第29話

「くそぅ。やっぱり慌てて追ってくることはないか」

 見事に悪魔を手玉に取ったというのに、ジャージは浮かない表情だ。


 シュシュケーにもらったマップは持参していないものの、すでに探索経験のあるダンジョンであるのでルートは頭に入っている。


 最短で出口に向かえる自信もあるのだが、背後に悪魔の気配を感じないことから速度を落としていた。


 最初にあの悪魔と遭遇した時のことを考えれば、この後の展開も用意に予想がつくからだ。


 いかに転移魔法が瞬時に発動できる類の技術ではないとしても、ジャージが辿り着く前には待ち伏せられていることだろう。


 即座に命を刈り取られる状況から脱したとはいえ、危機的状況であることに変わりはないのだ。


 しかも、今度捕まったら逃げ出せるチャンスもないだろう。


 前回使ったエレベーターを使った脱出方法もすでにバレてしまっている。


「援軍が来るのを待つしかないよなぁ。でも……」


 正面突破できる実力があれば最初から逃げることなど考える必要もない。どう頑張ってもBランク冒険者が単独でどうにかできる相手ではないのだ。


 問題は、援軍がいつ来るのか定かではない点と……。



「オレが悪魔だったら、塞ぐよなぁ」



 シュシュケーが作った出入口は悪魔としては無用なのだ。塞ぐことに躊躇などあろうはずもない。今までは侵入者を呼び込むことで恐怖心を煽ることに使えていたので放置していたのだろうが、外敵を呼び入れる危険をわざわざ冒す必要もない。


 原則として魔法で作り出された障害物は魔法によって霊気に戻すことが可能なのだが、悪魔の魔法を人類が解析するのは困難極まる。

 熟練の魔法使いであっても数か月を要すると言われるのに、ただでさえ魔法を苦手とするジャージにできるはずもない。


 つまりは、いまだ悪魔の手の内から逃れられていないわけだ。




 ……と、そこに聞こえるはずのない声が耳に入る。


「え⁉」


 その声は恐る恐る近寄って来る。

「ああ……。やはりジャージさんだ。良かったぁ。無事だったんですね。私は心配で心配で……」


「え? え? 何でシュシュケーが?」


 仄かな光を避けるようにコソコソと動いていた影は近寄ってくると、必要以上に周囲を警戒しながら安堵の声を上げた。


 当然、シュシュケーが援軍で来るなど想定していないジャージは戸惑うばかりだ。


「す……すみません。私が来てもお役に立てるはずもないのですが、居ても立ってもいられなくて。Aランク冒険者の方を呼びに行ったのは知っているのですが、それまでにジャージさんが無事だとはとても思えなくて……」

 シュシュケーはブルブル震え涙を流しながらジャージの足にしがみつく。


 傍から見たら、どちらが救助に来たのかわからないだろう。


 それでも、彼のことを迷惑だとは思えない。むしろ、嬉しさの方が勝っていた。それに、ひとりで心細かったのは事実だ。


「いや。助かったよ。シュシュケーが一緒だったら、耐え切れるかもしれない」

 気休めであることはわかっている。それでも、彼ほどこの女神の遺跡のことに精通している人物はいないのも事実だ。


「ところで、肝心の悪魔はどこに?」

 無我夢中でやって来たので色々と思考がまとまっていないシュシュケーは、ようやく肝心なことを聞き忘れていることに気づいた。



「……と、いう状況だと思われる」

 悪魔から自力で逃げ出したものの、距離を取っただけに過ぎない。その上、脱出口では悪魔が待ち構えている可能性が高い上に、そもそも脱出口を閉鎖されている可能性もある。


 簡潔に説明すると、シュシュケーはあんぐりと口を開けてカタカタと震え出してしまった。


「どどどどどどどどうしましょう。あそこを塞がれたら、助けも来れないじゃないですか⁉」


 タイミングが良かったのか悪かったのか、シュシュケーは何の障害もなく女神の遺跡内に侵入することに成功してしまっていた。


 結果、ジャージと合流できたのだが、足手まといになることはあっても戦力になることはないと自覚している。


 考えるよりも先に行動してしまったとはいえ、頭の片隅にAランク冒険者が助けに来るという一縷の望みがあったのだ。それが期待できない状況であると知り、慌てるなという方が酷である。


「まあ、何とかなる可能性もゼロじゃないんだ。力を合わせて頑張ろうぜ」

「は……はぁ」

「何だよ。悪魔がいると知っていて助けに来てくれたんだろ? シャキっとしろよ」

「そ、そうですね」

 ジャッドナーのメンバーと一緒にいると、不思議と前向きになれる。何より、ジャージの言う通り、悪魔がいることを承知の上で駆けつけようと決断したのは自分なのだ。


 ふんすと呼吸を整えると、シュシュケーは背筋を伸ばしていた。


「よーし。調子が出てきたみたいじゃないか。それで、この遺跡のことなら誰よりも詳しいシュシュケーに訊きたいんだが、どんなことでも良い。最上階の部屋で他とは違ったナニカがあることを知らないか?」


 最上階。そこは先ほどまでジャージが悪魔に捕らわれていた部屋である。


「違ったナニカ……?」


「どんなことでも良いんだ。あそこの仕組みさえ解明出来たら脱出できるかもしれないんだよ。シュシュケーも見たって言ってただろ? 悪魔がどこから入ったのかわからないって。でも、オレがここに連れ込まれたのは、あの部屋なんだよ!」


「何か知ってるんですか⁉」


「いや。それがサッパリ」


「実際に入ったのに?」


「そう。気づいたら中にいた」


「えー?」

 ジャージの頼りない説明にシュシュケーも怪訝な顔になってしまう。体験しながら何もわからないとは、通常では考えられないからだ。


 しかし、彼も散々遺跡内を探索した上で未知の部分であるのだ。興味がわかないはずもない。


 ジャージのことはさておき、過去に最上階を探索した時のことをじっくり思い出そうと記憶を遡っていく。

 しかし、しばらく時間をかけてみたものの、特別違ったものがあった記憶は出てこない。

「ごめんなさい。私も覚えてる限りでは他の場所と違ったものがあった記憶はないですね」


「そっかー」


 ジャージも期待していたわけではないので落胆も小さかったのだが、シュシュケーの言葉は終わっていなかった。

「ただ、今になって思えば、あの部屋だけ外の音がかすかに聞こえていた気がします。でも、どこかに隙間があったとも思えないんですよねえ」


「外の音?」

 これを知り、ジャージはフムと呟いていた。

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