第1節 前半戦
第9話
「こんな所、よく見つけたな」
ジャージは呆れたような感心したよな声で呟いてしまった。
温泉でゆっくりした翌日、ぢゃんぼ以外の4人はシュシュケーに案内されて女神の遺跡を訪れていた。
料理人であるぢゃんぼは戦闘ができないこともないという程度であるため、この日は弁当だけ準備してマミの町で他の作業を進めることになっている。また、遺跡探索チームが約束の時間を過ぎても帰ってこない場合に備える役目も担っているため、遺跡の入り口までは同行しており案内を済ませたシュシュケーを連れて町に戻る手筈になっている。
ぢゃんぼだけではシュシュケーの護衛は心許ないが、森の中とはいえマミの町の生活圏内であるからか魔物の出現率は低い上に、シュシュケー自身が魔物探知の能力が高いこともあり逃げるだけなら問題ないということで話がまとまっていた。
女神の遺跡はデスムドーラが襲来してくる以前の世界創世、数千年前とも数万年前とも数億年前とも言われる時代に造られた代物であるため原形を留めているものは見つかっていない。もっとも状態が良いといわれるアルテレード大神殿も全体の8割は消失してしまっているといわれ今も発掘や研究や進められている。
ただ、宗教色の強いアルテレードという国では発掘も研究も厳しく規制されているため遅々として進んでいないようだ。
この地の遺跡もご多分に漏れず荒れ果てており、シュシュケーの案内がなければ入り口に辿り着くことはできなかったことだろう。
「私の家は昔から貧しかった上に父が魔物に襲われている旅人を助けるために代わりに犠牲になってからは山菜や薪拾いをする毎日でしたからね。この森のことなら町の誰よりも詳しいかもしれません。それでも、この遺跡を見つけたのは、珍しく魔物が森に入り込んだところに出くわしてしまって、逃げている時に足を滑らせて丘の上から転げ落ちた時の偶然なんです」
シュシュケーは話しながら遺跡の天井を見上げる。
そこにはポッカリと空いた穴から雨粒が降り注いでいるのが見えた。
「ってことは、こっちの入り口はお前さんが作ったってことなのか?」
テッペキは感心しながら小さな入り口と天井の穴に交互に視線を向ける。
「ハハハ……。最初はここがどういう場所なのかわからなかったので、魔物が追ってこないか、どうやって家に帰ろうか、家に帰れるのかって不安しかなくて、必死に穴を掘っただけですよ」
その後、森で採取する際の秘密の休憩所として使うようになり、徐々に奥へと探索を進めていくことになる。最初こそ金目の物がないかと期待してのものだったが、奥に進むにつれて非常に古い時代の遺跡であることが学のない彼にもわかるようになっていく。
決定的だったのが、3年前にマミの町に避難してきた考古学者が森で迷っていたのを救助した際、譲り受けた女神の遺跡にかんする文献に目を通した時だった。
その文献は考古学者であれば最初に目を通すほど一般的なもので、毎年のように改訂版が出版されるような代物だ。
それでも、シュシュケーにとっては宝物となった。
「ここって、アルテレード大神殿より広いよな? あの国に行ったことないから正確な広さは知らんけど」
ジャッドナーのメンバーは直接アルティアーナと接触を持った数少ない人間である。というか、彼ら以外に女神と直接やりとりをしたことがある存在は天使以外に存在するかどうかというほどだ。
他には魂に宿る女神の種子が発芽した者が加護を得る際につながりを感じることがある程度だろうか。
そんな存在を疎ましく思っているのが宗教国家アルテレードの上層部である。
直接ジャッドナーの面々と顔を合わせたことはないのだが、突如現れた異世界人の話を権力者が耳にしていないはずもない。中には大っぴらに異端者と断罪する者もいるほどだ。
そのため、サッカーはおろかジャッドナーの入国が許可されたことはない。
困ったことに、リトガでは宗派はいくつかあっても宗教は大雑把には1種類しか存在しない。アルティアーナという女神の実在がハッキリしている上に天使が時折姿を見せては奇跡を見せてくれるのだから他の神が入り込む余地がないのだ。
土地神信仰みたいなものがないわけではないのだが、それは同じ組織内において直接の上司を敬うような感覚で、頂点と比べるものではないのである。
それだけに各国にアルティアーナ教の教会が建てられているわけだが、その総本山がアルテレードに存在するのである。
