第30話
「やっぱり、人が出入りできそうな仕掛けは見当たらないですよ?」
ジャージはシュシュケーを連れて元の部屋に戻っていた。
悪魔が居座っている可能性もあったが、予想通りすでに移動しているようだ。それでも、いつ悪魔が戻ってきても良いようにジャージは部屋の外を気にしてばかりで室内の調査はシュシュケーに任せ切りだ。
そのシュシュケーも悪魔が転移して戻ってきた時に備えていつでも逃げ出せるようにしている。
「んー? オレがもっと魔力の探知ができたら良かったんだけどなぁ。近くまで走ってやって来たと思ったら遺跡の隠れてる丘の上に浮遊して、チカッと眩しいって思った時にはこの部屋にいたんだよなぁ」
「それって、転移魔法なんじゃないですか?」
シュシュケーはジャージの視線に釣られて天井を見上げながら当然の問いかけをする。天使や悪魔であれば、転移による移動は日常的ではないにしてもそれほど難易度の高い行為ではない。
「いやぁ。それだったら、オレはどうやって入ったんだ? さすがに悪魔も自分以外の魂を運ぶことは無理だろ? 魂だけじゃなくて、オレの肉体をコピーするのも出来るとは思えない。そもそも、そんなことができるならもっと遠くでやっただろ? わざわざここまで連れてくる必要がない」
「なるほど。そうなると魔法による転移ではなさそうですね」
「ん? どういうこと?」
魔法以外で転移できる方法があるとは聞いたことがないので、コテリと首を傾げてしまう。
「ジャージさんも遺跡の壁が照明になっている仕組みはご存じでしたよね? 父の祖国に残っている古い伝承に女神の奇跡の中には特定の魔法を機械的に発動できる仕組みが存在するというものがあるんです。祖国に残っているのは魔力を込めると記憶を出し入れすることができる宝玉というものがあるそうです。ドワーフの魔道具も女神の装置と呼ばれる物を再現することを目的に研究が進められているそうですから」
「なる……ほど。複雑な魔法を機械的に再現できるシステムか」
ジャージもこの遺跡に残るカラオケにもそういった装置が使われているのだろうと察する。そう考えるとエレベーターも魔力を込めるだけで動かすことができたので、あれも女神の装置のひとつだったということだろう。
更に、理解したことで提案も生まれる。
「じゃあ、魔力を通してみたら仕掛けが発動するんじゃないか? オレは、諸事情あって魔力の操作が下手だから無理だけど」
エレベーターでもツン姉の協力がなければ満足に動かすこともできなかったのだ。エレベーターの上位互換であろう転移装置ともなるとひとりでどうにかできるとは思えなかったので期待の眼差しをシュシュケーに向けることになる。
「いや。私も無理ですよ? 魔力を込めるだけとはいえ、高位の魔法を再現する装置ほど高度な魔力操作が必要になるそうです。短距離とはいえ転移魔法の再現なのですから、並みの人族では無理ですよ。エルフの方であれば或いは……といったところではないでしょうか」
それでも何かしら反応がないか魔力を操作して反応を探り始めたのだが、直後にジャージは舌打ちしながら飛び退くことになっていた。
〔そうです。我らと同格の魔力を扱えて初めて使える代物なのですよ〕
警戒していたというのに、呆気なく追い込まれてしまった。
「くっそ。ホントに忌々しい。そこに転移してくるかよ」
入り口のわずか外側。ジャージが警戒していたほんの数メートルの位置だった。
〔そろそろ諦めた方が楽ですよ? 悪いようにはしませんから〕
感情のわからない頭部でありながら、悪魔がニタリと嫌らしく笑ったのが見えた気がした。
「ばかやろー。サポーターって人種はな。例え90分負けていても残りのアディショナルタイムが過ぎて最後の笛が鳴るまで逆転することを本気で信じて応援し続ける生き物なんだよ」
じりじりと後退りながらシュシュケーを背中に隠す。
そして、その諦めの悪さに偶然と必然が重なる。
「……ぃ」
頭上からかすかに人の声が聞こえてきたのだ。
「ほらな。まだ天に見放されていなかった」
ジャージはニヤリと笑みを浮かべると、首にぶら下げているホイッスルを響かせていた。
〔聞いていなかったのですか? その装置は人族の魔力で操作できる代物ではないのですよ? ここで助けを呼んだところで、何もできないでしょうに〕
悪魔も呆れたように振舞うが、直後に部屋全体にチカッとした光が広がる。
「オッス、ジャージ君。相変わらずしぶとく生きてるみたいだね。あれ? 救助対象はジャージ君って聞いてたんだけど、後ろの子は?」
即座に収まった光の中から現れたのは見知らぬ男性だった。
「オッス、オッスん。助かったよ。こっちはマミの町のシュシュケーで、オレを心配して助けに来てくれたんだ」
能天気にジャージがハイタッチを交わす男性にシュシュケーは目を白黒させるばかりだ。
「あ……あの。ジャージさん、そちらは?」
「ん? ああ、コイツはオッスっていうAランク冒険者だよ。サッツっていう双子の妹と一緒に流浪しながらクエストをこなしてる変わり者だ」
「いや。そうじゃなくて……。どう見ても人間なのですが? Aランク冒険者とは、そこまでに魔力の操作に長けているものなのですか?」
ついさっき女神の装置を発動させるのは生半可な魔力では無理だと話したばかりなのだ。
しかし、シュシュケーの戸惑いに答えたのは悪魔であった。
〔貴様……。天使だな!?〕
「お? さすがだね。そういうわけなんで、このふたりは返してもらうよ」
悪魔の呼びかけに微塵も同様を見せずオッスは魔力を操作すると女神の装置を再び発動させようとするも、素直に従う悪魔ではなかった。
〔ぬかすな!?〕
オッスの意識が天井の装置に向かった隙をついて悪魔も魔法を発動させる。
ところが、これに反応したのはオッスではなかった。
「そいっ!」
ジャージが飛んできた水の塊をジャンプして足でトラップするように柔らかく受け止め、そのまま受け流す。
〔な!?〕
思ってもいなかった繊細な動きに、さすがの悪魔も驚きを隠せなかったようだ。
「あれ? 気づいてない? お前さん、最初に会った時より弱くなってるぜ?」
それだけ告げるとオッスの導きによってフッと部屋から消えていったのであった。
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