第10話

 シュシュケーの開拓した入り口は元々は小部屋であったらしいのだが、悠久の時を経て霊気が乱れ形状を維持できなくなってきており原形を留めている部分の方が少ないくらいだ。


 その点、部屋から出ると奥へと通路が伸びており、こちらは多少の劣化が見られるものの崩れ落ちる心配はなさそうだ。


 通路は真っ直ぐ奥へと続ているが、おおむね等間隔に扉が並んでいるようだ。シュシュケーの調査によると、小部屋の中はどこも同じような造りになっておりサイズにもよるが人間種であれば5人から15人が入れる広さで各部屋にソファとテーブル、謎の装置が設置されているとのことだった。



 遺跡内は仄かに明るい。


 人工的というべきか神秘的というべきか判断に困る質感の壁が発光しているせいである。まぶしいというほどの明かりではないため、外部に漏れるということもない。


 最初の内は薄暗く感じていたものの、目が慣れてくると探索するのに困ることもなくなった。


 魔法で明かりを直接作り出すことができない関係で洞窟などを探索する際はランタンや懐中電灯に近いライトを準備するのが一般的なのだが、当然のことながら光源を持ち歩いているということは魔物に狙われやすくなる。


 悪魔も基本は視覚によって物事を判断するので、今回のクエストにとっては遺跡の内部に明かりがあったことは幸運であった。とはいえ、負の感情には敏感であるため、おっかなびっくりの及び腰状態で探索しようものなら呆気なく捕らわれてしまうことだろう。


「この壁って、神話の時代から光り続けてるんだよね? どういう仕組みなんだろ?」

 ツン姉は魔法担当として興味津々のようだが、それこそ各地の研究者が仕組みを解明しよと奮闘しながらも未だ完全には再現できていない技術である。


 魔法で火をおこすのは難しい。直接火を生み出すことも不可能ではないのだが、火打石のようなものと火種を作り出して手順を踏んだ方がはるかに簡単だ。


 ただ、この方法も自然界で手に入るものなので魔法を使ってまでやる方法ではない。粗悪な火種を用意する分には魔法の扱いが不得手な者の方が作り出しやすい傾向にあるので一般に普及している程度である。


 その上、この世界リトガにもライターと同じような仕組みの物が普及しているのでジャッドナーの面々も使用している。そのため魔法で火をおこす機会は滅多にない。


 対して、電力は仕組み自体は再現可能でありながら普及できる目途は立っていない。最大の懸念点が大型の発電所を建設しても、そこから送電線を張り巡らせることが困難な点であった。


 単純に、送電線を魔物に破壊されてしまう可能性が高いせいである。発電所を町中に建設できれば良いのだが、リトガの技術では水力発電でしか採算がとれない関係上、土地を確保できないのが現状なのである。


 同じ理由から街道の舗装が整備されず、レールを敷設した機関車系の移動手段も構築できていない。


 魔物を駆逐できれば話は簡単なのだろうが、それはデスムドーラを消失させるくらいの無理難題を解決させることに等しいと考えられているために誰も本気で取り組もうとはしていない。


 結局、安全に作業できる範囲に石畳のようなものを敷き詰める程度の舗装しかできていないわけである。


「前にワホマさんから教えてもらったことがあるけど、霊気が安定して循環している場所だったら魔法の術式を最初に展開させるだけで半永久的に持続させることができるらしいぜ? 不完全なシステムだったら、王宮にも利用されてるらしい」

 ツン姉の疑問にジャージは答えながらも、それがどういう仕組みなのかまでは理解できていないため中途半端な情報を提供するだけに終わってしまう。


「ふーん。術式を固定しておけるんだ? 発光させるエネルギーを安定させておけば後は勝手に光ってから霊気に戻る仕組みなのね。言うのは簡単だけど恐ろしく複雑な術式だよ。さすがは女神様ってところかしらね」

 ジャッドナーの中で魔法の扱いに一番長けているからか、彼女はすぐに高度な技術が使われていることを理解し、自分で再現させるのは難しいだろうという結論に達している様子だ。


 この世界の魔法はできたら良いなあったら良いなを実現できる技術ではない。


 精神に作用するようなことはできないし失くしたものを探し出すようなこともできない。


 基本的に霊気を材料に無から有を生み出す、いや、作り出す技術といった方が良いだろうか。


 それも生物を作り出すことは神の領域に達しなければ不可能でありゴーレムのような動く土くれも作れない。


 精霊魔法と呼ばれる特殊な魔法を用いればゴーレム作成にかんしては不可能ではないのだが、それも普通の魔法使いには扱えない代物なのだ。


 では人体の修復といったものはどうかというと、これはできる。


 生命の情報がDNAではなく魂に刻まれており、これを利用することで魂が宿っていさえすれば修復することができるのである。


 では切り落とされた腕を修復することでクローンを作れるのかというと、魂は切断されないため不可能だ。


 また、毒物を取り込んでしまった場合なども魂の情報を元に異物として認識することで霊気に還元させることで除去が可能となっている。


 同じような理屈から、小麦を魔法で作り出すことはできないが小麦粉であれば作り出せるという線引きがされているようである。ただ、小麦から作られた小麦粉を完全に再現できるわけではないので味はじゃっかん落ちる傾向にあるようだ。


 むろん、これは画一的な技術として確立されているためで、一介の魔法使いが才能だけで行えるかというと非常に困難なものだ。


 そのため、食料生産系の魔法は国や生産ギルドといったものが管理していることが多く、個人で使う以外の目的で使用して利益を得ようとすると重い罰が与えられることがほとんどだ。


 このように魔法とは才能と技術、長年の研究成果が合わさったものである。


 ツン姉がリトガで魔法を扱えるのも、単純に才能があったからというよりは女神から授かった加護のおかげであるのだ。


 そんな特殊な彼女であっても、この遺跡で用いられている魔法は異質なものに見えていた。


「それにしても、何すかね? ここに入ってから妙な既視感があるんだけど?」

 ツン姉が未知の魔法技術に気を取られているのと同じように、ノブは遺跡全体から感じる違和に首を傾げる。


 他の男ふたりも、こちらの方がピンと来るものがあったようだ。

「あ! わかる! オレも女神の遺跡は初めて見たはずなのに何となく見覚えがある気がしてたんだよ」


 ジャージとテッペキもそろって既視感を覚えていたことにツン姉も視点を切り替え、壁ではなく全体像に意識を向けた後、近くの小部屋のドアに設けられた小窓から室内に目を向け「あれ?」と小さく呟いた。


 悪魔が近くにいる気配もない。その上、シュシュケーから事前に遺跡内の注意点を教えてもらっていたことで1階にある小部屋はスルーしていたのだ。


「何だよ。ツン姉はわかったのか?」


 ジャージも釣られて小部屋の中に視線を向けるも振り返りながらなので良く見えない。しかし、ツン姉の表情が見る見る変わっていくのは気がついた。


「いや。そんなわけないけど……。いやいやいや」

 そう言いながら目の前のドアを開けて部屋の中を改めて覗き込む。


 中には、シュシュケーの調査の通りソファとテーブルが設置されている。



 ……が、ツン姉が見たかったのは謎の装置の方だった。



「あれって……、テレビ?」

 ツン姉の肩越しに室内を覗き込んだジャージも怪訝な声を出してしまう。ところが、それにツン姉が反応した。


「いや。っていうか、どう見てもカラオケボックスなんですけど?」

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