第6話

 翌朝、シュシュケーは長旅の影響で泥のように眠っていたのだが、外から聞こえてくる賑やかな声に起こされてしまう。


「何事でしょうか?」


 元々陽気な性格の者が多い草食系の獣人にあって、羊人族もご多分に漏れずお祭り事には目がない者が多かった。シュシュケーもその血はしっかりと引き継いでおり、誘われるように窓に向かって外の様子に目を向ける。


 長雨が続き、作物の成長が芳しくないことに加え、それが悪魔の仕業であると発覚してからというもの、マミの町から笑い声は消えていたはずなのだ。


 それが悪魔の狙いとわかっていても、現実問題、日々消えていく食料と上がらない生産を目の当たりにすると気分は落ち込んでいく一方なのである。


 この世界のあらゆるものが霊気によって作られている。それは魔法によって食べ物を作り出すことも可能ということであるのだが、生産魔法の多くは技術が確立しているとはいえ魔法を扱う才能が必要になる。


 魔法の才を持つ者は田舎に留まらず王都などに移り住むことがほとんどで、人材が枯渇した地方では結局のところ農耕によって食料を確保しなければならない。


 もしや、ジャッドナーによって悪魔が討伐され、太陽が久しぶりに照り付けたのではないかと期待してしまう。

 そんなことがあるはずもないのに……。



「……!?」

 


 シュシュケーの家は町の外れにあるのだが、この日はジャッドナーの誘いもあり同じ宿で一晩を過ごしていた。宿はマミの町の中心に程近い一等地と呼べる場所にあり――そもそも、マミの町に冒険者が泊まれるような宿屋はここしかないのだが――、中央広場に面している。広場周辺だけは石畳で舗装されているのだが、そこに住民が集まって歓声を上げていたのだ。


 相も変わらず雨は降り続いているのだが、その中心にいたのはジャッドナーの3人だった。


 ジャージ、ノブ、テッペキの3人でサッカーボールを蹴っていただけなのだが、水たまりを避けるためか、ボールを地面に落とさないようにポンポンとテンポ良く蹴り合っている。


 ジャージ達としたら、リフティングを織り交ぜてパス交換しているだけである。

 時にはヘディング、時には肩を使って、時には背中にボールを乗せて、三者三様の技術でもって器用にボールを扱う様は、サッカーを知らずに生きてきたマミの町の住人にはさながら大道芸のように見えてた。


「ふぁあ~。あいつら、雨だっていうのに朝から元気だなぁ。……僕も混ざりに行こうかな?」

 シュシュケーと同じく起こされてしまったのだろうぢゃんぼも隣に来て外を眺めると、すぐに体がウズウズし始めたようで外に向かおうとする。


 ちなみに、ツン姉だけはベッドの中で熟睡中である。



「いやー。良い汗かいた」


 結局、ジャッドナーの男4人だけに収まらず、集まった住人達まで巻き込んでひとつのボールを蹴り合う大騒動に発展してしまった。


 ただ、素人が集まり過ぎたせいでボールの行方は定まらず、広場に面するあちこちの店に飛んで行っては何かを破壊してしまいそうになっていた。


 幸い、テッペキの能力で破壊は阻止されたものの、後日、場所を改めてもっと広い所で周りを気にせずに楽しもうということになったのだ。


「ぢゃんぼさん。朝ご飯は何っすか?」

 ノブも雨で濡れた髪と体を拭きながら宿の中に戻ると、一緒に雨に濡れて楽しんでいた料理人に問いかける。


「いや。せっかく宿に泊めさせてもらってるんだから、女将さんに訊いてくれよ」


「えー。だって、こういう宿屋の朝食って、パンとスープくらいのものでしょ? 足らないっすよぉ」

「「そーだ、そーだ」」

 ノブの言い分に、ジャージとテッペキもガキのように乗っかってくる。


「お前ら……、育ち盛りの子供みたいなこと言うなよ。まあ、気持ちはわからんでもないが」


「違いますよぉ。ぢゃんぼさんの作る料理が美味いのがいけないんっすよぉ」

 渋るぢゃんぼに、ジャージは口を尖らせて甘えてみせると、残りの2人がまたしても「そーだ、そーだ」を繰り返す。


「はぁ……、わかったよ。料理場を少し借りられるか訊いてみる。どの道、黒砂糖の〈鑑定〉もしないといけないしな」

 やりやれといった態度だが、美味いと褒められて悪い気がしない料理人などいないだろう。

 


 その後、宿屋の女将の理解もあって朝食はぢゃんぼが用意し、遅れて起きてきたツン姉も交えて食べることになった。


「まったく、昨日の今日で汚れたわねえ」


 魔法を使うには霊気の扱いを理解しなければならず、その扱いはジャッドナーの中でも彼女が一番の適正持ちであった。むろん、これは彼女が授かったユニークスキルの恩恵があればこそである。


 要は、洗濯はツン姉の担当であるのだ。この世界の洗濯は水洗いも乾燥も魔法でパパっと済ませることが多いのである。水を生み出し、洗剤を加え水を操作して簡易の洗濯機を作り出す感覚だ。洗い終わったら生み出した水と洗剤は霊気に戻して終わりである。


 元々、彼女は中学高校大学とサッカー部のマネージャーをしており、部員の世話といったものには慣れているのだが、寝起きだからと言う理由だけでなく目が座ってしまっている。


「いやっ、その。1週間もボール蹴ってないと気持ち悪いというか、マミの町の人にも宣伝しておいた方が良いかなって思ったっていうか……」

「「「「ごめんなさい」」」」

 ぢゃんぼも厨房に入る前に着替えを済ませていたが、一緒に頭を下げていた。


「道中も暇を見つけてはボールは蹴ってたでしょ……。まあ、いいわ。でも!」

「「「「?」」」」


「ぢゃんぼさん。黒糖の〈鑑定〉結果は?」

「ん? ああ、大丈夫。ちゃんと黒糖だったよ。たぶん、原料のサトウキビも似たような植物だと思う」

「よし! じゃあ、ハーレーちゃんのリクエストに加えて、アタシには〈げたんは〉を作ってちょうだい」

「げたんは?」

「あれ? 知らない?」

「いや、知ってるけど。ツン姉、げたんは好きだったっけ?」


 げたんはとは、鹿児島の郷土菓子のひとつで、ふくれ菓子を黒蜜でコーティングしたような駄菓子である。平べったい三角形であることから泥の付いた下駄の歯みたいということからげたんはと呼ばれるようになったとか何とか。


「いや。そんなに好きじゃないんですけど、たまぁーーーに食べたくなるんですよねえ。あれも黒糖使ったお菓子でしたよね?」

「あー、まあ、材料はふくれ菓子と似たようなもの……というか、全く一緒だった……か? わかった。作ったことはないけど、試してみるよ。完全再現は難しいかもしれないが、似たものは作れると思う」


「やった。それじゃ、さっさと朝食済ませて、温泉に行きましょ!」

 このやりとりを聞きながら、シュシュケーだけは思っていた。

 


 この人たち、仕事はちゃんとやってくれるのだろうか? と。

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