第8話
「ところで……」
夢物語に花を咲かせながら、温泉で汗を流す面々にシュシュケーは気になっていたことを切り出す。
「ん?」
天然の露天風呂になっているのだが、さすがに全裸になって浸かるわけにもいかず水着も用意できていないため桶に汲んでタオルで汗と垢を拭いとる程度だが、さっぱりとした気持ちには浸ることができていた。
魔法で衣服を作ることもできないことはないのだが、水着となると話が変わってくるのである。
日頃から町の住人が使うこともあって簡素ながらも屋根が設けられていることから、後は足湯としてのんびり時間を過ごすばかりだった。
……のだが、そこに冷や水が掛けられることになる。
「悪魔のことは調べないのですか?」
シュシュケーの疑問としては当然のことである。
何しろ、彼らを呼んだのは日の光を取り戻すためなのだ。そのためには原因である悪魔をどうにかしなければならない。
だというのに、マミの町に着いてからやったことと言ったら広場でサッカーのパフォーマンスを見せたことと温泉で寛いだことだけなのだ。後は宿屋で羽を伸ばし、市場で売り物を見て回った程度である。
同行させた低ランク冒険者に情報収集させているのかと思いきや、彼らは自分達で町の住人から新たな依頼を集めるばかりであった。
そりゃ、極力対峙したくないと思うのは無理もない。
悪魔の本質は負の感情を食らうことにある。そのため、悪魔に捕まってしまうと極限まで恐怖の感情を搾り取るために拷問されてしまうという。
自ら死を選びたくなるほどの極限状態まで追い込まれながらも決して死を迎えることはできない。殺して欲しいと懇願する感情すらも悪魔のエネルギーとなってしまうので当然のことながら願いが叶えられることはない。
運よく救出されるまで死を迎えることができないのだ。
そう。救出されても回復が期待できないのである。
ただ、悪魔としても個人を延々と相手するよりも広くじわじわと吸い上げる方が効率が良いために積極的に襲ってくることは滅多にないのが唯一の救いとなっているのが現状だ。
「あー。やっぱり、一度くらいは調べに行った方が良い?」
ジャージは思い出したくないものを思い出したように答える。
「そりゃ……、前もって悪魔の討伐が今回の目的ではないと伺っていますけど、知っておいた方が良いのでは?」
実のところ、シュシュケーも町長から直々に圧力をかけられていなければ口を出すつもりはなかったのだが、さすがに遊び惚けているようにしか見えないジャッドナーの面々の世話をしていると不安にもなるというものだ。
「そういえば、気になってたんですけど……。仕事は別にして、何でこんな辺鄙な所に悪魔が? という疑問はあるんだよね。一通り市場を見て回ってみたけど、珍しい食材があるくらいでどこにでもある田舎町だよね?」
シュシュケーの不安を察したわけでもないが、ぢゃんぼが口を開く。
「確かに。悪魔ってもっと人の多い所とか霊気の乱れてる所を好むもんね。マミの町って広いけど人口だけ見ると小規模集落と大差ない町だし、アペルナ山の加護があるからなのか霊気も安定してるみたいだし、どっちも当てはまらないよね?」
ツン姉はユニークスキルの影響もあって霊気の流れには敏感なのだ。
「後はアルティアーナ様に関連する遺跡がある場合も狙われることがあるって話だったけど、そんな場所だったら、それこそ観光地というか巡礼地になってるもんな」
ジャージもふたりの反応に首を捻る。
悪魔も天使と同様に神々の戦いで数を減らしているため数は多くない。その上、天使と違って討伐対象であるために現在進行形で数を減らし続けている存在なのだ。それでも駆逐されないのは、天使と違い悪霊から進化することで数を増やすことができるからである。
ただの暇潰しで悪さをすることも多いとはいえ、その裏には迂遠ながらも目的が潜んでいることも珍しくない。
「あれ? カカラッタの新スタジアムと黒糖に浮かれて深く考えてなかったけど、もしかしてヤバい案件に首を突っ込んだんじゃ……?」
テッペキも今更ながら自分達が何を相手にしなければならないのか考え出したようである。
ところが、これに反応したのはシュシュケーであった。
「あ……あの。そのことなのですが、実は、あるんです」
「「「「「?」」」」」」
言葉には出さないが、誰もが何が? という顔になっている。
「女神の遺跡が……です」
「え? 報告書には国境付近の森で悪魔の存在を確認としか書かれてなかったはずだけど……」
依頼された仕事であるので一応は書類に目を通している。それでも悪魔の情報が少ないのは隣国との関係性もあって大規模な調査を行えない事情があるからだ。そもそも、この町の自衛団では数も実力も高が知れている。
ジャッドナーの面々もそのことは重々承知しているために致し方なしと考えていたのだ。実のことを言えば、目撃情報があっただけで居座っているとは限らないことから、気まぐれな悪魔がただの暇潰しでちょっかいを出しただけに過ぎず、すでに立ち去ってくれていないかと期待していたところがある。
その前提が崩れてしまった。
「ご……ごめんなさい! 実は、知っていたんです! というか、その遺跡をこっそり調査するのが私の趣味ぃ……だったんです」
最初こそ勢いに任せて声を張り上げていたが、我に返ったのか段々と小声になっていく。
「ちょっ!? 待った待った! 女神の遺跡っていうのは確かなのか?」
思わぬ告白に、ジャージも慌てたように確認する。何より、シュシュケーは学者という肩書は持っていないはずで、女神の遺跡を調査していたとはいっても専門的な知識を持っているとは思えなかった。
しかし、それに対してシュシュケーは旅の間も肌身離さず携行していたカバンからボロボロの本とノートを取り出すと、何度も見直したのであろう所作で目的のページを開くとジャッドナーの5人に見せてきた。
「信じがたいのも無理はありませんが、女神の遺跡だと思っています。3年ほど前にカカラッタの港町から避難してきた学者様から頂いた文献を参考にして私なりに調べました。非常に古い時代のものらしいので機能はしていませんが、女神の遺跡として有名なアルテレード大神殿で見られるアルティアーナ様の肖像画と同一のものを見つけているんです。非常に多くの小部屋と神殿のような空間、私の推測では、アペルナ山に精霊が宿るまで天使の活動拠点としての役割を担っていたのではないかと……」
ボロボロの本は女神の遺跡にかんするものであることはすぐにわかったが、目を見張ったのはノートの方である。ノートと呼ぶにはお粗末な代物で、紙くずを束ねてノートにしている程度のものだ。
この世界の紙は魔法によって作られ、紙の質で魔法使いの技量もはかれると言われるほどである。当然、粗悪な紙の方が世の中に満ちている。
しかし、ノートの質はともかく、そこにびっしりと記されている調査の内容の方は素人目にも高度なものであることを感じ取ることができた。
「こいつは……すごいな」
料理人として日々研鑽を重ねるぢゃんぼであるからこそ、〈鑑定眼〉を使うまでもなく価値を一目で見抜くことができていた。
「信じないわけにはいかなさそうっすね」
ノブは女神の遺跡に悪魔が居座っていることが半ば確定してしまったことに項垂れながらも、ポンとシュシュケーの背中を叩くとジャージもそれに続く。
「オレは最初から信じてたけどな。それに、考えようによっちゃあ、これ以上優秀な案内役もいないってことだろ? 頼りにしてるぜ」
「何言ってるのよ。真っ先に疑ってたくせに」
ツン姉は調子の良いことを口にするジャージに胡乱気な視線を向けるも、今回の仕事が難しいものになることに覚悟を決めるのであった。
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