという気持ちが強い。


「いやー。そんなに期待しないでよ? 言っても灰色ファングはEランクモンスターの上に、何度も退治したことがあるってだけなんだから。Dランクモンスターになったら普通に逃げることも多いし」

 ジャージは周囲に新たな魔物の気配がないかを確かめながら馬車に戻ってくると、疲れたようにタメ息を吐き出す。


 その姿からは、先ほどまでの頼もしさは消え失せてしまっている。


「そうなんですか?」


 確かに王都周辺だと危険な魔物に出くわす可能性は非常に低い。灰色ファングの討伐も、普通はCランクやDランクの冒険者が日銭稼ぎでやれる程度の仕事である。


 ギルドのお墨付きを受けているBランク冒険者であれば、やれて当たり前の結果なのだ。


 再び不安になり始めるシュシュケーだったが、ぢゃんぼが困ったように口を開いた。

「一応フォローしておくけど、うちの得意分野はどちらかといえば魔物の討伐じゃなくて悪霊退治の方だからね? だから、道中は多少危なっかしいこともあるかもしれないが、依頼はこなせると思うよ? 絶対に、とは軽々しく言えないけど」


 この世界で暮らす者を脅かす存在の代表格は魔物である。これらは数も多い上に実害も大きい。


 とはいえ、冒険者の手に負えない存在となると種類は限られてくる。長い歴史の中で厄介な魔物の生息域も限定されるようになっているので、コチラからちょっかいを出さなければ襲ってくることは滅多にない。


 対して、数は少ないが厄介なのが悪魔という存在であった。


 この世界はアルティアーナとデスムドーラという2柱の神が対立して出来上がったという歴史を持つ。


 2柱の神、アルティアーナが善神と崇められデスムドーラは悪神と忌み嫌われているのは、デスムドーラが後から侵略者としてやって来たことに起因する。


 創世の時代から争っていた2柱は、ついにアルティアーナの勝利で安寧の時代を迎えることになるのだが、悠久の時を経てもなお、デスムドーラを完全には封印できずにいるのである。


 女神アルティアーナによる封印を邪魔している存在こそが、デスムドーラの眷属として生み出された悪魔達なのだ。


 アルティアーナによって生み出された眷属である天使も奮闘してはいるのだが、神々の戦いによって減ってしまった数では星を守護する者としての役割を果たすので精一杯であるらしい。


 そして、魔物でも悪魔でもない特殊な存在として悪霊がいる。


 悪霊は最初から悪霊として生まれる訳ではない。

 形なき生命体であり、この世界に満ちている霊気に負の感情が合わさり悪霊となってしまうものなのだ。逆に、陽の感情が合わさることで聖霊となり人々を守護してくれることもある。


 ちなみに、魔物と獣の違いは霊気を扱えるかどうかで区分されている。また、感情とは別に自然界の純粋なエネルギーと結びついた存在は聖でも悪でもなく精霊と呼ばれ、中には土地神に近しい大精霊にまで至ることがある。ドラゴンなどもこれに近い存在だろうか。


 悪魔は霊気を扱うことに長けており、往々にして強力な悪霊を使役しているのだ。悪霊によって人々に不安や恐怖を与え負の感情を生じさせ、それを糧に悪魔も悪霊も強さを増す。そのため対処が遅れれば遅れるほど厄介な相手へと成長してしまうという性質を持っていた。


 また、悪霊デーモンが進化することで悪魔デビルへ至るとされる。


「悪霊退治が専門なのですか?」

 シュシュケーは思わず怪訝な顔になってしまう。というのも、悪霊退治の専門家と喧伝して回る集団には詐欺師も多く、高額な依頼料を要求するわりに実績が伴わないことで有名なのだ。中には、悪霊をでっちあげて金だけ巻き上げる者すらいるほどなのだ。


「いや。専門ってほどじゃないけど……それより、そんなインチキ宗教団体を見るみたいな目をしないでくれる? ツボとか珠数とか販売してないから。っていうか、そのためにサッカーの普及を頑張ってるんだからね!? サッカーは世界を平和にするカギなんだよ!」


