第28話
「ダメダメ。戦場と違って待ち伏せ攻撃は厳禁なのよ。オフサイドっていうんだけどな。デカい選手をゴール前に張り付かせて中盤の攻防を無視してロングボールを放り込むだけの単調で面白味に欠ける試合になっちゃうから禁止行為になったんだ(本当のところは知らんけど)。オフサイドルールも年々微調整が入る上に運用のさじ加減で勝敗が左右されることもあるから賛否両論あるけど、駆け引きを制した絶妙な裏抜けからのゴールとか興奮ものなわけよ!」
紙とペンを悪魔に作らせ図解まで使って説明をし始めている。
悪魔もルールのある本格的なスポーツというものに初めて触れたからか次から次に説明される事案にいちいち反応して興味を示してくれるのもジャージを乗せていってくれた。
〔裏抜け?〕
今回も、新たなワードに悪魔は反応してくれた。
「裏抜けか……。図だけで説明するのは難しいな」
ディフェンスラインとキーパーの間のスペースに出されたパスに反応してディフェンスラインを突破してゴールに迫る行為。と図で説明することは簡単だ。
しかし、ジャージは腕組みしながらうーんと考え込む。
図だけでは視線による細かな攻防戦までは伝え切れない。「首を振る」プレーから説明した方が良いか? などと審判とプレイヤー、更にはサポーターとして外から見てきた者の観点も含めて総合的に判断する。
「ちょっと立ってくれるか? 裏抜けってのは簡単だけど奥が深いプレーだから、実践して見せた方が良さそうだ」
〔?〕
ジャージの指示に疑問符の浮かんだ雰囲気を見せるも、悪魔も素直に従う。
「ところで、最初から気になってたんだが、お前さんの目はどこにあるんだ?」
鬼灯のような頭部で、呼吸するみたいにパカパカと花弁が開くように口を開閉させハリガネムシを思わせる舌をしゅるるしゅるると動かして見せる。繰り返される動作は慣れてきても気持ち悪さが消えないのだが、まじまじと顔を観察する余裕くらいはできていた。
それでも、どこに目がついているのか判然としないままだったのだ。
〔ふむ。貴方の思っている眼球という器官はモデルとなった生物には存在していませんねえ。強いて言えば、頭部全体が眼球に近いでしょうか。貴方が呼吸だと思っている動きは瞬きで、舌だと思っているのはまつ毛に近い器官みたいです〕
「あー、そういう感じ……」
そもそも異世界の動物にはチキュウの常識が当てはまらないものも多い。その上相手は系譜の異なる神から創られた悪魔であるのだ。
ジャージも受け入れるのは早かった。
「オーケー、オーケー。結局のところ、正面しか見えないことに変わりはないんだよな?」
〔そうですね。人間と同じような範囲しか見えていないと思いますよ〕
「だったら、やっぱり実際にやってみせた方がわかりやすい」
先に図で簡単な説明をしてから、悪魔の隣に立つ。
「お前さんがこの位置にいるディフェンダーだとするぞ? で、オレがこの位置にいるフォワード。あっちの出口がゴールで部屋の奥からパスがくるとする」
〔ふむ〕
「で、こうやって見張られてるとボールが来てもオレの邪魔をすぐにできるだろ?」
〔そうですね〕
「さっき説明したオフサイドっていうのは、こういう場面でオレがお前さんより先にボールに触りたいからパスが出るよりも先にゴールに向かって走り出したりする場合に起こりやすいんだ」
説明しながら、少し位置をズレる。
〔なるほど〕
悪魔も知能の高い生物であるので、ジャージの説明だけでそれ以上のことを理解したようだ。
ジャージも優秀な生徒を前にして満足そうである。
「それじゃあ、今度はお前さんがパスが来る方向を注意しているとしよう。実際にあっちに顔を向けていてくれるか。オレがパスって言った直後にボールが来る設定で、それに合わせてオレにパスが通ったと想定するぞ。実際は、こんなにわかりやすいサインは出さないんだけどな」
ジャージに言われるがまま悪魔は視線を奥に向ける。
〔なるほど。こうやって注意が逸れているタイミングを見計らって抜け出すことを裏抜けというのですね。殺し合いではない戦いなればこその攻防戦とは、実に興味深いです〕
実践するまでもなく理解する悪魔だったが、律儀にジャージからの合図を待っている。
しかし。
ジャージが動く気配はあれどもパスの声が発せられる気配はない。
〔?〕
そのまま気配が遠退くのを感じ、思わず視線を向けてしまう。
「お? すまんな。オレも大人しく捕まってるわけにはいかんのよ。それに、言っただろ? 裏抜けする時にわかりやすい合図なんかしないって」
ジャージは出口に向かって一直線に駆け抜けていた。
プレー中にも重要である首振り。オフサイドラインや味方の位置、諸々を確認するために頻繁に首を振る行為で、冒険者になってからも周囲を警戒するのに役立っていた。今も、悪魔に気づかれたことに逸早く反応して速度を上げることに役立った。
サッカーではオフサイドを取られる行為だが、今は戦場。ルールなど気にかけている場合ではない。
卑怯者と罵られようが、命に代えられるような名誉など持ち合わせていないのだ。故に、悪魔をダマすことに躊躇などなかった。
〔やれやれ。あっさり悪魔を騙すとは。これだから人間は面白い〕
悪魔もしてやられたと思いながらも怒りに任せて追いかけるようなことはしないのだった。
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