プロローグ ー ③
「いやっ! いやいやいや。ワホマさん。これSランク悪魔の討伐クエストじゃん。うちら、神様特典のユニークスキル持ちの集団とはいえ、戦闘系の仕事となるとBランクの中でも下の方のクランよ? チート能力って言っても肉体年齢が停止してるくらいのもので不死ってわけでもないらしいし……。
BランクとAランクの差でさえ、サッカーで言ったらJ3とJ2の差じゃなくてJ3とヨーロッパのトップチームくらい違うんだから普通に死んじゃうよぉ。勘弁してくれよぉ……」
冒険者のランクはFからAにわけられ、規格外にSが存在する。
世間一般ではFから順に見習い、新人、駆け出し、一人前、ベテラン、大物といった認識なのだが、ジャージ達の感覚だと
同じCランクであっても上はJFL級だが、Dランクから上がったばかりだと都道府県リーグ級と幅がある。中には、そのまま地域リーグに上がることもなく一生を終える冒険者も少なくない。それはBランクでも似たようなものだ。
ジャージの客観的な見立てでも、自分達はJ3で降格争いしているレベルどころか、どうしてJ3にいるのか不思議なレベルのクランであると認識している。ユニークスキルの恩恵がなかったら、きっとU-18と戦っても普通に負けると思っているほどだ。
一方、U-18からプロに上がれる才能ある選手もいるように、トントン拍子でランクを駆け上がる逸材も稀に存在するのも似たようなものだろう。そして、そういう逸材でなければAランクやSランクには到達できない点においては、より厳しい世界と言えるかもしれない。
ちなみに、Sランクというのは個人にしか適用されないためSランクのクランというのは存在しない。せいぜいがSランク冒険者同士がパーティを組むことがある程度である。
そして、そういったSランク冒険者というのはW杯の得点王やMVP級のバケモノで収まらず、他の競技でも世界チャンピオンになってしまうようなバケモノの中のバケモノという認識であった。
そんな例えを出されても異世界では通じないと思うかもしれないが、シュシュケーは首を傾げている一方、地道なサッカー布教の甲斐もありワホマにはしっかり通じている。
「さすがにジャージ君の言う通りだと思う。Sランク悪魔の討伐は、うちの大人どもには荷が重いよ。同じカテゴリーの悪霊でもBランクが限界じゃない? それでも厳しそうだけど」
クランメンバーが直々に不安を口にするのを耳にして、シュシュケーも表情が曇っていく。やはり、諦めるしかないのだろうと……。
「いえ。本題は推定Sランク悪魔の討伐なのですが、依頼内容は長雨を治めることです。ついでに討伐もしていただけるとありがたいのですが、ひとまず雨をどうにかしていただければ時間稼ぎはできるでしょう。その間に冒険者ギルドか国が対応できる段取りも整うかと。さすがに悪魔を放置はできませんから、どこからか予算をもぎ取って時間が掛かっても討伐隊は編成されるはずなので」
ワホマは書面の一か所を指さし、ジャージとハーレーに説明する。
これを聞いて、シュシュケーは怪訝な顔になってしまう。
彼らであれば悪魔を討伐せずに雨を治めることが可能であるかのような口ぶりだからだ。
しかし、天気を操る魔法の使用は国の管轄であり、軽々に行えるものではない。何しろ、魔法で無理やり天気を操作してしまうと、他の地域で思わぬ大災害をもたらす可能性を秘めているのだ。実際に、過去に大災害が頻発したことで国際条約が締結されたほどである。
だからこそ、シュシュケーも頭を抱えているのである。
ところが。
「「あー、そっち系ね。はいはい」」
無理に悪魔を相手にする必要がないとわかると、あっさり緊張感は抜け落ち地図を取り出しシュシュケーの故郷がどこにあるのかを確認し始めたではないか。
「えーと、カカラッタ地方は? あれ? 何か聞き覚えがある気が」
ジャージは地図の上で指先をウロウロさせながら何かを思い出したように視線を中空に向ける。
「確か中央大陸の北東部、王都の西くらいじゃなかった? ほら、3年くらい前に似たような仕事したじゃん。誰だっけ? 冒険者ギルドのお偉いさんとお父さんが意気投合してスタジアム建設するように働きかけてくれることになったじゃない。1年くらい前にもサッカーチームの運営で相談にも来てたんじゃなかった? そろそろセッペと試合できるくらいになってるかな? 新チームのお披露目って、何だかテンション上がるよね。イケメン選手いるかなぁ?」