「へ?」

 キラキラした目で行われるジャージの反論に、シュシュケーは今度こそはっきりと胡散臭い者を見る目になってしまったのであった。


「いや、待って!? 何でそんな顔になるの!?」

 シュシュケーの反応にジャージは慌てて返す。


「ここに来るまでも色々伺いましたけど、世界平和のためにサッカーを広めているなんて、そんな大層な使命感は感じられなかったもので、つい」

 言葉は丁寧だが、全く信用していない顔だ。


「あれぇ? わりと本気なんだけどなぁ。いいかぁ? サッカーっていうのはだな……△$♪×¥●&%」

 自分達の主張が受け入れられないのは今回が初めてではない。ジャージはへこたれることなくシュシュケーにサッカーの魅力を説き始めるのだった。



 しかし、世界平和にかんしては、何の根拠もなく口にしているわけでもない。




 ――遡ること8年。

 彼らは鹿児島ヴォルッケモンFCの試合中、しかも勝てば初のJ1昇格が決まる大一番で逆転に成功した直後にリトガに飛ばされてしまったのだ。


 ヴォルッケモンFCは決して恵まれたチームではない。

 J3に参入してから成績はJ2とJ3を行ったり来たりする成績ばかりであった。時にはJ1昇格を狙える惜しいシーズンも幾度かあったものの、どちらかといえばJ3で過ごしたシーズンの方が長かった。


 それが、ついに重く閉ざされていた扉をこじ開ける寸前まで来ていたのである。


 桜島の見える真新しいホームスタジアムに詰めかけた3万人を超える観客の中には、合併する前のチームがJFLで戦っていた時代から応援し続けていたダビッド夫婦のようなサポーターだけでなく、いつもは遠方に住んでいて配信やテレビでしか応援できていなかった者も大勢いた。


 そして、偶然と必然が奇妙に重なり合った上に観衆の膨大なエネルギーが爆発したことで、ついには次元の裂け目を生み出してしまったのであった。



 その瞬間、ジャージ達だけでなく、スタジアムで湧き上がった陽のエネルギーもリトガに流れ込んだ。

 これが重要だった。

 


 デスムドーラの封印に手を焼いていたアルティアーナの手助けとなったのだ。

 リトガに溢れる霊気は負の感情に反応して悪霊になる一方、陽の感情に反応して聖霊となる。


 デスムドーラは封印されてもなお負のエネルギーを放出し続け、リトガのバランスを狂わせていたのだが、そこに地球から陽のエネルギーが爆発的に供給されることとなったのだ。


 結果、アルティアーナに幾許かの余裕が生まれ、彼らに直接コンタクトを取ることが可能になったのである。


 そこで受けた神託がリトガに溢れるエネルギーを陽に傾けてもらえれば元の世界に戻れる手助けができるだろうというものだった。そして、その日のために彼らにいくつかの神の加護が与えられたのである。



 彼らは考えた。


 リトガを陽のエネルギーで満たすにはどうすればいいか?


 答えは簡単だった。


 リトガでも人々がサッカーに夢中になれば良いんじゃね? そのためには自分達がリトガにサッカーを広めれば良いんじゃね? と。


 サポーターは時に暴力的になることもあれば、負けが続いて負の感情が渦巻くことも承知の上でサッカーの魅力を信じていたのだ。




「ほらー、いつまでもサッカーの話をしてないの。シュシュケーも困ってるでしょ? あんまりしつこいと嫌われるだけなんだから、こういうのはじっくり攻め落とす算段をしないと」

 討伐した灰色ファングの解体はジャンボに任せ、ずっとシュシュケーにサッカーの魅力を語っていたのだが、ツン姉に怒られてしまう。


 これにはシュシュケーも助かったと思ったのだが、この先も事ある毎にサッカーの話を聞かされることは避けられないことに内心項垂れてしまうのであった。

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