第1節 ノーサイド

第33話

「んー! コレコレ! ヤバい、(見ただけで)もう美味い」

 ハーレーの歓喜の声が室内に響く。


 出てきたのは黒糖を使ったふくれ菓子。更に、追加でリクエストされたパイナップルケーキである。テーブルにはすでにオードブル料理がずらりと並んでいるが、今回のメインはコチラである。


 この日はマミの町の軽食屋を貸し切っているので、ジャッドナーのメンバー以外に顔を出しているのはシュシュケー、オッス、サッツの3人だけだ。


「それと、こっちはツン姉のリクエストのげたんは。味はうろ覚えだからなんちゃってだけど」

「お! ちゃんと覚えていてくれたんですね。サンキューです。アタシも別に味にこだわりはないんで、なんちゃってで大丈夫ですよ。だいたい、ぢゃんぼさんが不味いもの作るはずないんで」


 テーブルの端の方ではハイランドがすでに酒盛りを始めており、クエスト達成の慰労会という名目で遠慮なくグラスを空けていく。


 ダビッドも呆れた顔で娘を眺めているが、悪魔退治まで遂行したことでギルドからだけでなく国からもボーナスをもらえる算段が高いので顔が緩んでしまうのも仕方ない。


 顔が緩んでいるのはダビッドに限らず、この場に集まった全員が理由はどうあれ同じように緩んでいた。


 それが許されるのも、彼らが悪魔を退治し長雨を治めることに成功したからに他ならない――。




「皆さん。今回は本当にありがとうございました」

 縁もたけなわとなってきた頃、シュシュケーは徐に立ち上がり頭を下げていた。


 今回の宴の前にも、体育祭の後夜祭と合わせて町の住民総出で祝いの席が設けられたとはいえ、シュシュケー個人として改めて礼をしておきたかったのだ。


 本来であればこれほど早期に解決できる案件ではなかった。


 しかも、晴天を取り戻すだけでなく、元凶である悪魔まで撃退してしまったのだ。率直に言って出来過ぎである。

 それでも、だからこそ伝えなければならないことがあった。


「それと、ジャージさん」

「ん?」

「せっかくお誘い頂いた件ですが、やはり私は考古学者として世界を見て回りたいと思います。なので、サッカー選手になることはできません」

「そっか。そいつは残念。でも、シュシュケーなら、良い考古学者になれると思うから、がんばるんだぞ」

 どことなく断られるだろうと覚悟していたこともあり、ジャージも諦めるのは早かった。


「っていうか、旅に出るんすか?」

 ジャージと同じようにあっさりした様子のノブが問いかける。


 シュシュケーが勧誘に乗ってこないことは想定内として、旅に出るとは思っていなかったからだ。


「は……はい。オッスさんとサッツさんに誘われまして」

 おずおずと視線をふたりの天使に向ける。


「うん。聞けば、あたしのせいで色々迷惑かけてたみたいだから、少し手伝ってあげても良いかなと思って」

 サッツは黙々と出されたお菓子を食べては目を輝かせていたのだが、スッと凛々しい顔に戻って告げるとオッスも続く。

「ぼくらも趣味で、じゃなかった、天使としての使命を果たすために旅をしてる身だからね。それに、女神の遺跡を巡ってみるのもキンゴのリハビリがてら良いんじゃないかと思ってさ」


 これに口を挟んできたのは酔いで目がトロンとなっているハイランドであった。


「キンゴぉ? 誰それェ?」

 じゃっかん呂律が回らなくなりながら絡んでくる。


「お姉ちゃん、酔うの早過ぎ。もう何回も説明したでしょ?」

「えー? しょうだっけェ? そういえば、堕天使がどぅたらってェ言ってたァ?」

 途中で黒糖焼酎を胃に流し込みながら虚空に視線を泳がせる。

 


 そう。キンゴとは堕天してしまっていた天使の名である。


 ジャージが女神から授かった加護は〈ジャッジ〉というスキルなのだが、その最大の特徴が〈ノーサイド〉であった。


 ノーサイドの精神は元々ラグビーから始まったと言われているが、ニホンジンの嗜好と非常に相性の良いものだった。

 故に、あらゆるスポーツで試合終了とともに敵も味方もない同じスポーツを愛する仲間となることを推奨するノーサイドの精神が取り入れられていくことになる。

 これはサッカーでも同様なのだが、世界的にそうなのかというと、どうやらニホンだけで生き残っている概念となっているようだ。


 しかし、ジャッドナーの理念としてヴォルッケモンFCを応援する時には、対戦相手も同じようにリスペクトするべしというのは必須となっているし、それを表す言葉としてノーサイドの精神というのはわかりやすい。


 結果、ジャージの魂にはノーサイドの精神が刻まれていたわけだ。


 そして、その〈ノーサイド〉というスキルなのだが、条件を満たした相手に対して負の感情を消し去るという効果が発揮する。


 もともとはリトガで行われるサッカーの試合後、不慣れな選手や観衆が仲違いしないよう、互いにリスペクトし合えるようにとの願いから生まれたスキルであった。今回の体育祭でも、マミの町の観衆が試合終了後に何のわだかまりもなく健闘を称え合えたのも、こっそり〈ノーサイド〉が発動されていたからという側面もあったのだ。


 満たすべき条件はサッカーと同じで一定の時間を前後半の2回経過すること。その際〈キックオフ〉の笛を鳴らして開始を宣言しなければならないし、効果対象がホイッスルの音が聞こえる範囲内に留まり続けなければならない。


 必要となる時間は対象によって30分から45分、相手が強力な場合はアディショナルタイムも発生しハーフタイムの時間に制限はない。また、必要時間は分割して計測しても問題ないことになっている。


 このスキル、基本的には戦闘用のものではない。

 しかし、戦闘時に条件を満たすことで、どんな相手でもほぼ無条件に勝利が確定するため非常に強力なものなのだ。


 特に、悪魔や悪霊のような存在にとって、負の感情を消し去るという効果は存在自体を消去するようなものであるため、特効スキル扱いですらあった。


 更に、堕天使を相手にした時、天使と悪魔の魂を分離できる唯一の方法となっているのだ。むろん、この事実を知る者はワホマなど極少数に限られる。



「キンゴさんが療養中の女神の遺跡も、私が作った入り口は悪魔の魔法によって封鎖されてしまっていますので調査を続けるのは困難ですからね。オッスさん達に協力してもらいながら新たな遺跡を探してみたいなと思っています」

 マミの町に眠る女神の遺跡を知るのは、この場に集まった者とキンゴだけだ。


 その気になれば大規模な調査隊を派遣することを国に申請することもできるのだろうが、遺跡の正体を知るジャッドナーの面々からすると見て見ぬふりを決め込みたいというのが本音であった。


 加えて、シュシュケーも積極的に公表したいというスタンスではなかったというのも大きな要因だ。


 ジャッドナーの面々としては、シュシュケーが真実に辿り着いた時、考古学者として世間に発表するのを待つのも一興ということで落ち着いていた。

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