ハーレーも大人達のサッカー馬鹿ぶりに辟易しているような口ぶりだが、小さな頃から、というより、お腹の中にいた頃からチャントを聞かされていたほどサッカーが身近にあったこともあり、それなりに生活の一部として浸透している様子である。
ハーレーがまだ見ぬイケメンサッカー選手を夢想している横から、ワホマの助言が入る。
「そろそろサッカー以外のことにも興味を持っていただけませんか? だいたい合っていますが、もう少し南西方向ですね。レビアル街道を南下した先の城郭都市ヨンモンを西に向かった所がカカラッタ地方です」
この世界は球面ではなく平面の星の上にある。自転はしているらしいのだが、どうやら公転はしていないらしい。つまりは、この星が宇宙の中心なのだ。それでも各地の気候が安定しているのは神の恩恵であるとのことだった。
海に囲まれた大陸であるようなのだが、海の果てがどうなっているのかは不明であるらしい。
中央に内海を持つ円形の大陸ルピスタシアが存在し、ルピスタシアを囲むように5つの大陸が存在する。
王都アシュトルグランはルピスタシアの北の端にあり、中央大陸の西側半分程度を領土に持つ大国だ。その領土の中にカカラッタ地方も含まれる。
「あー、サッツんがいた……。あのキレイなビーチのある港町か。えーとギルマスの名前が……?」
「あそこのギルマスの名前ならセルジェですね」
ふたりして眉間にしわを寄せて悩んでいるところに、ワホマが更に助け舟を出す。
「そうそう。セルジェさんだ。スタジアムの建設が始まったって手紙が届いて、そろそろスタジアムが完成する頃だ。オープニングのメモリアルゲームするかなぁ? いやー、どんなスタジアムなんだろ」
途端にジャージの表情が輝き始める。新しいスタジアムに行ってみたいという欲求が爆発しているのが手に取るようにわかる。
と、そこに下から飲み物を持ってぢゃんぼがやって来た。
「お待たせー。ハーレーちゃんのリクエストでふくれ菓子にしたから飲み物は緑茶にしたけど良かった?」
「やった! ……って、あれ? 白いよ? ただの蒸しパンじゃん」
ぢゃんぼがテーブルの上に準備するのを歓喜の声を上げて迎え入れたハーレーだったが、皿の上に乗せられたふくれ菓子を見て手が止まってしまう。
「いやー、ここいらで手に入る砂糖って生産魔法で作られた白砂糖ばかりだもん。天然物の砂糖もないことはないけど、貴族様への献上品レベルに高いからねえ。そもそも、こっちだと黒糖を使う習慣がないみたいで手に入らないんだよ。味わいを損なわずに黒味を出すものも思いつかなかったし」
ぢゃんぼは苦笑いで肩をすくめる。
「えー。わたしが食べたかったの、おばあちゃんがいつも作ってくれるふわっふわの黒い塊だったのにぃ。まあ、これはこれで美味しそうだけど……」
ハーレーは上昇した感情が一気に地にのめり込む勢いで消沈してしまう。
「仕方ないっしょ。ぢゃんぼさんのユニークスキルでも代用品が見つからないんじゃ、リトガには黒糖が存在しない可能性すらあるんだから。もしかしたら、中央大陸にないだけかもしれないけど」
ぢゃんぼのユニークスキルは〈鑑定眼〉である。とはいえ、料理人の鑑定眼に偏っていることもあり、こちらの世界の食材――に限られているわけではないが――が地球だと何に相当するものかが判別できる程度のものだ。しかも、未知のものや未加工のものだと極端に精度が落ちてしまう始末である。
それでも、彼らがリトガで何とかやってこれたのは、彼の〈鑑定眼〉の恩恵が大きかった。
と、ここで反応する者がいた。
「あ……あの。あまり流通するものでもないのでご存じないのも無理はありませんが、黒糖でしたら私の町の特産品ですよ? けど……今回の長雨のせいで今年の収穫は難しいですかね」
これにより、彼の依頼が〈ジャッドナーカゴシマ〉に格安で引き受けてもらえることになるのに時間はかからなかった。
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