第7話

「ここをキャンプ地とする!」



 シュシュケーの案内でアペルナ山の麓に向かうと、ジャージは湯気の立ち昇る温泉を目の前に仁王立ちとなって宣言していた。これで頭上が晴天であれば見栄えも良いのだろうが、相変わらずの曇天からポツリポツリと雨粒がレインウェアを湿らせてくる。


「いや、すぐに帰るのだが?」

 最初の3文字を入力しただけで検索ワードのトップに候補として出てくるようなセリフを口にする男に、テッペキは真顔でツッコミを入れる。


 今回やってきたのは温泉に入るためで、このまま野営する予定はない。


 マミの町から離れているとはいえ、往復で1時間くらいの距離なのだ。宿からカウントしても2時間程度のものである。


「いやだなぁ。違いますよ。シーズン前のセッペのキャンプ地にって話ですよ。まあ、まだ本格的にリーグ戦やってるわけじゃないんで将来的な候補地のひとつってだけですけど」


「あー。確かに、この辺って王都周辺よりも温暖な気候っすもんね。色々と足らない施設も多いけど、今から準備してもらえば良い場所かもしれないっす」

 ジャージの提案にノブもボンヤリとした顔ながらも肯定的な反応を示す。


 リトガの気候は土地神へ至った大聖霊の影響をモロに受けるらしく、多少の変化はあるものの四季の移ろいをはっきりと感じられるエリアは非常に珍しい。通常は1年を通して安定した気温で推移するものだ。


「いや。ここの温泉使うってなったら、このまま源泉むき出しってわけにもいかないでしょ。選手を受け入れてもらうにも大きな宿屋が1軒しかないんじゃ全然足らないし。グラウンドは……土地は余ってそうね。でも、アタシらに依頼するのもギリギリの財政状況じゃ、マミの町だけで進めるのはどの道無理じゃない?」

 ツン姉は曇るメガネを気にしつつ、温泉の温度を指先で確かめながら現実的な問題を並べていく。


「でも、温泉があるだけでも観光地として人を呼べるんじゃないか? それに、ここの温暖な気候を活かした食材もある。温泉と食がそろってるだけで人は呼べる。そうなれば宿屋も自然と増えていくと思うよ?」

 ぢゃんぼが少し町を散策しただけでも黒糖以外にも数は少ないがパイナップルやニガウリといった、こちらでは初めての食材を見かけていた。


「甘い! ぢゃんぼさんは自分の店を持ってるくらいなんだから、もっとシビアに想定しないと。温泉で喜ぶのなんて、アタシらニホンジンくらいのものなんだから。王都でもシャワーと湯船があるお風呂なんて、うちのクランハウスくらいにしか付いてないんだよ!? 温泉は観光客を呼ぶ材料としては弱いよ。裸の付き合いが通用するのはチキュウでも珍しい国に住んでたんだから」


 アシュトルグランでは上下水道は整備されているが、魔法で炎を直接生み出す――というよりも炎だけを一定時間維持する――ことは難しいため温水は気軽に使えるものではない。


 魔法で生み出した水の温度を調整することはできるのだが、量によって難易度は変化する。当然、人が浸かれる量の水を沸かすのは一般人ができる作業ではないのである。そのため浴場といえば大衆浴場であり、個人宅に設置されているものではないのが普通だ。


 そもそも獣人族はよほどのことがない限りは水浴びすらしないし、ドワーフは湯船に浸かるよりもサウナで汗を流す方を好むといった種族間の嗜好の差も大きい。


 ジャッドナーのクランハウスには屋上にソーラー湯沸かし器を自作で取り付け、シャワーと湯船に活用しているが、これもセッペのトップチーム以外の選手に回せるほどの湯量は確保できていないのだ。


「だから、サッカーのキャンプ地なんじゃん!」

 ツン姉の言い分はもっともだと誰もが頷くが、そこでジャージは一声上げた。


 首を傾げる周りの反応に、ジャージは続ける。


「ここは竜国に近いって理由だけで街道から外れてるけど、地図で見るとカカラッタの港町、ヨンモンの城郭都市、メローヌの中核都市であるミシュカの町からほぼ同じ距離。まあ、ここからミシュカには山を越えないといけないけど、それでも交通の要所になり得る場所なわけだ。カカラッタにはすでにスタジアムも出来ている。ミシュカも町の規模的にスタジアムは建設できる公算が高い。それにだ」


「「「「「?」」」」」


「いずれアンテダイナ竜国にもサッカーが広まった場合、ここが王国と竜国の交流の要所になる可能性が高い」

「いや、全然話がつながらないんだけど? だいたい、竜国に入ることすら許可が下りたことがないのに、どうやってサッカーを広めるのよ?」

 ひとりだけニヤリと笑みを浮かべるジャージに、ツン姉は呆れたように声をかける。


「あれ? 伝わらない? ここでキャンプをすることで、竜国にもサッカーの情報が伝わるでしょ? だって、国境近くの寂れた町が急に賑わいだすんだよ? アマテラスが大岩開けちゃうみたいに覗きに来るに決まってるでしょ。サッカーに興味を持って国交まで開かれちゃうでしょ!」


「なんつー都合の良い展開を期待してるのよ」

 ジャージの理論にツン姉は更に肩を落として呆れるが、他の面々はそうでもなかった。


「ジャージさん、天才っすよ!」

「これ、宰相さんに話し通してみようぜ。予算、国が出してくれるんじゃねえか?」

「おお、そうだな! 国が後ろ盾になってくれるなら、温泉施設に併設したトレーニング施設とスタジアム……までは要らないとして照明付きのサッカーコートが2面か3面くらい作れるだろ」

「そうなったら商業ギルドも巻き込んで……△$♪×¥●&%」



 ツン姉の胡乱気な視線など気にもせず、男どもは夢物語に花を咲かせる。

 しかし、シュシュケーはその夢物語を目をキラキラさせながら聞き入ってしまうのであった。

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