第5話
「雨、上がってなさそうだな」
ジャージは天を仰ぎながら、頬に感じる雨粒に対して顔を歪めてしまう。
ここまで来たものの、できることなら悪魔の相手などしたくないと思っていた。
ギルドのクエストを受けても、現地に到着したらすでに解決していることなど茶飯事のことである。それでも最低保証の報酬は受け取れる上に今回は黒糖というむしろこちらがメインという目的もあるのだ。
しかし、マミの町に近づくにつれて気温が上がっていくだけでなく、明らかに天気が悪くなっていた。
馬車の荷台に幌がないため、全員雨具を身につけ荷物にもカバーをかぶせ移動を継続する。ジャッドナーの面々の雨具はリトガでは珍しいポンチョタイプである。
当然のことながら、色はチームカラーの白と紺で胸と背中にはセッペノルグランのロゴとエンブレムが縫い付けられている。ヴォルッケモンFCの公式グッズを参考にツン姉が魔法で再現し、本職に作成を依頼したものだ。
シュシュケーから聞いていた通り土砂降りというものではないのだが、長いこと雨が降り続いているのだろう。町へとつながる道はぬかるみ、馬車の進行速度を鈍らせる。
「もしかしたら、たまたま天気が悪いだけかもしれないじゃん。そんなに憂鬱そうな顔にならないの」
ツン姉はジャージの考えていることを理解しながら気休めを口にするが、彼女としても本心では悪魔がすでに去っていてくれることを祈っていた。
雨のエリアに入ってから丸1日を使い、ようやく目的地へと到着した。途中で寄った宿場町ほどではないが、ここもしっかりとした防護壁で囲まれた町である。ただ、畑まで囲う余裕はなかったらしく壁の外にあり、住人が畑仕事をしている影もチラホラ見えた。
見張り台からシュシュケーの帰りが見えたのであろう。到着するなり町長が出迎えてくれた。当然、町長だけでなく、多くの住人も集まっている。その中には羊人族だけでなく兎人族や牛人族、ガルルー族と呼ばれる犬人族や狼人族の姿、更には人間にエルフや小人族の姿まで見える。
ただ、様々な種族が入り混じっていながらも、一様に疲れた表情をしていた。
「おお、シュシュケー。よくぞ無事に帰って来てくれた。そちらが依頼を引き受けてくださる冒険者の方々じゃな?」
シュシュケーと同じ羊人族の男性は御者台に座る無骨な男性ふたりに期待の眼差しを向ける。
これに、シュシュケーは気まずそうに返答する。
「あ、いや、こちらではなく、荷台の方に」
連絡係として雇った冒険者の方が見た目だけなら頼もしいのだが、御者台に座る2人とも実際はDランクで、荷台でジャッドナーと談笑していた残りのひとりもCランクであった。
そんなことなど知らない町長は、荷台でくつろぐ5人組に怪訝な視線を向けてしまう。町長からしたら、ポンチョ姿の奇妙な格好をした旅芸人か何かにしか見えないのだから仕方ない。
こういう時、話を進めるのはジャージの役目だ。
「いやー、ごめんなさいね。本当ならAランク以上の冒険者が来るところなんですけど、すぐに対応できるのがオレらくらいしかいなかったんですよ。一応、正式に依頼は受けてるんで最善は尽くしますよ」
ジャージは荷台から飛び降りると、ギルドから発行された書類を町長に手渡す。
そこには依頼内容と契約内容が記され、〈ジャッドナーカゴシマ〉の略歴も添付されている。
町長はザッと目を通し、落胆の表情を押し殺す。
「よ……よろしくお願いします。シュシュケー。宿には話を通してある。案内して差し上げなさい」
それだけ告げると町長は立ち去ってしまった。
「あらら……。今回もガッカリさせちゃったねえ」
ツン姉は町長の態度に不快感を示すでもなくあっさりと受け入れてしまう。実にいつも通りの反応であるからだ。
「ま、追い返されなかったってことは、契約成立ってことでしょ。まずはゆっくり休ませてもらおうよ。さすがにお尻が限界っす」
ノブも慣れたことのように荷台の上に立ち上がり、グッと背伸びしてからストレッチを始める始末。
「だな。サスペンションを改良してもらってるとはいえ、さすがに悪路続きで全身の筋肉が強張ってる」
町の中もぬかるみだらけで少し移動するだけでぐちゃぐちゃになってしまっているのを見てテッペキもノブの案を支持する。
と、ぢゃんぼが思い出したように問いかける。
「そうだ! この町ってお風呂はある? 長旅の上にこの天気だから、湯船に浸かれるとありがたいんだけど」
獣人は体毛があるために日常的に湯船に浸かる習慣がないことは知っているのだが、定期的に手入れは行っているはずである。住人も獣人だけではないし、そうでなくとも客人用に用意してあることもあるのだ。
しかし、答えは想定外のものだった。
「すみません。この町に大衆浴場のような施設はないです。……ただ、少し離れた山の麓に獣人以外の方が時々使っている温水の池があるので、そちらで水浴びくらいならできるんじゃないでしょうか。でも、この時間から向かうと日が暮れてしまいますかね」
「「「「「ん?」」」」」
シュシュケーの言葉にジャッドナーのメンバー全員が首を傾げる。
「温水の池? それって……」
ツン姉の視線は自然と南に向かう。
そこには町に向かう途中から薄っすらと見えていた山がある。
アペルナ山。アンテダイナ竜国との国境線ともなっている火山だ。天気が良ければ彼らの故郷である鹿児島のシンボル、桜島を思わせる雄大な姿を見せてくれていたことだろう。ただ、桜島みたいに年に数十回から数百回も噴火することはなく、数十年に1回あるかどうかであるらしい。
「温泉が出るの?」
火山とセットと言っても過言ではない自然の恵み。獣人にとっては無価値なものも、彼らにとっては貴重な資源である。
こうして、彼らの憂鬱な感情は一気に洗い流されることになった。
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