第4話

「見えてきたよー」

 御者のサポートをしていたツン姉が荷台でサッカー談議に明け暮れている男どもに声をかける。


 灰色ファングの群れに遭遇した後も数回モンスターと出くわすことはあったが、街道を警備する兵士や日銭稼ぎの冒険者に任せることが出来たために特に危険な目に合うこともなく、王都を出発してから4日後の昼過ぎには城郭都市ヨンモンに到着できた。


 急ぐ旅ではあるのだが、御者を安心して任せられるのはシュシュケーしかいないため定期的に休息が必要になる。


 ジャッドナーのメンバーも操縦ができないこともないのだが、どの道夜間の移動は危険なために野営や宿場町に立ち寄らざるを得ないのだ。


 何より、馬は2頭とも国王から褒美の一部として賜ったものなので宿場町で交換する訳にもいかず、無理をさせられない。一緒に賜った高級馬具のおかげで疲労を軽減させることはできても魔法によって不思議な効力は持たせられないため無効にすることはできないのだ。


 加えて、疲労は負の感情を生み、魔物や悪霊を呼び寄せやすくなってしまう。


 逆に言えば、陽気に旅をしていれば腹を空かした魔物くらいしか寄ってくることはないのである。彼らが荷台でサッカー談議に花を咲かせているのも、そういった背景がなくもない。


 まあ、そんなことは関係なく年がら年中サッカーの話題には事欠かないのだが……。



 強固な壁で囲まれたヨンモンは旅の要所として賑わっているが、基本的には国の防衛ラインとしての重要性の方が高い。


 西にカカラッタ地方、南にメローヌ地方、東にルドロン地方が広がり、それぞれに問題を抱えているからだ。


 カカラッタ地方の南にはアンテダイナ竜国という竜人が治める国があるのだが、閉鎖的な国であるためにアルティアーナの勢力なのかデスムドーラの勢力なのか定かではない不気味さがあった。


 今回の件で魔法による解決が難しいのも、この国が大きく関係している。条約に則って王国から書簡を送っても、スムーズに返事が返ってきた試しがないのである。かといって、返事を待たずに儀式を始めてしまってはどんな言いがかりをつけられるかわかったものではないのだ。


 これとは別に地理的な要因もある。中央大陸の最西端に近い場所に向かえば有名なビーチもあるのだが、それ以上に重要なのがガルガリード大陸との交易地となっているカカラッタの港町があるのだ。


 シュシュケーはカカラッタに向かってからアシュトルグランに向かっているため、ずいぶんと遠回りをしたことになる。


 南のメローヌ地方は南北に伸びたエリアで北西にアンテダイナ竜国と南東に宗教国家アルテレードに挟まれていた。


 また内海に面した東側は穀倉地帯として王国の食料を賄い、西にはギヨカンデ大陸との航路も有しているというなかなかに複雑な土地であった。


 この複雑さに輪をかけるのが、悪魔や悪霊の巣として悪名高い〈惑わしの森〉の存在も外せないだろう。


 東のルドロン地方はドラヴォス山脈のおかげで陸地から侵攻される心配はないものの、内海航路の要所となっているため、内海に浮かぶ島からの警戒に当たらなければならなかった。


 つまりは、城郭都市ヨンモンの役割とは、有事の際にどこにでも駆けつけられるようにすることで、故に多くの兵士が常駐している都市なのである。


 とはいえ、今回はヨンモンに用事はない。

 何しろ、ここにはサッカースタジアムもサッカーチームも存在しないからだ――。



「ここに来るたびに思うけど、ヨンモンの兵士達の士気向上のためにもサッカーを取り入れるべきだと思わない?」

「だよねー。兵士さんにも娯楽は必要だよ。花街より健全だし」

「コロシアムの広さがあれば、サッカーコート作れそうっすよね。いや、コロシアムの造りからするとフットサルの方が盛り上がるっすかね?」 

「スペインだっけ? でやってるキングスリーグみたいなのを取り入れても面白いんじゃない?」

「あー。7人制のアレか。映像技術が普及したら映えそうではある。下手したら人気を取られるかもしれないのが困ったところだけど」

 前日に補給を済ませ、翌朝の早い時間にヨンモンを出発した一行はシュシュケーの故郷であるマミの町へ向かっていた。荷台ではジャージを中心にツン姉とノブが雑談を楽しんでいる。


 ここまでの旅路と違うのは、追加で3名の低ランク冒険者を雇って同行させている点である。彼らにはマミの町まで同行してもらった後、ヨンモンに戻って後発でやってくるジャッドナーのメンバーを案内してもらう役目を頼むことになっている。


 仕事内容に対して依頼料は低いが、ついでに配送の依頼を往復で複数こなすことで稼ぎは上乗せできる。むしろ、半分だけとはいえBランク冒険者の護衛付きで移動できると思えば、逆に報酬を払わなければならないくらいの美味しい仕事だ。そのため、馴染みの冒険者は彼らを見かけると自分達から声をかけるほどだ。


 カカラッタの港町までは街道も整備されているが、マミの町は街道から外れたアンテダイナ竜国にほど近い場所にあるとのことだった。そのため、馬車だとカカラッタまで3日で行けるというのに、マミまでは5日ほどかかるそうである。


 こちらも街道は冒険者だけでなく近場の兵士が警戒に当たっているのだが、街道を少しでも外れると人気もなくなり路面状況も劣悪なものに変化してしまうのが原因だ。徒歩であれば地元の住人の案内があるので森の中を走破することも可能なのだが、馬車だとそうもいかない。


 シュシュケーが町を出発してからすでに半月以上経っている。

 町では彼の帰りと冒険者の到着を首を長くして待っていることだろう。

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