第31話
〔俺様が弱くなっている?〕
仇敵である天使を目の当たりにし、それまで丁寧な口調だったことなどすっかり忘れるほど我を失っている。
それでも、ジャージの言葉で意識を自分に向ける程度には冷静さが残っていた。
〔どういうことだ?〕
もともと、順調に増えていった魔力がこの数日で減少して行っていることには気づいていた。だからこそマミの町まで出向き、ジャージをさらってきたのだ。
しかし、それによって魔力の減少が止まるどころか、この短時間で更に減少しているではないか。しかも、急激に。
いくらアペルナ山が祝福の噴火をしたとはいえ、雨は降り続いているし悪魔の脅威が健在であることも示している。負の感情が枯渇することなど考えられない。
〔あの男が何かやったのか?〕
自分が連れてきた人間は、思い返してみれば最初から何か企んでいるような節があった。
悪魔でありながら言い知れぬ不安を感じていた。自ら負の感情を発してしまっては、益々魔力が減っていくというのに、これは理性でどうにかできるものではない。
このままでは悪い流れを止めることは出来ないと直感的に判断して悪魔は女神の装置を発動させていた。
〔なっ!?〕
外に出て目に入ったのは、ありえない光景だった。
「よっ! 遅かったじゃないか」
待ち構えているジャージはオッスとふたりしてチョップするように片手を上げて悪魔を出迎えた。
隣では、シュシュケーも悪魔と同じように戸惑いの表情を浮かべながら空を見上げていた。
怪訝な顔で空を見上げ、何を見ているのかというと青空である。
〔なぜ……雨が?〕
悪魔が理解に苦しむのも無理はない。
雨を降らせる魔法はいまだ発動中であるからだ。
だというのに、空から雨雲が消えていた。
魔法が阻害されている様子もない。新たな魔法で上書きされている気配もない。女神の加護の支配下にいる感覚もない。
端的に言えば、ありえない。
思い当たることがあるとしたら、目の前の天使だけだ。
〔天使! 貴様の能力か!?〕
キッと睨みつけるもオッスは変わらず呑気な雰囲気のまま答える。
「いやー。さすがに今のぼくには無理だよ? っていうか、この世界の理から外れた力だから、アルティアーナ様でも無理なんじゃないかな?」
ハッハッハと愉快気に笑い出す始末。
〔この世界の理から外れた力……だと?〕
さすがの悪魔も理解できない様子だ。
これに答えたのは、今度はジャージである。
「いやー。アルティアーナ様の話だと、うちのハーレーちゃんってアッチの世界の神様から加護を受けてるらしくて、神に愛された最強の晴れ女らしいんだわ」
これこそがワホマが今回の案件をジャッドナーに依頼した理由の全てである。
魔法でもスキルでもなく、天然で晴れを呼び込む。ハーレーの能力はアルティアーナの加護ではなく、生まれ持った才能に近い。
そのため、本人がコントロールすることができないのが難点だが、確率を上げる方法は判明している。
もともと晴れになる確率が高いのだが、それに加えて本人がイベントを楽しみにしていればいるほど雨を振り払う力も増していく。いや、少しでも乗り気になれば快晴を呼び込むほどの晴れ女なので機嫌を損ねなければ良いだけの話なのだ。しかも、機嫌が悪くなれば雨が降るというものではなく、曇りで収まるところが彼女の恐るべきところなのである。
言い方は悪いが、今回も黒糖や温泉、パイナップルケーキといった楽しみをエサにして彼女をこの地に呼んでいるのだ。むろん、これにはハーレー自身の願望も重なってのことなので、win-winの関係というものが成立している。
アペルナ山の噴火に気を取られていたが、ジャージも悪魔に連れ去られている時に青空が見え始めていたことに気づいていた。後は、致命的に手遅れになるまでに助けが来てくれるかという賭けに勝てるかどうかの勝負だったのだ。
しかも。
「この声は……?」
シュシュケーは青空が広がっている理屈を半分以上理解できていないまま遠くから聞こえてきた声に反応する。その声はどんどん近寄って来るだけでなく大きさを増していくように感じられた。
「あらあら。ダビッドさんも心配性だな」
声を先導するようにドラムのリズムも聞こえてくることから鑑みてカルカンも一緒のようだ。おそらく旗振り役のハイランドも強制参加させられていることだろう。
かすかに聞こえていた声はどんどん輪郭がはっきりとしていき、耳馴染みのあるチャントであるとわかってきた。
「「「「「ウォオッ、オッオッ、オーオオー、ウォーッオッーオッオー」」」」」
「「「「「ウォオッ、オッオッ、オーオオー、ウォーッオッーオッオー」」」」」
〔何だ? 何なんだ、アレは? 声が、音が陽の感情を増幅させていく……〕
サポーターの応援という概念を知らない悪魔にとっては恐怖でしかなかった。
人族の感情が養分にも毒にもなることは理解している。それなのに、この陽の波動は未知のものだった。
ただでさえ晴天に歓喜する住人の感情は陽に満ちているというのに、ダビッド親子のスキルによって増幅されていく。
悪魔が動揺するのも無理はない。
「さ、オッスん。今のお前さんでも、あれだけ弱ってれば倒せるだろ」
「ん? 良いのか? ジャージ君でも頑張ればいけそうだけど」
「いやー。オレらはホラ、サポーターが本職だから」
「そんなこと言ってるからBランクから上になれないんでしょ。まあ、助けに来たのに命がけの戦いをやらせるわけにもいかないか」
そのままオッスが悪魔と対峙するために一歩前に出ると、ジャージは手拍子に合わせてチャントを歌い始める。
「リトガ~のゴレアドールぅ~。バモバモス、オッスー。バモバモス、オッスー。リトガ~のゴレアドールぅ~。バモバモス、オッスー。バモバモス、オッスー。リトガ~のゴレアドールぅ~」
ゴレアドールとはストライカーを意味するポルトガル語で、ヴォルッケモンFCでも使っていた定番のものをオッス用に使い回しているだけのものだ。
大事なのはチャントの内容ではない。
ジャージの声に気づき、丘の麓で待機していた案内役のテッペキもレスポンスを返してくる。それは近づいてくるダビッド達にも届き、大合唱へと発展していく。
悪魔が弱体するのと同じ理由で、天使であるオッスは強化されていく。
「さて。その穢れた魂、祓ってやるよ」
オッスはそれまで纏っていたユルイ気配を脱ぎ捨て、悪魔に向かって走り出す。
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