第1節 後半戦
第27話
「早く助けに行かないと‼」
突然の悪魔襲来でパニックに襲われることはなかった。
悪魔の滞在時間が短かったことと町民の多くがアペルナ山の噴火に気を取られていたことが幸いした格好だ。
それでもジャージが悪魔に連れ去られたことに気づいている者は少なくない。
シュシュケーもそのひとりで、行動に移る気配のないジャッドナーのメンバーに呼びかけていたのだ。
「いやぁ。助けに行きたいのは山々っすけど。ミイラ取りがミイラになるのが目に見えてるっすからねえ」
ノブも内心は焦りながらも、頭は冷静に状況を整理している。
この辺の落ち着きぶりはサッカー選手だった頃から変わらない。
「とはいえ、ジャージ君ひとりでどうにかできる相手じゃないのも事実よねえ」
カルカンは悪魔が走り去った方角に視線を向けながら善後策を検討している。それでも、即座に救助に向かうのが悪手であることは明白だ。
ジャージが抜けた分を自分が補えるはずもない。それはダビッドとハイランドも同様だ。唯一の救いが遅れてやってくる手筈のオッスとサッツがいることだ。
しかし、それも大量の食糧支援と一緒に移動しているはずなので到着までには数時間を要するはずだ。
「とにかく、早馬でオッスかサッツに来てもらうのが最善だろう。あのふたりがいてくれたから他の冒険者はあまり雇ってないんだ。食糧支援の警備もあるから、ふたりともってわけにはいかん」
ダビッドもしっかりと焦っているものの、きっちり方針を定める。
「あの方角なら向かってるのは十中八九あの遺跡だ。町に寄らずに直接救助に向かってもらった方が時間を節約できる! 上手いこと合流出来たら1時間もかからずに到着できるはずだ! 俺が行くよ」
テッペキは神器であるキーパーグローブがあれば最低限の防具で戦える。それを踏まえた上でこの中で駆けつけるなら自分であろうと走り出していた。
こうしてジャッドナーの面々がそれぞれの役割を果たすため動き出すも、ジャージを連れ去った悪魔の姿は影も形も見えなくなってしまっていた。
そして、その影を密かに追いかける者がいた――。
一方、連れ去られたジャージも当然焦っていた。
悪魔の気配に注意していた、とは言い難い。
ダビッド達の応援もあってマミの町選抜との試合が白熱し、気持ちはすっかり持って行かれてしまっていたからだ。しかも、間の悪いことにアペルナ山の噴火が重なり霊気が大気に満ち溢れた。
これが霊気を感じ取ることが苦手なジャージのアンテナを余計に鈍らせた。苦手なジャージですら鈍らされたのだから敏感なツン姉の狂い具合も相当なものだったことが予想される。
さらに、悪魔が転移で現れたわけではないことも回避できなかった要因に挙げられるだろう。
「くそぅ。自由落下で後ろ取られるとか……。あの場で首を跳ね飛ばされた方がマシだったかもしれんな」
経験したくはないが、あの場にはツン姉がいたので、すぐに蘇生してもらえたはずだ。むろん、悪魔もそれをわかっていて連れ去るという行為に出たのだろう。
「この方角だと……、向かってるのは女神の遺跡だろうな。で、あれば、まだ助かる可能性はあるか」
悪魔を相手に戦いを挑むようなことは端から考えていない。
ジャッドナーでは戦闘要員であるとはいえ、女神から授かったスキルは戦闘向きのものではない。条件が整えば無類の強さを発揮するとはいえ、相手が悪魔ではどこまで通用するか未知数の部分も大きいのだ。
過去の経験を頼ろうにも、悪魔との戦闘経験は片手で数えるほどだ。
参考程度にしかならない。
「うん……。やっぱり後発隊が間に合うのを期待するしかない……、ということは、オレがやるべきは時間稼ぎか」
自身の魂に刻まれたアイデンティティは審判として培った部分だ。
ジャッドナーのメンバーそれぞれが女神から授かった加護も、各々が時間をかけて培ってきた経験を根源にしている。
ぢゃんぼの〈鑑定眼〉しかり、ツン姉の〈スカウティング〉しかり、ノブの〈ボランチ〉しかり、ダビッドの〈コールリーダー〉しかりだ。
例外もいるとはいえ、ジャージのスキルは〈ジャッジ〉である。
戦闘向きではないが、時間稼ぎには流用できる部分もある。
しかし、スキルに頼らなくともすぐに拷問されるとは考えていなかった。
悪魔はどういうわけか好奇心の強い生き物だ。
捕まった時も何が起こっているのか興味津々であることが窺えた。
加えて、女神の遺跡からどうやって逃げられたのか気になっているかもしれない。そこから話を膨らませることができればけっこうな時間を浪費できると考えていた。
「くそぅ……。コイツがサッカーのことを知っていたら話題に困ることもないのになぁ。いや、いっそサッカーのことを布教してみるか?」
そこで妙に気が楽になっていた。
「悪くない案だな。コイツの知りたがっていることに無関係じゃないもんな。むしろ、メインテーマと言えなくもないじゃん」
〔サッカー?〕
人を滅ぼすことを使命にしながら、悪魔は人の文化に深い興味を持っている。それは本能的に人を知ることで負の感情を搾り取れるようにするためなのだが、好奇心が強いことの弊害でもあるようだ。
「いかにも! サッカーこそ人類が生み出した最高にして崇高なる儀式なのだよ!」
案の定、悪魔はおのれの好奇心を満たすことから始めてくれた。
ジャージはシメシメとサッカーについて話し始めることに成功できたのだ。そうなれば、時間を稼ぐのも苦にならない。
むしろ、嬉々としてサッカーの魅力を語り続けるだけである。
場所は女神の遺跡の最上階部分。
どこから入ったのか、ジャージにもよくわからなかった。しかし、シュシュケーが作った出入口とは別の所からであることは間違いない。
サンタクロースよろしく煙突から、というわけでもないらしいのだが、それに似た感覚はあったもののハッキリしない。
とはいえ、自分が使えないであろう退路のことを気にかけても仕方ないので、身振り手振りを交えながら悪魔にサッカーの魅力を伝えていく。
そう。ジャージは拘束されているわけではなかった。
いくらBランク冒険者であっても、悪魔からしたら格下の人間でしかないのだ。
悪魔が楽しんでいるのかもわからないが、ジャージは話しながらも逃走のことを考えていた。
……のだが。
「くっそ。隙だらけのくせに逃げられるが全くしねえ」
連れ去られてからまだ30分。救助が来るにはまだまだ時間がかかりそうである。
「オレ。生きて帰れるかなぁ……」
少しずつ焦燥感に駆られ始めるジャージであった。
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