第32話
「あ……あの。ジャージさん。あの方が天使というのは本当なのですか?」
天使と悪魔の壮絶な戦いが目の前で繰り広げられているというのに、シュシュケーはようやく落ち着けていた。
壮絶ではあるが、明らかに悪魔が劣勢であるからだ。
悪魔は何をやってくるかわからない怖さがあるので安心はできないが、テッペキも駆けつけてくれたので守りの面は任せて大丈夫という安心感があったのも理由のひとつであろうか。
「あー。やっぱ、気になる?」
ジャージとしては触れたくない話題だったのだが、さすがにスルーすることはできないと諦める。
「そりゃ、まあ」
シュシュケーも聞いて良いものかという気持ちもあったのだが、聞かないまま生きていく方がトラブルの元になりそうな気がしていた。
「仕方ない。っていうか、オッスんとサッツんが天使っていうのは秘密にしてもらわないとダメなやつだから、ちゃんと教えるよ。あれは、3年くらい前かな? っていうか、そうか。あの時か」
ジャージが語る内容はだいぶ端折られたものだが、カカラッタの港町に悪魔が出現した事件に関するものだった。
ジャッドナーが初めて本格的にカカラッタ地方に遠征することになったそもそもの出来事が、その時の事件がキッカケだったことを思い出し、テッペキとふたりして懐かしみながら話が進められる。
「あの時カカラッタの港町を襲った日照りの原因も、今回と同じで悪魔だったのは知ってるか?」
「覚えています。あの時は都市滅亡の危機だったと」
「そうそう。あの時に出現した悪魔は今回のアレよりも強くてねえ。Aランク冒険者パーティでも撃退できずに、Sランク冒険者にも対処できなければ魔王に育ってしまうんじゃないかって大騒動だったんだ」
「それも覚えています。それで、港町方面から避難してくる人が絶えず、私に本をくださった考古学者の方にこの森で出会ったんですから」
「そうだったのか。いやー。縁ってのは不思議なもんだなぁ」
シュシュケーの言葉に、ジャージも遠い目で空を見上げてしまう。
というのも、この話は少々複雑な背景をはらんでいるからだ。
「でも、あの時は日照りでしたよね? それで皆さんにお声がかかったんですか?」
今回の長雨を治めた理屈は何となく理解した。解決策が理解の及ばない晴れ体質に依存した方法だというのなら、日照りと掛け合わせてはいけないはずである。
「いやー。ハーレーちゃんが最強の晴れ女なのと同格で、うちには最強の雨男がいるんだわ」
はっはっはとテッペキと視線を合わせ笑い始める。
「……。えっ⁉」
シュシュケーもワンテンポ遅れて反応してしまうのも無理はない。
悪魔の魔法を無効化どころか、世界の理すら破壊するような存在が、ふたりも存在することに唖然とする他ない。
何しろ、この事実こそが彼らがリトガに転移してくることになった最大の原因なのだ。
つまり、最強の晴れ女と最強の雨男が同じ場所に居合わせてしまった上にふたりして最高にテンションが上がってしまったことで神々の対立が発生し、莫大なエネルギーが激突する事態に発展。果ては次元の壁を越えてしまった、ということらしいとアルティアーナに解説されたものである。
「で、その最強雨男っていうのがガシト君っていうんだけど、もちろん、今回はお留守番な。その子はハーレーちゃんと違って機嫌の浮き沈みは少ないからサクッとクエストをクリアしたってわけ。その時に悪魔の退治に奔走してたのがオッスんでな。オレ達も最初はあの子が天使だなんて知らなったんだよ」
「なるほど」
「で。サッツんっていうのがその時オッスんが探していた双子の片割れで、暴れてた悪魔の正体だったんだわ。いわゆる堕天使になってたんだよ。これ、誰にも話しちゃダメだからな?」
……。
…………。
「はぃい?」
思わず眼球飛び出してしまうのではないかというくらい目を見開き、最大の驚きを表現する。
「ちょっ……ちょちょちょ。え? 悪魔の正体が天使? 堕天使? 何ですか、それ!?」
この世界の住人であっても悪魔の存在は理解の及ばない存在である。同じように天使のことも詳しくはわかっていないのだ。
それなのに、異世界人の口から悪魔の正体が天使であったと告げられ、混乱するなという方が無理というものだ。
「その辺は、オレらも詳しくは知らないんだけどな。悪魔が復活する時に休眠中の天使の魂を乗っ取っちゃうことがあるらしんだわ。そうやって悪魔に堕ちた天使のことを堕天使って呼んでるらしいよ? 悪魔が普通に復活するより強力になることが多くて、過去に出現した魔王はだいたい堕天使から育った個体なんだとさ」
「そ、そうなんですね。初めて知りました。それで、そんな厄介な堕天使をどうやって天使に戻したんですか? 普通に悪魔を祓えば元に戻るものなのですか?」
この疑問に答えたのはジャージではなくテッペキの方だった。
「いやー。普通は堕天使を倒してもふたつの魂に分離して休眠期に入るだけらしいぞ? あの時は、たまたまジャージのスキルが役に立っただけなんだよ」
「そうそう。こんな風にね」
言うが早いか、ジャージはいつも首にぶら下げているホイッスルを口に運ぶと、試合終了を告げるようにピッピッと吹きながら両手を上げ、最後にセンターサークルの代わりにスキルを発動させる対象の悪魔に向かって指さしながらピー! と高らかに鳴り響かせた。
実は、この所作に決まったものはないのだが、ジャージは少年サッカーの時代に見た審判のピシッとした所作が好きで真似させてもらっているに過ぎない。
直後、悪魔から毒気が抜け出すように黒いモヤが霧散した。
「あれっ?」
これに首を傾げたのは、スキルを発動させた本人のジャージであった。
更に違和感に反応したのは、それまで戦っていたオッスである。
「ジャージ君。この悪魔、堕天使だ。びっくりだね」
いつの間にか能天気な雰囲気に戻り、ジャージ達の傍に戻って事の成り行きを見守ることにしたらしい。
「え? マジ?」
「マジ、マジ」
「えー? どうしよう?」
「どうしようかねえ?」
ジャージとオッスは互いに視線を交し合い、本気でどうしようかと頭を悩ませることになるのであった。
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