結果、ジャッドナーと各地の教会との関係はお世辞にも良好とは言えない状況となっていた。
とはいえ、彼らは実際にアルティアーナから大仕事を頼まれていることに変わりはないため、教会関係者は他のスポーツの過激派くらいの感覚で対応するに留めておこうということになっている。
また、アシュトルグランのように教会の権力よりも王族の権力が強い地域などでは教会の勢力も大きくないため友好な関係を築けているので、さほど苦労していない。
「あの大神殿も残ってる部分だけでも普通の大聖堂と遜色ない大きさなんでしょ? まあ、でも、ここは調査が進んでるだけでも8階層もあるってことは世界的に見ても貴重な遺跡なんじゃない?」
ツン姉も遺跡内の仄かに光を発する壁を指先で恐る恐る撫でながら告げる。
女神の遺跡にかんする情報は少ない。
アルティアーナはデスムドーラから目を離せないために直接的に人類とかかわりを持つことができずにいるし、天使も各々に課せられた役割を果たすために尽力していることから同じように人類との接点が少なくなっている。
天使にかんしては神に等しい役割を担っているナンバーズと呼ばれる13人の最上位天使以外は存外自由に暮らしているようなのだが、そういった天使は精霊と大差ない性格をしているので積極的に人類にかかわりを持つことがないのだ。
むろん、例外的に人類と友好関係を結んでいる者もいるのだが、そういった者は神々の戦いで天使としての記憶や能力が欠如していることがほとんどであった。
見極めるのが困難な一因に、天使が地上で活動する際には真の姿ではなく人族の姿で人類の生活に上手く紛れているというのもある。
そういった背景もあって女神の遺跡が何のために造られたのか、どんな役割を持っていたのかは定かではない。
一説では女神が直接創り出したものではなく、天使が世界創世の手伝いをするための拠点として使うために造られたのではないかと言われているが、全ての遺跡がそうだったのかは情報が不足している。
「しかし、これだけ広いと問題の悪魔がどこに隠れているか見つけるのも一苦労だな。こっちが見つかるのは避けたいし……。その辺は把握してるのかい?」
テッペキはツン姉が作り出した上質な紙に書き写された遺跡のマップを取り出しながら問いかける。
「それが……森の中で悪魔を目撃したという報告は嘘ではなくて、私が山菜を採取がてらやって来たところでココとは違う場所から遺跡の中に入っていくのを見かけたというのが本当のところなんです。さすがに、悪魔を追いかけるような無謀なことはできませんから……」
なぜにシュシュケーが目撃した魔物が悪魔であるとわかったのかというと、宙を浮いていたからと答えることができる。
飛ぶだけなら鳥型や昆虫型の魔物も飛ぶのだが、羽を持たずに浮かぶということは魔法では無理だからだ。ただ、天使や悪魔、精霊といった存在は肉体の構成が異なるために霊気の流れに合わせて空中を移動することが可能であるのだ。
「ま、賢明な判断だわな。しかし、ここ以外に出入り口があるのか」
シュシュケーの言葉にジャージは思案顔になる。
「いえ。それが私にも見当がつかなくて。長年この遺跡を調べてきましたが、ちゃんとした出入口を見つけたことはないんですよ」
「でも、この中に入ったのは間違いない?」
「それは自信があります。このフロアを1階だとしたら4階のこの辺に入っていったことになります」
シュシュケーはテッペキが取り出したマップの一点を指さす。
「オッケー。じゃあ、まずは上のフロアを見て回ってみるか。それと、悪魔を目撃した前と後で遺跡内に変化があるように感じるか?」
シュシュケーが中まで同行したのは、これを確かめるためでもあった。
「いえ。ざっと見た感じだと変化はないと思います。……ただ」
「「「「ただ?」」」」
「何と言いましょうか。空気が気持ち悪いです」
「「「「あー」」」」
シュシュケーの反応は至極まともな感覚だ。
それこそが悪魔が存在する証明でもあるのだから。
「わかった。それじゃあ、ここから先はオレ達に任せてもらうとして、気を付けて帰ってくれよ。オレ達も悪魔を見つけたら刺激しないようにすぐに帰るから」
こうしてジャッドナーによる遺跡探索が開始されることになった。
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